第7章 魔を役する者たち 4. 「ジョシュア・パーキンソンだ」 「ライル・クラウジウスです。よろしくね」 2人は、リズが睨んでいるなか謝罪すると、そう名乗った。金髪のほうがジョシュア、鳶色のほうがクラウジウス――リズとジョシュアは姓で呼んでいた――だ。2人そろって自称天才なのだという。なるほど、と思わせる部分が、この2人には確かにあった。 「天才には違いないけど、馬鹿と天才は紙一重の典型みたいな奴だから」 耳打ちついでに、そんなことを言った。 「誰が馬鹿だっ!!」 どうやら聞こえたらしい。ジョシュアがで激しく怒鳴り散らして足を踏みならして立ち上がる。それを見る限り自尊心が高いことが伺える。リズはそれを見てけらけら笑って、 「ん〜、あたしみたいな凡人には、天才のすること為すことがよくわからないんだよねぇ。だからそれが馬鹿にみえてしまうというか」 「お前がそこまで深く考えて発言するものかっ!」 「うわ、傷つく」 全然傷ついた様子を見せずに、棚のほうへ行って陶磁のカップを取り出した。それをひとつずつテーブルの上に置いていく。そしてティーポットを取り出すと、中に茶葉を入れ、それを持って部屋を出て行った。給湯室は外にあるらしい。 まあ座って、とクラウジウスに席を勧められ、ラスティたちは円形のテーブルに腰かけた。奥からつめたので、クラウジウスの隣にラスティ、レンと続く。ジョシュアは席を詰めてクラウジウスの隣へ来た。 テーブルの上には、菓子の詰まった籠があった。個包装が施してある、それなりに値段が張りそうなものだ。男が甘いものを食べてはいけないというわけではないが、なんだか違和感がある。 「おい、ルー」 リズが消えるや否や、ジョシュアは入口近くに立ったままのルーファスを睨みあげる。 「あいつを呼んだの、お前だろう」 恨めしく言うジョシュアを、ルーファスは見下ろした。 「だったらなんだ。こっちはこっちで、要らん苦労して、無駄に怖い思いをしたんだぞ」 「呼ぶならせめてリグにしろ!!」 「そのリグがリズを押し付けてきたんだ。だいたい、あいつを呼んだら呼んだで、3人して頭に血を上らせるだけだろう。それじゃあ、収拾がつかない」 「知るか!」 2人とも目付きが悪い所為か、言い争っている姿は迫力があり、ラスティは気押されていた。それに、止めるべきなのかどうなのかがわからない。 ラスティの代わりに、クラウジウスが手を叩いて注意を促した。 「はいはいそこまで。お客様が困っているよ」 2人は言い争うのを止めると、大人しく椅子へ座った。それでも腹の虫が治まらないのか、鼻を鳴らしてそっぽを向く。2人の間に座るであろうリズは、居心地の悪い思いをするのではないかと懸念した。 「さて、なんの話をしようか」 といっても、話題はそう出てくるものでもない。ジョシュアは黙り込み、ラスティたちは途方に暮れた。ルーファスは知らん顔をする。 思えば、彼がここにいるのはラスティたちが原因だ。知らなかったとはいえ……悪いことをしたような気分に駆られる。 「では、〈塔〉について教えてもらいませんか?」 思えば、ラスティたちは、〈木の塔〉についてよく知らない。グラムたちに出会ってすぐは訊くに訊けない状態だったし、そのあとは今更な感じだったのだ。 うん、とクラウジウスは頷いて、 「〈木の塔〉は知ってのとおり、魔術研究機関だ。その中は6つの部署に別れていて、それぞれを〈枝〉と称してるんだ。分類の基準は研究内容。赤、青、緑、紫、白、黒とあって、その色ごとに研究分野が分かれてる。 例えば、我ら〈紫枝〉は純粋に魔術の研究。純粋に、ってところがなかなか説明が難しいところだけれど、今は置いておこう。ルーファスくんの所属する〈青枝〉は、歴史的・心理的観点から魔術を探る。グラムくんが所属するのは〈黒枝〉。ここは主に戦闘を目的とした部署だね」 他にも、医療・生物を扱う〈白枝〉、地理・地学を中心とした〈緑枝〉、科学的利用を目指す〈赤枝〉があるらしい。 「とまあ区分けされていたりするけれど、実際その枠を超えている人は多いかな。その道を極める為には、その分野だけやっていればいいなんてことはないからね。 それとはまた別にあるのが、小隊。これはいわば、民間人を魔物から守るための組織かな」 この小隊から派生したのが、傭兵ギルドとして機能する〈挿し木〉らしい。魔物の多いシャナイゼの土地で培われた魔物討伐の知識や技術が買われたのだ。 「前から不思議なんですが、貴方がたは研究者でしょう? なぜわざわざそのようなことを?」 シャナイゼにだって騎士や傭兵……戦える者が必ずいたはずだ。なのに何故、それこそ民間人とくくられても良さそうな彼らが戦わなければならないのだろうか。 「魔術を使えるということは、戦う手段を持つということだからね」 確かに魔術は戦いの道具として用いることができる。というより、今ではそちらのほうが多いくらいだ。だからといって。 「魔物の多いこのシャナイゼでは、力のない者を守ることのできる人材が必要なんだよ。今でも足りないくらいだ。だから、〈木の塔〉は民間人を守る義務がある」 確かに、ここシャナイゼは沙漠の向こうに比べものにならないほどに魔物が多く、しかも強い。自分もここで魔物を狩る仕事をしていたなら、彼らのような魔術師が欲しいと思うだろう。実際、リグとリズには大いに助けられた。 土地柄なのだ、と理解する。魔物の少ない西側の街や国で育ったものにはわからない、彼らなりの生き方なのだ。それを苛酷、と評するのはあまりいいことではない気がする。 「……その理念が贖罪なのか隠蔽なのかはわからないけども」 付け加えた言葉を、ラスティは聞き取ることができなかった。 [小説TOP] |