第6章 不和の道中 1. 夜になると昼間の灼熱が嘘のように冷え込んだ。長袖の上にローブを羽織っているリズにはそう苦ではないが、夏に着るような格好をしたユーディアやどうやら寒暖差に弱いらしいレンが辛そうで、外套をしっかり身体に巻きつけていた。せっせと身体を動かすことでしか身体を温める方法がなかった。体感温度を下げるほど風が強くないのが幸いである。 寒い、障害物がない、足場が悪い、加えて夜なので暗い、と行軍の条件としてはかなり悪い環境だが、いまなによりも辛いのは、パーティ内の雰囲気だった。ピリピリとした剣呑な空気。 その元凶となる2組。まず、フラウとウィルド。2人の場合は言うまでもなく、理由が明らかだ。旧知の2人だが、昔からとにかく相性が悪いらしい。よほど仲が悪いのか、この道中、フラウとウィルドは互いに無視するか修羅場を作りだすかのどちらかしか行わない。 そして、もう1組はラスティとユーディアである。――というか、ユーディアを意識するラスティだ。こちらも、無理もないといえば無理もない。なにせユーディアは、ラスティの故郷のアリシエウスの敵、クレールの出身者である。しかも、あのアタラキア神殿の騎士だ。 クレールで主流なのはエリウス信仰だが、アタラキア神殿は、四神信仰の総本山ともいえる神殿だ。石造りの巨大な神殿で、豪華絢爛と言われる400年前の建築様式で建てられている。加えて、庭もまた芸術と聴く。神殿というよりは城のイメージのほうが近い。 他の国に比べ、クレールは国政と宗教の結びつきが強い。特に神殿に勤める神職者――これには、神殿騎士も含む――の上位の位につく者は、クレールの国政に深く関わっているらしい。ラスティがユーディアを警戒するのは、彼女がアリシエウス襲撃に深く関わっている可能性があるからなのだろう。 リズは溜め息を吐いた。 グラムではないが、みんな仲良くしようぜ、である。因縁があるのは仕方がない。事情があるのも仕方がない。だが、その不仲が与える周囲への影響を少しは考えてほしい。表面を取り作ってほしいわけではないが、もう少し、せめて無視し合うなどして、剣呑な空気を緩和してはくれないだろうか。 ――無理か。 リズの要求は嫌いな奴を好きになってくれ、というのと変わりはない。感情から来るものを改めろ、というのはなかなか無茶なことである。 もう一度嘆息した。それでも、この空気に晒されるのは、耐えられない。 どうにかならないものか、と思いを巡らせる。主にグラムがいることが原因で、本来ならにぎやかになるはずの一団である。それがずっとだんまり。空気に晒された4人――リズたち兄妹とグラム、レンはそろそろ限界が来ているし、同行したばかりのユーディアは突然敵意を向けられて居心地が悪そうだ。 「ねえ」 考えに夢中になっているところに声を掛けられて、リズは跳び上がった。いつの間にか、フラウがリズの顔を覗き込んでいる。 「訊きたいことがあるのだけれど」 「ああ……うん、なに?」 「さっき、あなたたちが使ったあれ、〈召喚〉よね」 リズはうろたえた。彼女には、あまりこの話題には触れてほしくなかった。 「あれは確か、禁術のはずだけれど」 リズは彼女から目を逸らす。逸らした先に、リグがいた。片割れはこちらの視線に気が付くと、困ったように顔を歪ませる。 とぼけても無駄であることはわかっている。彼女は確信を持って話しているから、リズたちがいくら否定したところで信じないだろう。 ハティやスコールを呼び出す術〈召喚術〉は、確かにセルヴィスが晩年に造り出した禁術のひとつである。禁術について取り上げられた書物は存在し、その気になれば方法を学ぶこともできるが、基本的に使用は禁じられている。使用した場合、所属しているいないにかかわらず、〈木の塔〉により処罰が下される。その罰とは――死。 だが、ときに〈木の塔〉以外から裁きを受けることもある。 「禁術に触れた者は闇神の裁きにあうはず。それなのに」 「どうしてあたしたちが生きてるか?」 言葉尻を取ると、こくり、とフラウは頷いた。 そう、禁術に触れた者は闇神の裁きを受ける。嘘のような話だが、真実である。信じる根拠もある。普通の人には理解してもらえないだろうが。 いつの間にか、歩みが止まっている。全員の注目も集めている。ラスティとユーディアは訝しんで。レンは興味津々と言った様子で。グラムとリグは、不安と警戒が入り混じった様子で。 リズはフラウに笑みを浮かべて見せた。そして、皮肉たっぷりに口を開く。 「さあ……神の思し召しじゃない?」 ――だが、その神は闇神じゃない。 哀れむようなフラウの眼の光が浮かぶ。それを見て、リズは頭に血が上る。いろいろと察してのことだろう。判断の材料はそろっている。彼女なら、容易に想像がつく。しかし、彼女に哀れまれるいわれはない。 ――でも、彼女に当たってもどうしようもない。 上ったのと同じ速度で、一気に血が引いていった。 「彼女たちの〈召喚〉は禁術ではありません。……確かに基盤はそれですが、問題が起きないように改良されてあります。すでに学会でも発表されている」 ウィルドの言う通りだ。リズたちの使う召喚は、禁術そのものではなく、それをベースとして友人たちとともに開発したもの。禁術の定義から外れ、全ての魔術師に向けて学術的な発表も行っている。 後ろ暗いことは何もない。サーシャとダガーの〈召喚〉に関しては。 「そもそも、召喚が禁忌となった理由は、術者が被召喚者を制御することができなかったことが主な原因です。それを彼女たちはクリアしているのだから、“裁く”理由がない。 ……なにか?」 くすくす笑うフラウを見て、ウィルドは表情をさらに険しくした。 「いいえ、ずいぶん必死に弁解するのだなと思って」 ――ああ、もうまた逆鱗に触れるようなことを……。 彼女は、自身の行動がウィルドを苛立たせていることに気付いているのだろうか。 [小説TOP] |