魔族の娘-3


 なるほどな、リオが念を押すわけだ。おおよそ人間とは言えない姿に納得する。
 僕は魔物が嫌いだ。だから魔族も嫌いだ。この世に存在するのはおかしいと思うし、消えてなくなってしまえばいいと思ってる。それほどまでの憎しみの対象。
 この子はそれだ。
「ヒューマノイド、だよな?」
 剣をどうするべきか迷ってる様子でヨランは確認する。人の姿をした異形は怖いが、けれど小さいし向こうも震えてるしで、どうしたらいいのかわからないのだ。
 ヒューマノイドというのは、魔物の中でも人間の形をした奴のことを指す。そいつらは大概人間にとって凶暴な魔物だ。だからヨランがビビるのも仕方ないことなんだけど、なんとややこしいことに、たぶんこの子はちょっと違う。
 あーあ、面倒なことになってきた。さっきの予感はきっとこれだ。さっさと終わらせよう。
 怯えた様子で僕らを見回す狐耳の女の子の手を取り、僕は宣言した。
「心当たりがあるので、帰してきます」
 これしかない。本当は今すぐ置いて帰りたいが、さすがに、いくら嫌いな魔族だからといって、まだ小さい女の子を1人森の入り口に置いていくのは良心が咎めた。この辺りは魔物が出るし、さっきだって襲われていた。今度は死ぬかもしれない。
「帰すのか?」
 ってヨランは思ってもみなかったとばかりに言うけどさ、
「じゃあ殺すの?」
 他にそうするしかないってちゃんと考えて言ってるのかな?
 びくり、と女の子が震える。本人を前に酷なことを言った自覚はある。可哀想だけど、僕は今は自分の感情を完全に制御できないから、気を使う余裕はない。気を抜くと酷いことをしてしまいそうで。
 ……で、ヨランに怯えるのはいいとして、僕にしがみついてきたのはどういうわけだろう。庇護欲を感じてしまうのが少し悔しい。
「…………それは……っ」
 ヨランは視線を泳がせる。殺さなきゃいけないんじゃないかと考える一方で、やっぱりこんな小さな女の子を殺すことには抵抗があるらしい。一般的に言われている人型魔物と違って凶暴さが感じられないことも、たぶん原因の1つ。
 見てればそれは可愛いだろう。リオとはまた違った意味で、小動物を見ている気分になるんだから。
「できないでしょ。だったら返すしかない」
 いくら嫌いでも、こんな弱そうな女の子を殺すのに抵抗があるのは僕だって同じだ。だからさっさと罪悪感が残らない形で関わりを経ってしまうに限る。
 ああ、悪人になりきれないな、僕。
「……わかった。お前に従うよ」
 降参のポーズを取った。助かった。意見が食い違ったら、最悪1人で行かなきゃいけなかった。そしたら、魔物に出くわしたときに生き残るのが難しくなる。
 続いてミンスを見れば、同じように頷いた。
「この先で見るものについて、黙ってると誓ってください」
「その代わり、事情は教えてくれよ」
 行くとなれば、教えないわけにはいかないだろう。それにその方がきっと、いざ見たときに衝撃が少なくて済む。
 時間が惜しいので、森の中を歩きながら話すことにした。
「基礎的なことから確認しますけど、魔物の起源って知ってますよね?」
 これにヨランは頷いたけど、ミンスは首を傾げた。僕はてっきりここでは常識だと思っていたから、知らないとは思わなかった。
 ちらっとリオを見れば、彼はすぐに察してくれた。
「特に隠してはいないけど、敢えて教えてはいないんだ。街では、〈塔〉の人を除けば、知ってるのは半々くらいかな」
 黙ってても解説してくれるから、頭の良い友人って助かるな。
 しかしなるほど。まあ、みんな知ってるとはいえ、敢えて自分の恥を晒す人はいないから、こうなるのも無理ないか。
 気を取り直して、もう1度。
「合成獣は知ってますか」
「流石に」
