絵描き-1 店のカウンターでスケッチブックを開いていた。やっているのはもちろん自分オリジナルの魔具のデザインだ。ほとんど完成形になったそれをじっと眺めていた。 描いたのは、リースの形をしたペンダントだ。蔦で輪を作り、飾りとしてユリの花を入れた。そして輪の中に魔石を埋め込む。魔術式は蔦に刻もうと考えている。 はじめはペンダントじゃなくて指輪にしようかなって考えたんだけど、サイズが小さくなって魔術式を書くのが大変になることがわかったから、ペンダントにした。 因みにユリの花は、前に助けた花屋のお姉さんアーシャさんのところで買ったものをスケッチした。実は、あれからしょっちゅうアーシャさんのところに行って花を買っている。資料にするのもそうだけど、なにより家の中に華やかさが足りないから花を飾ろうと思ったんだ。ルビィはそういうところ無頓着だから。 「ほう……、たいしたもんだ」 僕の右肩越しから、絵を覗き込んで、ルビィが感嘆の声を上げる。 「私にはそんな華美な物はデザインできないよ」 石に台座をつけて鎖を通しただけのネックレス。石が嵌まり、魔術式が描いてあるだけの指輪。これを喜ぶ女性は少ない。……何故かリズはうっとりしているけれど、あれは例外だ。地味なもの好きで、軽度の魔術オタクだから。 ルビィももうちょっと可愛らしい物、派手な物を作ろうとしたことはあるらしい。けれどそれを絵に描いてみても、自分でも他人でも納得させられる物を作ることができなかったんだそうだ。 つまりルビィは根っからの技術者で、芸術家にはなれなかったということだ。デザインよりも利便性を追求してしまうのが魔具技師の性だから、仕方ないともいえる。 僕らは飽くまで技師だから。デザイナーではないのだ。 「こんな感じの物でも、魔具として使えます?」 一応基礎は踏まえているはず……なんだけど、未熟さ故か描いてるとどうにも不安になる。 「工夫次第っていったところだね。使う術にもよる。それと、これはこの図面のようにはいかない」 ルビィの指したのは、ユリの花を模った部分だ。 「さすがに細かすぎる。これの通りに作るのは難し過ぎるし、できたとしても壊れやすい」 そうかぁ。そんな気はしていたんだ。 どうしようか。花を変えようか。そんなことを考えてペンに手を伸ばしたところで、止められた。 「悪いけど、続きはお遣いのあとにしてくれるかい?」 「お遣い?」 「これさ」 渡されたのは、ずっしりとした袋。このお遣いになれた僕には、中身が容易に想像できる。お遣い先も。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 前に、僕にはグラムたち以外の友達が居なかった、みたいなことを言った気がするが、それは〈木の塔〉内に限っての話だったりする。実は、仕事関係で知り合ったのだが、気の合う友人がきちんといたのだ。名前はミンス・ラフテル。職業は画家。 シャナイゼの建物は、あの大樹がある所為か、景観を保護するために、建物は基本的に屋根は緑、壁は茶と決められていて、ミンスの家もその例に漏れなかったのだけれど、色は褪せていて古かった。この街が森なら、この家は枯れ木だ。屋根の塗装はところどころ剥がれていて壁はなんだか埃っぽく、こんなところに人が住んでるのか疑うほどだ。残念ながら、居るのだが。 ミンスは、何度か個展を開いたことがあるらしいから売れないというほどではないんだけれど、収入は充分でない。生活にはあまり困っていないようだけど、家を修繕したり絵を描くのに肝心の顔料を充分に手に入れるだけのお金はないらしい。そこで、たまに僕たち装飾品の技師が石を削ったときに出た滓を分けてもらい、この屑を使って顔料を作っているのだ。 時を遡って2年前、ミンスに会ったのは、ルビィの下で暮らして間もなくだった。弟子の名にふさわしく、彼女にお遣いを頼まれて、僕はミンスの下を訪問した。 木製の、思いっきり殴ったら拳が突き抜けてしまいそうなほど薄いドアをノックして現れたのは、当時17歳のミンス。 「どちらさま?」 寝起きで機嫌が悪いんです、という印象だったミンス(あとから聞いてみたら本当にそうだったらしい)。赤毛はぼさぼさだし、シャツの裾は出したままだし、どうにもずぼらな人間にしか見えなかった。