黒魔術狂想曲-5


 あの騒ぎから1週間後。
 〈精霊〉の研究がどうなっているのか様子を見にリズたちのいる研究室に顔を出してみると、リグにジョシュア、ルーファス、ミシェルと揃う中、何故だかリズが疲れた顔をしていた。
 リズ“だけ”疲れていた。
「なにかあったんですか?」
 まさにげっそりといった風のリズ。平原での魔物狩りと研究の両方に追われていたときの比ではない。ばっくれて引き籠ってしまいたいが兄の励ましがあってなんとか踏みとどまっている……っていう感じだ。
「あったあった」
 今日も遊びに来ていたらしいミシェルが答える。
「いやね、さっきまでミディが来てたんだよ」
「アザレアが?」
 まさかまだ呪いが……と思ったが、ミシェルに否定された。
「いやいや、呪いのほうは大丈夫。ただね、アザレアちゃんは、この前の騒ぎでリズに惚れてしまったらしく」
「……惚れた?」
 先週の出来事を振り返ってみる。確か、僕らが部屋に来たときは憮然としていて、そのあとは目を据わらせ、呪いを掛けたあの男が来たときは顔を見るまでもなく怒っていることがわかる雰囲気を醸し出していて、とどめを刺したときは絶対零度の微笑み。
 ……うん、どこに憧れるものがあるのかわからない。ちょっとはそれ以外の表情も出てたかもしれないけれど、それを打ち消せるほどのものばかりだった気が。
「リズの魔王さま振りに衝撃を受けたんだってさ」
 まさかの一番アウトなはずの項目で。
「黙れミシェル」
 何年か前にグラムが呼び始め、以後定着してしまったが彼女が嫌がった通り名の1つを呼ばれ、ずっと黙っていた彼女はようやく口を開いた。低くどすを利かせたその声は泣き出しそうでもあった。
 この1週間アザレアは頻繁にこの部屋を訪れ、弟子にして、だの、魔術教えて、だの言い寄っているらしい。そしてリズのどこに惚れたのかを捲し立てては、頭を下げるのだそうだ。〈精霊〉の研究に忙しくて余裕がなかったうえ、あまりの熱心さにドンびいて断ったのだが、いまだアザレアの炎は治まる気配を見せないのだそうだ。
 あの内気そうな少女にそんなストーカーな気質があったなんて驚きだ。あまりにリズが哀れだったので、こちらからなんとか説得して訪問を控えさせることを約束した。
「で、奴は結局どうなったんですか」
 流れで思い出したあの不愉快な男のこと。とりあえず聞いておいてやろうと思う。
「ん? いるよ。〈白枝〉で働いてる」
「除籍しないんですか!?」
 あれだけのことをしてまだ居残らせるとか、いくらなんでも甘すぎなんじゃないの? 人材として貴重な奴とも思えないし。
「迂闊に除籍すると、他所でなにしでかすかわからないからねー。だから監視下において矯正を図ろうとしているわけ」
 もちろんペナルティはあったそうで。本気でどうにか努力して更生しない限り、彼は不遇を強いられるらしい。ちょっと全部は納得できないが、ざまあみろ。
「呪いのほうは?」
「そろそろ終わると思うよ。ちゃんと反省してるみたいだし。ペナルティの期間も短めかもね」
 そりゃ残念だ。
「自分が納得できないからって、虐めたりするなよ」
 ……バレたか。
 知らん顔する僕を見て、ルーファスはまたいきり立った。
「お前らいい加減やりすぎだと何度言ったら……っ! 呪いの上にいじめとか正気か!?」
「だから止めたじゃん」
 相変わらずの小舅発言に、リズは面倒臭そうに受け答える。
「当然だ。だいたい呪いにしてもやりすぎだというのに、黒魔術師がそんな横暴をしてもいいのか!?」
「横暴じゃない。他人の痛みを知れ、ってね。それにどうせいつか払うツケを今払わせてるだけ。利子が溜まる前に借金を返させてるだけ親切だと思うよ」
「そうそう。黒魔術を悪用した奴の末路、知ってるでしょ?」
 軽率に黒魔術を使い続けた者、罪の重さを自覚できなかったものは、いずれ何処かでなにかしらの形で死に至る。嘘か本当か、ただの偶然か。それでもそんな噂がまことしやかに囁かれるだけの実例がある。それを知りながらも今回のことを批判するルーファスのことを、リズとミシェルはおそらく、この偽善者、と思ってる。根本的なところで意見が合わないのだ。
 因みに、他人に強制的にツケを払わせる場合、術師はペナルティを負わないらしい。黒魔術の正しい使い方っていうのは、罪を犯した者に裁きを下す、という名目での術の行使だという。
「いやしかし、残念だったな、ルーファス」
「は?」
 リグに突然話題を振られ、ルーファスは声を上げた。
「彼女、どうやらお前に好意を寄せていたらしいじゃないか」
 アザレアが呪いについて歴史の講師であるルーファスを頼った理由。予想はついてたけど、やっぱりそうだったのか。下手すれば自分が死ぬかもしれないってときにお近づきになることを考えるなんて、女の子って強かだなぁ。
「それをリズに盗られて……災難だったな」
 顔は特級品、しかし小舅な性格の所為でなあかなか春の来ないルーファスを、本人と満身創痍なリズを除いた4人で笑う。思わぬところで、当初の目的だった色恋沙汰でルーファスをからかう、が達成された。
 気付かなかったのか、単に忘れていただけか、はっとした顔をしたリズは、なにかを差し出すような仕草とともにルーファスに頭を下げた。
「熨斗付きでお返しします」
「いらん」
 そのまま机に突っ伏して呻き出す彼女に、その場にいた者は災難だと憐れみつつも笑った。そこでようやくジョシュアからポットを手渡され、自分のカップにお茶を注ぐ。
 リズはまだむくれていたが、いつも通りに焼き菓子を食べながら、本題に移った。〈精霊〉の研究の進度はどれ程か、僕のデザインした魔具は何処までできたか。そんな話ばかりで、アザレアのストーカー行為以外でこの話題が上ることはもうなかった。

 斯くして、黒魔術を巡る騒動は、今度こそ本当に幕を閉じた。



22/51

prev index next