撃退 自分で言うのもなんだが、僕はフェミニストだ。 それはおそらく、家族が母に姉1人という女ばかりの生活が長かったことに起因する。今だって女性と2人暮らしだ。同棲とかそんな色っぽい事情ではなく、師弟関係あるいは親子関係によるものだが。 とにかく、そういう環境で育ってきたから、自然と女性を大切にする習慣が身についた。 だから、ああいうのは僕にとっては許し難い行為である。 「いいじゃねぇかよ、少しくらい付き合ってくれたって。な?」 お遣いの途中だった。南区に住む魔術師に修理の済んだ杖を届けに行かなければならなかった。もう陽が暮れかけていて、この街の夕方は天にかかる枝葉の所為で更に暗いから早く済ませたいのに、あんな光景に出くわしてしまったのだ。 野卑た男が、か弱い女性の手首をがっちりと掴んで迫っている。因縁を付けている訳ではなく口説いているつもりのようだが――あれはもうナンパの域を超えて、セクハラの域に達している。言ってることが夜のお誘いとか、まだ日も暮れていないのに。 「は、離してくださいっ!」 当然のことながら、女性は拒絶する。思い切り腕を引っ張った所為か、空いた手に掛けていた様々な種類の花の入っている籠の中から、花が数本落ちた。歳は僕より少し上くらい。茶色の髪を三つ編みにして片側に垂らし、白いワンピースに茶色のベストを着て、赤色のリボンで腰のあたりを飾っているという派手どころかむしろ清楚な印象だ。 彼は女性の精一杯の抵抗を気にも留めず、周囲の眼も無視して、先ほどから強引なお誘いをしている。暗黒街でもなければ路地裏ですらないというのに、こんなところでそんなことをするなんて、いったいどんな神経をしているのだろうか。 周囲はみな遠巻きになってその様子を見守っていた。横から入ろうとする者はいない。根性無しに見えるかもしれないが、無理もない。男はどう見ても、他所からやって来た傭兵だった。やり返されるのが目に見えているので、怖くて手が出せないのだ。誰だって、見知らぬ他人のために怪我はしたくない。二の足を踏んでしまっても責められようか。 だが、僕としてはやっぱりこの状況は放ってはおけない。 石畳を蹴って、一気に騒動の中心へと近づくと、思いっきり上段蹴りを放った。油断していた奴は、体重は僕より重そうなのに気持ちいいくらいに吹っ飛んで、地面に顔から激突した。 良い気味。 「大丈夫ですか」 相手を安心させるために、笑いかけた。女性は戸惑いながらも、こくこくと頷く。 なるほど、確かに声をかけるだけのことはある。例えるならコスモスだ。気高くもなく華やかでもない、されど愛らしい花。手を出したくなる気持ちもわからないでもないが、もう少しやりかたがあるだろうに。 「いきなり何すんだ、てめぇ!」 その傭兵は、がばっと身を起こすと唾を飛ばして怒鳴って来た。本当に野卑た男だ。 「それはこっちの台詞です。こんなか弱い女性に、貴方いったいなにしてるんですか」 まだ地面との距離が近いそのごつい顔を見下す。男が顔を歪めて、真っ赤になっていくのが実に愉快だった。 「別に、ただ話していただけだろっ!」 「あれで? あんなに強く腕まで掴んでおいて? あんなに嫌がってたのに?」 呆れた、という表情をしてみせる。いや、実際に呆れたのだが。あれで話していたはないだろう。周囲の野次馬も僕と同じ顔をしている。 「黙れ、ガキ。お前なんかに蹴り飛ばされる謂われはねぇ!」 ガキとは失礼な。これでも人並みの身長はあるのだ。ただちょっと、童顔だったりするからもう少し年下に見られたりはするけれど。 「どっからどう見てもありますけど。自覚ないようだったらもう一度初等学校からやり直してきた方がいいですよ。……いや、いっそ赤ん坊からやり直したほうがいいかもしれないですね」 うん。そうするべきだ。修理することもできなさそうだから、いっそ作り直してしまったほうがいい。図体ばかりでかくて、見た目も褒めるところは見つからないし。 「ふざけるなよ、このガキ!」 男は、早くも腰の剣を抜いた。ガキガキと餓鬼のように連呼しときながら、僕のような子どもを相手に剣を抜くなんて、そっちのほうが子供じゃないか。 手に持った物を構えようとして、それが他人の物であることに気付いた。背中に手を伸ばしてみたら、愛用の鉾槍がないではないか。街の中だからと家に置いてきた。あるのは念のためにと持ち歩いていた短剣と〈魔札〉をはじめとした少々の魔道具だけだ。〈陣魔術〉も使えるが、あの双子じゃあるまいし、接近戦で援護なしでは使えない。 少し不用心だったかな、と後悔しだして、思い直す。どうせ大したことない相手、得物を選ぶ必要はないじゃないか。 「すいませんが、少しだけこれを預かってていただけますか?」 女性に布にくるまれた杖を渡すと、案の定男は怒り出す。 「てめぇ、ナメてんのか!!」 そんな奴に、僕はにっこりと笑ってみせた。 「嫌だな。貴方ごときにあんなもの使うわけないじゃないですかぁ。馬鹿だな〜」 もちろん、他人の物だということは隠しておく。この手の手合いは怒らしたほうがさらにやりやすいのだ。その証拠に、なめるなー、とか言いながら突っ込んできた。その軌道上から身体を逸らし、足だけを残しておく。 狙った通り、僕の足に引っかかってこけた。勢いがついていただけに、派手な転びかただった。握ってた剣が何処かに飛んでいって焦ったが、どうやら見物人たちには届いていないようで、からからん、と音を立てた後、大人しく地面の上に横たわっていた。 呻いている男の背中、胸の上くらいの位置の背骨に足を乗っけて押さえつける。これだけで、ほら、もう立てなくなった。 [小説TOP] |