第15章 救いを望む禍の火種


  3.

 ギルドを飛び出して西門へ向かう。侵入した魔物が何処にいるかわからないが、近くへ行けばわかるだろうと検討をつけた。
 外は予想していたよりも混乱していない様子だった。〈挿し木〉の傭兵たちのおかげで、街の住民は冷静に避難しているようだ。だが、ルクトールに駐屯しているリヴィアデールの兵士の姿は見えない。いざというときに国が役に立たないとは、何とも情けない話だ。もしアリシエウスだったら、もう少しうまく立ち回っていたことだろう。――騎士だったせいか、どうしても自分の国と他所の国を比べてしまう。悪い癖だ。
「畜生、空からもやってきやがった」
 〈挿し木〉の傭兵とみられる戦斧を持った男が、赤い光を残して闇に染まりかけた空の一点を指さした。釣られて見上げると、確かに翼を持った魔物がこちらへと向かって来る。フォンが言っていたように、見たことのない魔物だった。魔物発祥の地であるシャナイゼにいたカーターですら、あのような魔物は見たことはないらしく、驚いていた。
「ヒューマノイドだと……!?」
 空から降りてくる翼を持った生き物は、人に近い姿をしていた。砂漠で見た人型仙人掌の魔物を思い出し、その後にアーヴェントの顔が頭をよぎる。
「いや、魔族か……?」
 どちらに近いかと訊かれたら、見た感じは彼らに近いかもしれない。
「魔族だったら、話は通じると思いますけど……。あれは通じなさそうですね」
 前にリグたちから聴いた話を思い出す。魔族と人型の魔物ヒューマノイドの違いは、人に限りなく近い姿をもっているかと、理性を保っているかだそうだ。特に後者が重要となる。理性を失っていれば、人に近い姿でも魔物なのだそうだ。もちろんこれは魔族側の主張であるため、世間一般では認められていない。そもそも、魔族の存在自体知られてはいないが。
 カーターにここは任せるように言い、ラスティは剣を抜いて、周囲の住民たちに建物の中に入るよう指示した。隣では、レンが左手を宙空の魔物に向けて突き出していた。その先で淡く青色の光の線が漂う。次第に幾何学模様と文字の書かれた円の形を成していき、ラスティは魔法を使おうとしていることを理解した。〈木の塔〉で習ったと得意気に言っていた〈陣魔術〉、ラスティの目の前で使うのははじめてである。
 完成した魔法陣から、5本の氷の矢が飛び出す。いったいどういった仕組みなのか、氷の矢は真っ直ぐに飛んでいくのではなく、魔物を追尾していた。下りてくる群れの3体ほど撃ち落とし、急所に当たらなかった2体はこちらへと向かって来る。
 攻撃せんと低く下りてきたところを狙って、ラスティは剣を振るった。左側をかすめていく際に剣を横なぎに払い、地面に落ちていったのを確認した。少し遅れて突っ込んできたもう一体はレンがハルベルトで串刺しにする。
「もう少し早く魔法を使えないのか?」
 死骸を足で踏みつけて穂先を抜いている少年に、ラスティは尋ねた。リグやリズの魔法陣は宙空に判を押したかのように現れるのに、レンの魔法陣は描く過程が見えるのだ。
「あのですね、リグとリズの事を言っているんでしょうけど、あの速さははっきり言って異常なんですよ。あんな一瞬で魔法陣を出現させることがどれだけ至難の技か……」
 そう言えば、あの兄妹は魔術に関してはたぐい稀なる魔力と技術を持ち合わせた魔術師なのだという話を聞いた覚えがある。その様子は、すでにラスティも目にしていたということか。どうも知識がないために、あれが当たり前だという認識が付いているようだ。
「……悪かった」
 そのとき、ラスティの墜としたはずの魔物がのそりとゆっくりとした動作で立ちあがった。慌てて剣を構えなおし、死んでいなかったのかと歯噛みする。レンもまた周囲を警戒しながら重い斧頭のついた穂先をやや下に向け、魔物へと意識を向ける。
「なんだ、これ……」
 ゆっくりと立ちあがった人型の魔物は、自分の身体を確認するように両手を上げて見つめた後、微かに声を漏らした。まだ青さの残る若い男の声だ。
 ラスティの頬が引きつった。背中に冷たいものが走る。
「なんだこりゃああああああっ!!」
 魔物は自らの姿を見て、恐怖した。いや、彼はもはや魔物でも魔族でもなく――。
「合成獣……?」
 か細い声が漏れる。レンはだらりと武器を下げ、両眼を見開いていた。戦意も消失しているみたいで、無防備といえる姿。
 ラスティは斬りかかることも、かといって放っていくこともできずに、嘘だ、夢だと連呼するかつて人間だった哀れな生き物から目が離せずにいた。
 ――どうして、合成獣がここにいる?
 ラスティはレンが止めを刺した方の翼のある生き物を振り返った。翼を持ちながらも人間に酷似したその生き物は、虚ろな瞳で地面に伏せっている。その姿の人間に近いこと。
「死にたいですか」
 淡々としたレンの声。
「それとも、その姿でも生きていたいですか」
 レンはハルベルトを下ろしたまま、混乱した合成獣の傍に立っていた。その距離、5歩ほど。ラスティは冷や汗をかいた。相手が腕を振り回しでもしたら、怪我してしまう。
 だが、その心配なく、合成獣は動きを止め、涙に濡れた目でゆっくりとレンを見上げた。
「助けてくれ……」
 すがるように、レンの着衣の裾を掴む。
「もう嫌だ死にたいぃぃっ!!」
 制止する間もなく、レンは重い穂先を上げると、合成獣の胸に突き刺した。
 力が抜けて崩れ落ちていく様を、少年は無表情で見つめていた。ラスティは言葉もなく立ち尽くす。死を望む姿とそれを手に掛ける少年に少なからず衝撃を受けていた。助けてとすがる目を見て、本当は死以外の方法で救いたかったはずだ。同じように合成獣と化した姉を救いたかった、と後悔している姿を、以前アズィル・フォーレで見ている。彼は、魔物嫌いを理由に否定するだろうが。
「ラスティ」
 声を掛けられて、はっとする。レンがこちらを見ていた。
「行きますよ。まだ何処かに潜んでいるかもしれません」
「ああ……そうだな」
 ラスティは気を取り直して、剣を強く握りしめた。今は、なによりも先に街の中から魔物を倒すことを考えなければならない。このままでは、街の住民たちが危険にさらされるばかりだ。
 街の中をレンと2人走り抜ける。いつ遭遇してもすぐに対処できるように、剣は抜いたままにしておいた。
「妙だな……」
 協力して何体か屠ったところで、レンがふと漏らした。
「この合成獣、フォンを追ってきたんですよね?」
「だろう」
 〈挿し木〉でフォンから聞いた話を聞く限りでも、タイミングからいってもそう感じた。あながち間違いだとは思わないが……。
「人ひとり追いかけて殺すには、数が多すぎやしません?」
「そう言われてみたら……」
 街を守ることばかりに目が行っていて気が付かなかったが、確かにそうである。このような大きな街が、ここまで騒ぎになるほどの襲撃。ラスティとレンの2人だけでも、すでに10体以上を相手にしている。
「目的は彼の抹殺だけではないのか……?」
 ラスティの疑問に応えるように、何処からか伝令の声が響き渡った。
「クレール兵がやってきたぞ――っ!」
 その瞬間、レンは駆けだした。



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