見た目はいいのに、もったいない。 「魔具屋のヴィスです」 「ヴィス?」 眠そうな細い目でその人はしばらくボケっとして首を傾げていたが、やがて、ああ、と頷いた。 「女が跡継いだって聞いたけど」 「あ、僕は弟子です」 「だろうな」 ん、と手を出されたので、僕は袋を差し出した。 受け渡して普通はここで帰るんだろうけど、僕はどうしても気になっていることがあった。 「あの、これ、ちゃんと分別できるんですか? かなり混ざってますけど」 僕らが扱う石の種類は様々だ。赤いのもあれば青いのもある。それを削る作業はいつも同じ台。掃除をするときにいちいちごみを分別したりしないから、石屑は埃なども含んで混ざってる。これをこのまま顔料には使えないはずだ、と僕は思っていた。 「興味あるのか?」 あれ、意外に親切だ、と思いながら頷いた。 「あまり面白いものじゃないぞ。地味だし、時間も掛かる」 実はこの質問、出掛ける前にルビィにもしていて、そのとき彼女に見せてもらうといい、と言われていた。 「お邪魔しまーす」 中は広いが、一室しかないらしい。薄暗い部屋の隅に、積み重なったり立てかけられたキャンバスがあり、資料かなにかかと思われる紙の束があり、顔料を作るための道具と見られるものがごった返してあり、とまあ散らかっていた。ただ、自分がただいま描いているキャンバスともう一ヶ所の周囲は比較的綺麗だった。 そのもう一ヶ所は、白く大きな盆が床に置いてあった。浅いすり鉢状で、陶磁器みたいに滑らかな表面で、真ん中に穴がある。結構大きくて、直径からして手で抱えるには無理そうだ。上を見ると、穴のない同じものが天井に貼り付いていた。それなりに重さはありそうだし、落ちてこないのか、と不思議に思っていたものだ。 ミンスはそこに袋の中身をぶちまけた。 「やっていることは至極単純だ。比重を利用している」 「比重……。水に沈めたりとかですか? でも、やっぱり難しい気がしますけど」 「だから魔術を使う」 ミンスが手で盆の端に触れると、盆の上に青色の魔法陣が描かれた。青、ということは水系の術だ。これは装置型の魔具なのだ。 床の盆と天井の盆を繋ぐように、水柱が立つ。その中は渦巻いていた。海の中から渦潮を見ているみたいだ。渦の流れに巻き込まれて、石屑がかき混ぜられながら浮き上がっていく。渦が石屑で黒くなると、流れは徐々に緩んでいった。ゆっくりと石が沈降をはじめる。 「あとは沈降するのを待つだけだ。地の術で少し重力を弄ってあるがな」 だからほとんど比重が変わらない物でもきっちり分別できるのだという。 「取り出すのは?」 まさか上から掬うのかと考えたものだ。 「方法は分液漏斗と同じだ。これも分けやすくするために、魔術が使われている」 「分液漏斗?」 「化学実験で使わなかったか?」 「僕、学校行ってないんで」 街中の基礎学校では、初歩的な化学の実験もやらせてくれるらしい。うらやましい。僕もそういうところで育ちたかった。 「分液漏斗っていうのは、混ざり合わない液体を抽出分離する器具だ。上部に栓がある漏斗だな。漏斗はさすがにわかるよな?」 穀物を袋に入れるときに使ってる奴のことだよね? 「漏斗の足のほうにコックがあって、液体が分離したらそのコックを回して比重の重い液体をしたから出すんだ。そうやって分離できる。こいつもそれと同じで、ほら、下のほうに弁があるだろ。ここから重いものから順に石屑を取りだす」 言われて下を覗いてみれば確かにあった。下の盆の中央の穴はこれの為だったのだ。 「魔術が使われているのは?」 「違う比重の物を通さないためのフィルターの役割をしている。式がどうなっているかは訊くなよ。〈赤枝〉の奴が描いてくれたんだ。俺は絵描きで魔術師じゃないからな」 ふうん、〈赤枝〉ってこういうことしているんだ。ちょっと面白いかもしれないなぁ。 ……なんてこと考えて、分離した石屑を取り出すまでじっと居座っていた覚えがある。その間、ミンスが絵を描くのを覗き見ながら絵画の話をしてたのだ。たまたま僕は昔の絵について知ってたから、話が弾んだ。ただ、僕の知識が価値とかそういう現金なことばかりだったので、ちょっと不満そうだったけど。 [小説TOP] |