 合成獣とは、その名の通り既存の生物を素体とし、魔術によって造られた生物のこと。その多くは、旧世界――破壊神が滅ぼす前の世界で伝説とされた生き物を参考に作られたらしい。例えば竜とか。あれは蛇やトカゲに蝙蝠の羽を付けた生き物だ。
 合成獣の制作が流行ったのは200年程前。現代魔術を確立させた、〈木の塔〉の初代塔長でもあるエドワード・セルヴィスが晩年にその術を開発した。それでみんな夢の生物を作るのに夢中になったんだけど、いろいろ問題があって、なにより命を弄ぶ行為であるからずいぶん昔に禁止された。
「ずいぶん話が飛ぶな」
「そうでもないです。魔物は、まあ言わば合成獣の子孫ですから」
 合成獣を作った魔術師たちは杜撰だったのか、危機意識に欠けていたのか、合成を行うときに生殖能力を持つ部位になにも施さないものが多かったらしい。それが事故で野に放たれて、運の悪いことに自分たちに似た動物たちと交わり、そして魔物が生まれた。
 シャナイゼに魔物が多いのは、その中心地がここだったから。そしてシャナイゼ以外の地域でこのことが知られていないのは、迫害を恐れてのことだ。魔術師の命が危ない。
「…………へぇ」
 驚きが小さい。ついていけないのか、合成獣の言葉が出てきたときになんとなく察してたのか、関心がないのか。まあ、驚かせたかったわけじゃないから、どれでもいいけど。
「で、です。魔物に獣型や植物型、虫型鳥型エトセトラといれば、人型がいてもおかしくないと思いませんか」
「さっきヨランが言ってたヒューマノイドだろ? ……ああ、人間が材料の奴もいるのか」
「ご名答。実はその人型は2種類に分けられるんです。1つはヒューマノイド。もう1つは魔族。違いは、怨みだけか、理性があるか、だそうです。本人たちがそう言ってるだけなんですけどね」
 ヒューマノイドは、普通に生きている人間が羨ましい。羨ましくて悲しくて、いつしか妬みになり、次第に作り出した人間への憎しみに替わっていったのだという。だから人間を見ると凶暴になる。その憎しみが何故か遺伝してしまっているのが、とにかく厄介だ。
 対して魔族はその憎悪を乗り越えて人間の意識を保った。彼らは見た目がだいぶ人間に近いから、人の姿に近いと人としての理性を保ちやすいのではないか、というのが1つの説。まあ、全部その“魔族”による持論だけど。
 ……そう、僕は知り合いに魔族がいるのだ。魔物嫌いの僕としてはホントに居ても嬉しくない知り合いである。
「これからその魔族のところに行くのか?」
「この森の奥に彼らの集落があるんです」
 集落、と聞いてさすがにミンスも驚いた。ヨランも一緒に目を丸くしている。まさか1つの社会を作り出しているとは思わなかったのだろう。
 立ち入り禁止になったのは、ひとえにたまたま見つかった魔族がヒューマノイドと勘違いされたからだ。彼らがたくさんいることでヒューマノイドの巣窟と思われたのである。
「そこから来たってわけか、この子は」
 みんなして目を向ける。黙ったままだったその子は、注目を浴びると激しく首を横に振った。拒絶……してるのかな? なにも言わないからわからない。
「帰りたくないのか。そういえば名前は?」
 目線を合わせてミンスが尋ねると、女の子は困ったように俯いた。しばらくして顔を上げると、なにかを喋りたそうに口を何度もあけるが、やがてまた俯いた。
「喋れないのか」
 こくこくと首肯する。どうりでずっと静かだと思ったんだよな。人見知りかと思ったんだけど、思えば魔物に襲われているときも悲鳴を上げなかった。上げられなかったのか。
「ま、着けばわかるでしょう」
「そうだな」
 餅は餅屋。魔族に丸投げしてしまおう。



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