第11章 出陣要請


  3.

「私情、ね」
 ふ、とリズは鼻で笑う。
「どうせ拒否権はないんでしょ?」
 マクライエンは皮肉を言う孫の1人を睨み付けた。
「さも私がお前たちを売ったかのように言うが、今回はあちらの推薦だ。キルシアでの仕事が評価されているのだから、少しは喜んだらどうだ」
「それで来る仕事が戦争行って来いだから、素直には喜べない」
 それでも、嫌、とは言わないのは、逆らうことの無意味さを知っているからだろうか。リズの言う通り、拒否権などないのだろうし。
「それよりも、前の仕事の件はどうするの?」
 盗まれた手記のことである。戦争に行きたくないのも本当だろうが、どうも気がかりはそちらにあるらしい。さすがは魔術師、戦争より魔術のほうが大事なのか。……それとも、戦争で使われることを恐れているのだろうか。
「……仕方あるまい」
 リズを睨み付けたときの気迫は何処へやら、しぶしぶ諦めたことを白状する祖父に、リグが目を剥いた。
「仕方なくないだろ! 放っておいたらなにが起こるかわかったもんじゃない!」
 グラムはウィルドのほうを盗み見た。手記には禁術が書かれている。その禁術を使用したら、闇神に裁かれる。グラムの隣にいる闇神に。もし使われるようなことがあれば、闇神として動かなければならなくなってしまう。だから、彼は手記の所在を気にしている。
「この件にはお前たち以外に安心して任せられる者はいないが、お前たちの行き先は戦場だ。それに、他にもいくつかの小隊を送る。正直に言えば、町や村の防衛で手一杯で、そちらに手を回す戦力的余裕がない」
 シャナイゼでは常に魔物の問題がある。戦える人間がいるとはいっても、所詮研究機関なのだから、魔物狩りなどの戦いに出向く者は決して多いとは言えない。戦闘専門の〈黒枝〉の人数となると、さらに少ない。戦争で小隊を派遣しなくても、もともと余裕なんてないのだ。グラムたちがシャナイゼを離れることすら異例。
 本音は戦力を手放したくないのだろう。だが、莫大にかかる研究費を援助してもらっているから、〈木の塔〉はリヴィアデールの申し出を断ることはできない。
 本当にどうしようもないので、苦々しげにしながらもリグは引き下がった。一瞬エリオットのほうに目を向け、すぐに逸らす。
 不満気な空気が漂い始めていた。
「〈木の塔〉の塔長さまにも心苦しい思いをさせてしまったようですが、こちらとしては是非〈木の塔〉の皆様に……特に貴方がたに協力していただきたいのです」
 エリオットは済まなそうに謝罪する。お前が来た所為だ、と言外に告げられているようなものだから、居心地が悪いだろう。
「貴方がたのお噂は予々聴いております」
 憧憬が混じった視線でグラムたちのほうを見た。噂に覚えのない4人は、僅かにたじろぐ。その目は特にリズに向けられている。
 どうやらキルシアでの仕事のことらしい。とある要人の娘の護衛だったので、宮中で広く知れ渡っているようだ。特に、夜の往来で黒魔術合戦などをした魔女の話は、宮廷魔術師たちの間で持ちきりらしい。
「なにしたの」
 黒魔術で合戦、とか。どれだけ暴れたのか、そのときは別行動していたので、グラムたちはよく知らないのだ。
 塔長まで白い目でリズを見ている。やりかねない、と皆が思っているらしい。
「いや、覚えが……」
 注目を集めた件の魔女は、首を傾げる。本当なのか、惚けているのか。自覚がない、だったら恐ろしいなと思う。
 一同がじっとリズを観察している中で、おずおずとエリオットが口を開いた。
「……ところで、立ち入ったことを訊くようですが、その任務の件とやら、もしかしてアリシアの剣のことであったりしますか?」
「……は?」
 あまりに藪から棒だったので、グラムたちは目を点にした。どういう流れでいったいそうなるのか。手記捜索の件を曖昧にしたからだろうか。当てはまらなくもなくないが、どうしてピンポイントでアリシアの剣なのか。
「アリシアの剣。ご存じでしょう。破壊神が世界を壊すのに使ったといわれる剣のことです」
「知っていますが、それが?」
「クレールが我々に要求してきたのです。アリシエウスからその剣を持ち去った者がいる。匿っているなら引き渡せ、と」
 仲間に目を向けると、皆複雑そうな表情を浮かべていた。まるでラスティが戦争の引き金になってしまったかのようだ。無論、ただの口実だろうが。気に病むことは間違いないので、彼には伝えないほうがいいだろう。
「もし実在するのなら、我々はクレールに引き渡すためでなく、国を守るために手に入れたい。何か、手がかりになるようなことは知りませんか」
 なんだかんだ言って、結局自分たちも欲しいらしい。前にウィルドから聞いた話を思い出す。脅威があるのに放っておくはずがないし、他国が自分たちを凌ぐ力を持つことは許さない。
 グラムは沈黙を貫くことにした。ただ一言知らない、と言えば済むことだが、自分が言うとばれるかもしれない。こういう場面では素直になってはいけないときがあるということをグラムは知っていたし、それを把握することはできた。ただ、自分は嘘が下手なようなので、なにも言わないことにしている。
 こういうのは頭の良い奴に任せるに限る。グラムの隊にもほら、少なくとも1人は賢い奴がいるわけだし。
「生憎、本に書かれていることぐらいしか、知っていることはありません」
 今回は、リズだった。
「ていうか、そもそもそんなもの存在するわけないでしょう。探し求めた人はたくさんいたけど、今まで誰も見つけられなかったんですよ? あれはただの伝説」
 実物を目にしておきながら、堂々としたしらのきりっぷりだ。思わず拍手したくなった。
「そんな在りもしないものに頼ろうとするぐらいだったら、クレールに投降したらどうです? 戦場に無いものをねだっているようじゃ負けますよ。ま、それは相手にも言えることですが」
 相手に同情したくなるような辛辣な言葉を投げたあと、話は終わりとばかりに退室を宣言してリズは塔長とエリオットに背を向けた。あとに続こうとしたグラムと目が合うと、人をからかうときによく浮かべる底意地の悪い笑みをにっこりと浮かべた。
 ――本当に、性質悪ぃ女。



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