どう向き合うか-2 一通り回ってから、ティナのことを頼むためにミンスの家に行く。ティナは明日僕ら以外の人と居るのを嫌がったが、預け先が一度会ったことのあるミンスと知ると受け入れた。 戸を叩いてもなんの反応もなかった。開けてみようとしたら開かなかった。留守だ。 「あいつ……何処に行ったんだろう」 仕方がない。明日出掛ける時にミンスの家に寄るしかない。駄目だったら休もう。 面倒を掛けていると感じたのか、ティナはしょんぼりと俯いた。 「ティナの所為じゃないですよ」 他に慰める言葉が思いつかなかった。 最後に、アーシャの花屋に行く。最近飾っていた花が萎れてなくなってしまったから、新しい花が欲しかった。それに、女の子はこういうところが好きだろうと思って。 「レンさん。なんだか久しぶりですね」 アーシャさんはまだ助けたことを恩義に感じているのか、店に来るとやさしくしてくれる。ふんわりとした野花のような彼女は、相変わらず可愛らしい。 「最近いろいろありまして、花を買う余裕がなかったんです。適当に選んでくれますか?」 「どんな感じにしましょうか。ご希望の色とかは?」 「そう、ですね……。黄色……」 うん、黄色がいい。最近どうも気分が暗いから、明るい色が欲しいな。 アーシャさんは要望通りに、黄色やオレンジの花を集めてくれる。その中に小さめのひまわりもあって、もうそんな季節かと実感させられた。この街の周辺は季節がわかりにくい。雨が多いかどうかでおおよその季節感を把握するみたいだけど……そういえば、まだ雨季に入っていないみたいだ。 やっぱり女の子、花に興味があるのかティナはじっとアーシャさんの手元を見つめている。それに気付いたのか、アーシャさんはティナに微笑みかけた。 「その子は初めて見ますけど。妹さんですか?」 「そんなようなものです」 ルビィが引き取って、一緒に暮らしていくからにはそういうことになるんだろう。 「可愛いですね。家のエリナと同じくらいかな?」 アーシャさんには9歳になる妹がいる。今は2人暮らしなのだそうだ。ご両親は南の村で花を栽培しているのだという。アーシャさんはこの街で花を売る仕事に就きたかったからここに来た。本当は1人でもよかったんだけど、村よりもこの街の学校に妹さんを入れるほうがいいだろうということで、姉妹で来たらしい。 その妹さん――エリナちゃんはたまに店を手伝っているので、僕も面識がある。今も声を聞きつけてか、店の奥から出てきた。さすがに妹だけあって、アーシャさんそっくりだ。でも印象は違って、アーシャさんがコスモスなら、エリナちゃんはタンポポ。明るく元気なイメージだ。 「遊ぼ!」 彼女は全く人見知りをしない、活発な子だ。だから、今会ったばかりの同じくらいの年頃のティナとも遊びたがるのだろう。第一声がそれっていうのもなかなか凄いもんだ。 「ごめんね。今日はもう暗くなっちゃうから、駄目なんだ」 日没までまだ猶予があるが、街灯はもう点いている。相変わらず暗くなるのが早い街だ。 「じゃあ、明日は?」 「……そうか、明日は学校お休みでしたっけ」 世間では週末2日休業が普通だが、〈木の塔〉は不定休だ。研修生も曜日に関係なく講義や訓練もろもろが入るから、週末って概念がなくなる……といっても街が活気づくからやっぱり認識はするんだけど、僕は引き籠っているから、やっぱりなくなる。 ……昔はずっと外にいたんだけどなぁ。やっていることが変わると生活も変わるのか。 「でもごめん。明日も無理なんだ。僕も、ルビィ……お母さんも用事があって、連れてこられないから」 遊び相手ができるのにいい機会だと思ったんだけど、本当に残念だ。かといって、保護者が居ないのは不安。 「じゃあ、この子はお留守番ですか?」 「いえ、さすがにそれは心配なんで、友人のところに預けようかなと思ったんですけど、さっき行ったらそいつが居なくて」 森の集落から帰ってきたばっかりだって言うのに、どこに出掛けてんだか。駄目だったらティナを預かるとか言ってた癖に、いざっていうときに使えない奴だ。 「じゃあ、私が預かりましょうか」 アーシャさんの突然の申し出。これはさすがに虚を突かれた。 「エリナも遊びたがっているし。店の中なら私も面倒が見られますから。配達もありませんし、そう忙しくもないですから、大丈夫ですよ」 「この子、話せないんですけど。字もまだそんなに書けませんし」 「耳は聞こえるんですよね? だったらなんとかなりますよ、きっと」 僕の心配も悉くアーシャさんは跳ね除ける。楽天的過ぎやしないか、と思いもするけど、預かってくれれば確かに助かるのも事実。本人が言い出したんだし、ティナにも友だちはできるから、悪いことばかりじゃないはずだ。 耳や尻尾は本人が気を付けるはず。大人しい子だから、外で駆け回ることもないに違いない。 「……わかりました。お言葉に甘えます」 大丈夫。僕が心配し過ぎているだけだ。 最近、なにもなければ工房に籠ることが習慣になっている。これはティナがいるからというわけでもなくて、単に魔具の作業につきっきりだからだ。……いや、もしかしたらそれもあるのかもしれない。ティナがいるとどうしても気まずい思いを抱いてしまうのだ。 でも、作業しているっていうのは本当で、だからこうして僕の作った試作品もここまでできている。あとは仕上げと調整。 2年近くも続けているからか、最近はこうしているときが一番充実していて落ち着く。物を作るのは楽しい。特に装身具はいろいろと試したくなる。過去の遺物を真似てみたり、新しいものを作ってみたり。 夢中になって手を動かしていると、作業場と居住スペースをつなぐ扉が開いた。そこには寝間着を着たティナがいる。 「どうしたんですか? ああ、もう寝るのか」 時計を見て、彼女が寝る前のあいさつに来たことを知る。気付いたらもうそんな時間なのか。集中してると時間の流れは早い。 おやすみ、と口にしようとして、ふと自分の心に引っかかっていたことを口にした。 「もし……知らないところに知らない人といるのが嫌だったら、明日僕は休みますよ?」 買い物に行っているときの様子からしてもそうだったように、やっぱりまだ人間の中で生きていくのが怖いんじゃないだろうか。アーシャさんを頼るのは僕にとって都合がいいけど、当のティナが大丈夫でなければ意味がない。 そう言うとティナは首を横に振った。 「無理してない?」 どうやらこの子は気を使い過ぎるところがあるようで、今もそんな様子が見受けられた。……喋られないことから考えても、きっと自分を押し殺さなければいけないような生活をしてきたんだと思う。だからこっちが少ししつこいくらいに確認してやるんだけど、やっぱり彼女は否定する。 「……そう。じゃあ、おやすみ」 本人がそう言うなら仕方ないか。眠気眼をこすりながら小さく頷いて扉を閉めるその姿を見送った。 [小説TOP] |