どう向き合うか-1 変形した金属に刻まれた文字。そこに嵌まる緑の石。数日前にはまだまだだったそれも、だいぶ完成に近づいてきた。でも、もう少しだというのに、心は浮き立たない。出来が気に入らないとかじゃなくて、他のことに気を取られているからだと思う。 3日前に連れて帰ってきた、狐のような魔族の子。 アーヴェントのところから帰った後、彼女を早速ルビィに引き合わせた。事情を説明すると、驚くほどあっさりと彼女を家に置くことを承諾した。もっと驚いたのは、二言目に「養子として届けた方が良いのか?」って来たことだ。魔族云々は置いといて、普通そんなことすぐに考えるかな。そういえば、僕のときもあっさり承諾したけど。もう歳だから結婚する気はないけれど、家族――特に子どもは欲しかったからだと知ったのは、だいぶ後。 これについては断っておいた。彼女の事情がわからない今、迂闊なことはできない。あとで保護者が来たりしたら大変だ。 で、その彼女なんだけど、名前はティナという。これは僕たちで付けた名前だ。彼女は喋られない上に文字も読めないようで、筆談っていう手も取れなくて名前を聞き出すことができなかった。だから代わりの名前を考えたというわけだ。 喋られないというから、一応念のため医者――もちろん普通の医者じゃなくて、口の堅い闇医者。裏社会の人間は魔族くらいじゃ動じないから――に見せたんだけど、どうやら原因は外傷や機能的障害じゃなくて心的なものであるらしい。トラウマか、それとも自己防衛か……予想はしていたけど、やっぱりまともな生活をしてこなかったみたいだ。 時間が経過して本人も大丈夫だと認識すれば、言葉を話すことができるだろうと言われた。焦らず待ってやれ、とも。 溜め息を吐く。集中できない。道具を弄んでいると、ルビィが部屋にやってきた。 「レン、買い物頼めるかい」 そうしてメモを渡された。そこには食料品や部品などたくさん書かれている。 ルビィは職人の割には面倒臭がりで、特に交渉事が好きでないらしい。買い物に行って値引いて貰ったり、懇意にしている店に顔を出すということを面倒がる。それでも渋々していたんだけど、僕が来てからはそれを任せるようになっていた。僕がそういうのが嫌いでないっていうのもあると思う。 まあ、いつものことだ。了承すると、 「できれば、ティナも連れてってやっておくれ」 「ティナを……ですか?」 予想外の発言にさすがに戸惑った。彼女を街中に出すのか。 「いつまでも引き籠らせてるわけにはいかないしね。あの子も街に慣れた方が良いだろう」 確かにそうだ。どれだけ長く彼女がここに居るかわからないけど、その間中ずっと家に居させるなんてことできるはずがない。監禁だなんて、まるで虐待じゃないか。 それから、とルビィは言う。 「明日私は用事があって出掛けなくちゃいけないんだ」 「え……じゃあ、ティナは?」 僕は明日、講義と小隊の訓練があるから、日中はほとんど〈塔〉にいなければいけない。僕もルビィもティナを連れていくというわけにはいかないだろう。そうすれば魔族であることがばれる可能性が高くなる。買い物はずっとティナのことを気にしていられるけど、講義や訓練や商談じゃあそういうわけにもいかない。 「1人で留守番ってわけにもいかないだろう。ミンスに預かってもらえないかね」 ミンスはあの後、エルザの絵を描きたいからと1人集落に残った。帰りはアーヴェントが送っていくっていうことで、僕たちも納得して置いていった。それも昨日で帰って来たらしいから、頼めば聞いてもらえるだろう。 因みに、アーヴェントはそのときグラムたちに会ってなにか言ったようで、忙しいときにさらに用事をぶっこむな、と双子が腹を立てていたのを見かけた。僕も試作品の仕上げがもうすぐだったから気持ちがわかるけど、アーヴェントも他に頼れる人間がいないから仕方ないんだろうな。 ティナはリビングで絵本を開いていた。文字を書き写して字を書く練習をしているらしい。当然学校にはいけないので、僕たちが勉強を教えることになっているんだけど、本人も非常に熱心なようだ。文字も書けないと意思の疎通ができないからかもしれない。 それについては、とりあえずの対策として単語帳を持たせている。YESやNOだけじゃ表現できない、感情とか行動の単語を1枚1枚に書いてまとめ、この中の単語からまず覚えさせた。けれどそれじゃあやっぱり限界があるからね、筆談だけでもしたいんだろう。 そんな彼女に、買い物に行く、と声を掛けると、頷いて素直についてきた。嬉しいのかしぶしぶなのかはわからないけど、動きに鈍さがないあたり、嫌ではないんだろう。 今日の彼女は、事情を聴いた双子がどこからか調達してきた丈の長い子供用のスカートをはいている。ふさふさの尻尾はその中。でも、よく見てみるとふくらみが見えるので、上にマントを羽織らせて誤魔化した。耳は大きめのキャスケット帽を被せることで誤魔化す。ちょっと目立つ格好だが、戦士、魔術師が多く、旅人もそれなりにいるこの街には珍しくはない。 「いいですか。帽子は絶対にはずさないように。尻尾も気を付けて」 しっかりと言い聞かせて、街へ出た。はぐれないようティナと手をつなぎ、メモを参考にいろいろな店を回る。道中物珍しそうにきょろきょろしていたが、怖くもあるようで、僕から手を放そうとはしなかった。どうしても話さなきゃいけないときは服の裾を握りしめていた。迷惑とまでは言わないけど、服が伸びそうだ。 [小説TOP] |