ニースの心馳 なにやら友人が沈んでいたので、飲みに誘ってみた。俺の隊の訓練を終えた夕方のことだ。俺の馴染みの洒落たバーに奴を引っ張っていき、カウンター席に座らせた。薄暗く、青白い照明しかないこの店は、結構お偉いさんとかが接待に使う店で金額も割高。けれど、どうせ飲むならいいもんが飲みたいだろ? ということでやってきた。もちろん、男に奢る趣味はない。 いつも居るだけで騒がしいとの評価もあるグラムは、落ち着いた店の雰囲気に合わせてか、珍しく酒を目の前にしても静か(め)に俯いていた。ぶつぶつとさっきから同じことを呟いている。……酔ったのか? 結構酒に強いこいつが、ブランデーのロックとはいえ早くも1杯目で? 「なあニース、おれってレンに嫌われてんのかなぁ」 「……は?」 なんとも寝ぼけた質問に、俺は耳を疑った。マジで酔っ払ってんのか? 確かに扱いは雑だが、それはレンに限った話ではないだろう。からかい甲斐があるからなぁ、こいつ。友人が多いが、その半分以上がこいつをからかって遊んでるんじゃないだろうか。 それでも、いざというときのこいつの人望は凄い。こいつが励ましの声を掛けるだけで一気に士気が上がる。冗談を言えば緊張は緩和され、前を行けば多くが後をついていく。一見ただの能天気な馬鹿のどこにそんな魅力があるのかと思ったが……気付けば俺も友人やってるんだから、わからないもんだ。 このめそめそ具合からは想像できないけどな。つーか、なんでまだ立ち直ってないのか。 「今日、2回もぶちのめすって言われてるんだぜ? おれ、なんにもしてねぇのに」 俺が思うに、それは嫌うっていうよりも目標とか好敵手とかに向ける意味で言ったんじゃねぇかなぁ。 一応そのときの状況を聞いてみたら……あの捨て台詞のほかに、入手も難しく扱いも難しい銃を威嚇や牽制にだけ使ってるとかいう話をしたときにも出たらしい。ああ、うん、俺も今ちょっと殺意湧いたわ。あいつは悪くない。 「最近もさあ、街中で他所者蹴っ飛ばしたの注意しても、やりすぎだって言っても聞かないし……どうしてあんな風になったんだ」 そうして机の上に組んだ腕の中に頭を突っ込んだ。まるで可愛い娘に反抗期が来たとでもいうような物言いだ。……これは確実に酔ってるな。 「昔はどうだったんだ?」 嘆くからには昔はもうちょっと丸かったんだろうと推測したわけだが。 「んーと、聞いた話だと……城に忍び込んでこっそり本を読んだり? 酒場の用心棒をやってるときに、酔っぱらい相手に武器振り回したとか、恨みのある奴にハルベルトすれっすれのところに振り下ろしたりとかしてたらしい」 なんで全部伝聞調なのかは置いといて。 「……今と何処が違うのか、是非とも教えてくれないか」 むしろ昔のほうが酷いだろう、それは。犯罪も混じってるし。 「うん、おれもたいして変わんないなって言ってて思った」 言うまでもなくわかるだろう。 「でも実際、小隊じゃどうなんだ?」 むくりと起き上がって、小首を傾げられる。……どうって言われても。 「別にこれといって。普通に真面目だぞ。訓練にも参加するし、言うこともちゃんと聞くし」 レンと実際に顔を合わせたのはグラムにさんざん言われた後だったのだが、こいつが言っていた内容となかなか一致しなかったので、拍子抜けしたものだ。むしろ素直だし、ちょっと荒いけど戦い方は知っているから即戦力になったし、いい拾い物したと思ったくらいだ。 今聞いたグラムの話が信じられないくらいだ。 「魔物と戦ったときはどうだった?」 「別に普通……」 「ふーん……ならいいけど」 意味深に呟いて、グラムは店員にお代わりを要求した。そんで、そのままなにも言わなかった。 「……なんだよ」 聞いてくるからにはなにかあるんだろう。口に出すからには言いたいことがあるんだろう。だから早く言え。 「あいつ、魔物嫌いだからさ、たまに暴走することあって。最近はそうでもないみたいだけど……」 魔物嫌いか。魔物が多いシャナイゼでそういう奴は結構多い。ここでは魔物による被害は日常の一部とされてだいたいが天災扱いされるから、他地域よりも魔物に怨む人間は少ないという。事実グラムも過去に魔物によって母親を亡くしたことがあるんだそうだが、本人は気にしていない。けどな、やっぱり全員が全員割り切れるってわけじゃあない。 「一応気にしといてよ。特にヒューマノイドのときは気を付けてくれ」 ヒューマノイド――人型の魔物。ある理由からひときわ狂暴となったそれ。シャナイゼ以外じゃほとんど見られないはずだが……他国出身のあいつがどうしてそんなのと関わりがあるのかね。気になるところだが、まずこいつは話しちゃくれんだろう。プライベートなことを勝手にぺらぺら喋らないだけの分別をこいつは持ち合わせている。 「ああ、わかった」 いろいろこうして言ってくれるのは、知り合いがいるからってだけじゃなくて俺への信頼もあるんだろう。そう思えばちょっとくらい面倒なことでも引き受けられるってもんだ。 それにしても、 「ずいぶん気に入ってるんだな」 友人は多いし、基本誰とでも仲良く楽しくできて、ときにお人好しの面もあるこいつだが、面倒見がいいかと言われると実はそうでもない。そういうところでドライなこいつが、まるで弟のようにあいつを扱うのは、雨季でもないのに雨が降ったときのよう――ああいや、つまり直接的に言うと、本当に珍しく、驚きだってこと。 当たり前だろ、とグラムは笑う。 「仲間だからな」 友人が多いそいつにとってその言葉がどれだけ特別か、俺はなんとなく知っている。だから、少しあいつが羨ましいな、と思った。 少しだけ。 [小説TOP] |