第16章 オペレーション・デイブレイク 1. ルクトールが落ちた。 過酷な沙漠越えを終え、ようやく辿りついた首都キルシアで〈木の塔〉の戦士たちが真っ先に聞かされたのは、そんなうんざりするような知らせだった。 「やれやれ。早速かよ」 腕を組んで立ち、冷めた様子で発言するリズ。最も心境はリグも同じだ。招集され、しぶしぶ承諾し、泣いて縋る両親を諭してようやくここまでやってきて、聞かされたのは交易都市の陥落。一緒に来た〈木の塔〉の小隊のうちの5つ――総勢21名とリヴィアデールの兵たちとともに詰所に押し込まれ、次になにを聞かされるかなんていうのは、想像に難くない。 「本日集まってもらったのは他でもない」 暗く狭く強固な石造りで、牢屋に近い印象の詰所に、低く重厚な声が響き渡る。進み出でた男はクレマンスという名のリヴィアデール軍の兵士。これからリグたちを率いる上官だ。いかにも王国で階級のある兵士、という感じで、堅物で勝利のためならどんな犠牲もいとわないという感じがそのまま顔に出ている。黒色の目はまるで自分たちを監視しているかのように鋭い。薄暗い中鈍く輝くプレートメイルに収まった体格は普通の男よりも大きい。だが、鎧は重そうだ。あれでは素早く動けそうにない。 「たった今話したルクトールの件だが、我々は彼の街を奪還する役目を受けた」 静まり返っていた部屋がどよめきだした。対してリグは、予想が的中して辟易するばかりである。 ミルンデネスの大きな町のほとんどがそうであるように、ルクトールは城壁がある。つまりは要塞としての機能があるということ。要塞を攻めいるというのは実に大変なのだそうだ。まず建物だから、よほどの事がない限りその防御力は崩れない。木造なら火攻めができるが、無論そんなはずもなく、堅固であるために破壊には破城槌などという大きな装置を必要とする。しかし、これは持ち運びが容易でない。更に、要塞の中は町である。よほどの不作でない限り、食糧は十二分にため込んであるはずだ。持久戦にはもってこい。 対し、こちらは野営を余儀なくされる。食糧面での不安は勿論、外だから身体も休まらないし、攻撃を防ぐのには脆弱。天候にも弱いし、きちんとしなければ衛生面にも支障が出る。 つまり、攻略するのには、高いリスクが伴うのだ。就いてはじめの仕事がこれだとは、正直嫌気が差す。 そんなリグたちの気持ちを知ってか知らずか、クレマンスは演説を続ける。 「知ってのとおり、ルクトールは我が国の交易拠点だ。西のルクトール、南のサリスバーグ、それから北の旧アリシエウス。どの国境にも面している。それはすなわち、クレールの攻略の足場となるということだ」 「で、逆に足場にされてるし……」 ぼそりと背後から聞こえたリズの声。横でグラムがしきりに頷いている。幸いクレマンスには聞こえていないようだ。 「そこで我々は、何名かを極秘裏にルクトール城壁内に侵入させようと思う。侵入した部隊は、門を開き、残りはそこから突入するという作戦だ」 一同はぎょっとした。 「あの〜……」 おずおずとグラムが挙手をする。 「侵入って、もちろん隠密行動ですよね?」 「当然だ」 「諜報部とか、隠密行動に適してそうな人が見当たらないんですけどー……」 それこそが、全員が驚いた理由である。 諜報員がみな諜報員らしい姿をしているとは限らないことは了承しているが、それを考慮してもそれらしい人物は見当たらない。グラムがそう言ったことからも裏付けられる。グラムはそういった活動にも多少なりとも縁があるからだ。 「それがどうした。事前に準備を怠らなければ、不可能ではないだろう」 ――いやいやいや。 確かに、あらゆる条件が整えば不可能ではない。が、危なっかしいことこの上ない。まず、想定外の出来事における対処ができなければいけない。これは一瞬で適切な判断をしなければいけないのだが、そういう状況に陥ったとき、大抵の者はパニックになる。他にも、周囲への気の配り方、気配の消し方、いろいろあるのだ。 作戦自体はそんなに悪くないと思う。中には〈挿し木〉の連中もいることだし、町民はもともとリヴィアデールの国民。入ってしまえば、こちらの勝利だろう。だが、このままでは作戦の第一段階が穴だらけ。 しかし、クレマンスはこの作戦に自信があるようだった。過信という奴である。このまま言われるままに従えば、絶対に苦労する。嫌な上官に当たったものだ。 「んじゃあグラム、お前がやれば?」 周囲が無茶だ無謀だと騒ぐなかで、〈木の塔〉所属の1人が発言する。周囲はたちまち静まり返り、グラムに注目した。 「え、おれ?」 注目を浴びた我らが隊長は、戸惑って自分の顔を指差す。 「できるだろ?」 「……まあ、できるかできないかで言ったらできるけど」 できるだろう。任務で人のいる建物に忍び込んだ経験は何度もあるし、なによりそういうのが得意なウィルドからレクチャーを受けている。 「でも、ルクトールの周囲は草原で障害物がないんだぜ!? いくらなんでも、身を隠す場所がなけりゃ、こそこそ近づけねぇよ!」 言い逃れとは思えないほどに正論を言うグラムだったが、 「じゃあ、それは〈夕闇の魔女〉に任せれば?」 〈夕闇の魔女〉とは、リズのことである。 「あ、あたしっ!?」 名が知られれば、二つ名が付けられるのはよくあることだが、魔術師の間で、光や闇、創造や破壊を連想させられるような名を付けられるのは、その方面で一流であることを示す。リズは闇の系統に分類される水と風の魔術と更に黒魔術を得意とすることから、〈夕闇〉と付けられた。完全な闇でないのは、光系統の火の術もそれなりに扱えるからだそうだ。 因みに、リグは〈暁光の魔術師〉と呼ばれている。リズとは魔術的な能力が正反対の方向に特化しているからである。誰が付けたか知らないが、なんだか大層なので結構恥ずかしい。 「できるだろ?」 「そりゃ、やりようはあるけど……」 水の術を使えば光を屈折させて視覚を誤魔化せるだろうし、風の術で音や匂いは誤魔化せる。黒魔術で相手に暗示をかけることも可能だ。そして彼女も当然ウィルドから隠密行動のノウハウを教わっている。 小隊でただ1人、リグは隠密行動に向いた能力を持っていない。物陰に隠れることと抜き足差し足忍び足くらいはできるが、感覚を誤魔化したり音を立てずに人を昏倒させたりということはあまり得意ではなかった。できるのは、せいぜい補助と火力で攻めることくらい。 ……なんだか仲間はずれのようで、少し寂しい。 どうやらグラムたちの存在によって、作戦は決行されるようで、詰所の中は侵入班の選出で騒がしくなっていた。〈木の塔〉側から次々と推薦が出される。リヴィアデール側も一地域の組織ばかりに任せておけないと躍起になっている。 「侵入して、撹乱すればいいんでしょ? どうします?」 「そうだねぇ……」 名指しされて戸惑っていた2人は、実は結構乗り気なようで、楽しそうに戦略を練っていた。 ――ところで、誰も撹乱しろとは言ってないんだけどな? [小説TOP] |