第12章 帰郷 3. クロードに連れられて来た場所は、貴族街から少し離れた公園だった。と言っても木々に囲まれているほかは、花壇とベンチしかない寂しい公園だ。広場といったほうが正しいかもしれない。高い屋根の向こうに主が不在の城が見える。 ラスティたちは目立たない一角に移動し、ユーディアをベンチに座らせ、自分たちは立ったまま話をすることになった。 「で?」 にやりと浮かべた笑みをラスティの顔に近づけ、からかいの口調で、数少ない城内の友は尋ねた。 「彼女は誰だ? とうとう女ができたか」 「……馬鹿か?」 「うわ、直球」 傷ついたー、と楽しそうに言うクロードをじとっと睨みつける。それを見ると更に楽しそうにして、 「だぁって仕方ないじゃんよ。お前が女と一緒にいるなんて滅多にないんだから」 お前の母親と妹を除いてな、と付け加えて、彼は彼女を無遠慮にと観察した。ユーディアは居心地悪そうに縮こまり、助けを求めてラスティを見上げてくる。 「清楚で可愛らしい。しかも真面目で健気な感じで、お似合いだと思うけどな」 「やめろ、全く……」 ラスティはクロードの首根っこを掴み、引っ張りあげる。彼女の国籍を尋ねたりしないことに内心ほっとしたが、このままだと本当に真面目な話ができない。 「……そういう話をしに来たわけじゃない」 手を離すとバランスを崩してよたよたと後退した。体勢を立て直すと、拗ねたように口を尖らせる。 「いいじゃん、ちょっとくらい。久し振りに会ったんだし、他に相手もいないんだからさ」 違和感を感じて、ラスティはいぶかしんだ。 「デイビッドは」 クロードには、いつも一緒の悪友がいるはずである。そういえば、今日はまだ見ていない。こうしてクロードと話していると、何処からともなく現れるというのに。 クロードの笑みが僅かに翳る。 「あいつは死んだ」 これまでの快活さは何処かへ消えて、泣くこともなく淡々と言った。 「西門から攻めてきたクレールにやられて。どうやら率先して敵に突っ込んだらしい」 「…………らしい?」 伝聞調であることに眉をひそめる。 「俺は城内にいたんだ。まったく信じられるか? ちいせぇころからずっと一緒だったって言うのに、あいつが死ぬ間際は傍にいられなかったんだぜ? いつも一緒だったのに、助けにいくこともできないで……」 一瞬顔を曇らせたが、首を振った。 「そういう話でもなかったな。家族のことだろ?」 そんなことはない、という言葉を飲み込み、ラスティは頷いた。彼は慰めて貰いたいわけではないのだ。家族の無事を確かめに来たのも本当である。 「お前の家族は全員無事だ。カメリアもだ。全員家にいて、何事もなく暮らしてるから、安心しろ」 全員無事だと知ってほっとするが、少し申し訳ない気がした。この国の大事にいなかったくせに、家族の無事を喜ぶなんて。今回のことで大切な者を失った人もたくさんいるはずなのに、自分だけ。 「あんまり変なこと気にするなよ。お前がいなかったのは仕方ないことなんだから」 ラスティの考えが見透されているようで、少し驚く。そういえば、どうしてクロードはラスティを庇ってくれたのか。 「話は王子から聞いた」 苦笑気味に続けた。 「問い詰めたら答えてくれた。まあ、ちょっと信じられなかったけどな。まさか、ただの伝説だと思っていたもんがこの国にあったなんて」 ちら、とユーディアのほうを見る。相変わらず健気なもので、聞かない振りをしてくれている。なんのことか、大方察してはいるだろうが。 「それがそうなのか」 クロードは、ラスティが腰に挿す1本を指差した。 「ああ」 「……意外に普通だな」 身を屈めてしげしげと眺めて、拍子抜けしたようにぽつりと漏らした。 「ハイアンとディレイスの……」 もうひとつ、知りたかったことを尋ねる。だが、遺体、と口にすることは躊躇われた。 「埋葬した。墓もある。後で寄ってみろよ。2人とも喜ぶぜ」 「……それとも、叱られるかもな」 視線を下に落としながらラスティは笑う。このあとまさにその場面に直面しそうな気がするのだ。城からハイアンが出てきて、人の良い笑みを浮かべながら辛辣な言葉を浴びせてきて。。 そして、ディレイスはまた城を抜け出して。さんざん探しまわったラスティに反省のそぶりを見せることもなく、笑みを見せて安酒を勧めて。 これだけ容易に想像できるのに、今となっては二度と起こらない。いつもと同じ日常はもうないのだ。 「叱られろ。それくらいいいだろ」 俯いた顔をあげると、クロードは顔を逸らした。 「いや、なんでもない。それより、お前、これからどうするんだ?」 「まだ考えていない」 それを探しにここに来たつもりだが、答えはなにも見つかっていないのだ。 「帰ってこないのか。カメリアも、お前の母さんも心配してるぞ」 妹と母の名前を聴き、一瞬心が揺らぎかけた。だが、ここに長く留まることはあまり賢明でないと薄々感じている。それに、レンとの約束もある。 それにしても、心配されているならば家には近付かないほうがいいかもしれない。引き留められたとき、振り払える自信がない。 特に口にはしなかったが、ラスティの様子から答えを察したクロードは、そうか、と寂しそうに呟いた。 [小説TOP] |