第7章 魔を役する者たち 3. 彼女の言う研究室は2階にあるらしい。それ以上階段を上ることなく、左に曲がった。レンたちもそれについていく。廊下は直線で、左右両側に扉がある。幹の直径にあたる部分に廊下が通っている感じだろうか。壁や天井を見る限り、廊下やおそらく部屋も木板を組み合わせて作ったのではなく、刳り抜いたようだ。継ぎ目が見当たらない。洞窟のような感じだ。 リズが立ち止まったのは、左側にある階段から3つ目の扉である。 「で、2人はなんで喧嘩してるの?」 扉をじっと睨み付けながら、リズはルーファスに尋ねる。 「お前たちが作った術があるだろ? ほら、〈精霊召喚〉。あれの研究の今後の方針として、低コスト化を図るか、迅速化を図るかで揉めだしたんだ」 ああ、と納得したように何度か頷いて、首を傾げた。 「普通に考えて、迅速化じゃないの?」 「知るか。俺は魔術は使っても、研究開発は専門外だ」 「……それもそうか」 そこで言葉を切って、そのまま動かない。 「中に入らないんですか?」 首を傾げたレンの言葉に、リズは肩を強張らせ、声を引きつらせて返事をした。 「は、入るよっ」 リズは素早く扉をノックすると、返事があるかどうかも確かめずに、扉を開けた。 「リズ・レーヴィン、ただいま戻りました〜…………」 調子っぱずれに挨拶したかと思えば、なにがあったのか、そのまま立ち尽くす。ラスティは彼女の背後に立って部屋の中を覗いてみた。レンも気になるようで覗こうとしているが、彼はまだ成長期の途中であるためリズよりも背が低く、ラスティのようにできずにそわそわしている。ルーファスは関わりたくないためか、下がって顔を背けていた。 その部屋は決して広いといえる大きさでなかった。そこに山ほどの資料などを詰めてある棚と6人くらいが座れるであろう円形のテーブルが置いてある所為で、狭い空間になってしまっている。 そのテーブルの席の1つに、くすんだ金色の髪の青年と鳶色の髪の青年が向かい合って互いに顔を背けて座っている。金髪のほうは眼鏡をかけていて、ラスティやリズと同じくらいに見える。鳶色の髪のほうは、ラスティよりずっと上。30代に届くかといったところか。 部屋の空気が重い。 鳶色の髪の男は帰ってきた彼女に気付いて、笑いかけた。 「ああ、妹さんお帰り」 途端、リズが固まった。 「そこのおふたりは? お兄さんとグラムくんには見えないけれど」 尋ねられても彼女はまだ固まったままだった。不審に思ったレンが彼女の腕を叩くことでようやく反応した。 「うああ、えっと……旅先で出会ったんです。つまりお客様です。というわけで、2人とも機嫌直してくださいね」 慌てて捲し立てるが、聞いているのかいないのか、男は語り出す。 「実は僕ら、これからの研究の方針を決めていてね。僕は術を早く使えるようにしたほうがいいと思うのだけれど、彼はもっと少ない魔力で使えるようにすべきだと主張してね。でも、やっぱりスピードのほうが大事だよね?」 「さっきも言いましたが」 ずっと黙っていた金髪の青年が口を開いた。 「いくら術が優れていても、誰もが使えなければ意味がない。限られた者だけが使える術なんて、開発する意味がないんです」 「そうだね。でも、それは現時点での話だよ? 確かに今は、扱える者が少ない。けれど今は戦時下だ。万人に使えるようにするのも大事だけど、使う者が使いやすくあるべきではないかな。 だいたい、魔力のコストを抑えるのは結構骨だよ。〈召喚〉は〈陣〉と〈呪文〉を組み合わせている。これだけで通常の術の倍以上の力を使う。それだけじゃなく……」 ラスティは聞くのを止めた。学術的な話で訳が分からない。 「もうあいつら周りが見えてないな」 腕組をして遠くから眺めていたルーファスが呆れた声を出す。 「ずっとあんな調子?」 「10分……いや、20分か。そのくらいは経っただろうな」 終わりそうにないから逃げてきたのだ、とルーファス。 「今はまだ口論だからいいが、手を出されると怖いからな……。どうにかならないかと思ったときに、お前たちを見つけた」 「だから、なんであたしなんだよ」 「お前なら、平気だろ」 「なにそれ」 リズは口を尖らせる。 この間にも、2人の論争は続いていた。ラスティとレンはもちろん、リズとルーファスですら立ち尽くすしかなかった。 「悪いね、付き合わせちゃって」 リズは身体ごとこちらを向くと、すまなそうに頭を下げた。 「いや、それより止めなくていいのか?」 「はいはい、止めればいーんでしょ! 止めれば!」 はあ、と大きな溜め息を吐いて肩を落とす。 「なんであたしが……」 ぼやきながら、前に出た。 もはや2人の討論は永遠に続くかと思われた。よくもまあ、そんなに言い返す言葉があるものだ。 「じゃあ、俺は帰る」 「え、ちょっと待って。まだ終わってないじゃないですか」 突然踵を返したルーファスを、レンが慌てて引き留める。ラスティもそれに加わった。 「リズまで我を忘れたら、俺たちではどうにもできない」 知った仲のルーファスですら、仲裁を躊躇う喧嘩だ。知り合いですらないラスティたちがどうにかできるとは思えない。 というか、面倒事に巻き込まれた上に押し付けられるのはごめんだ。 「それはたぶん大丈夫だ。あれもすぐに解決するだろ。俺はもう必要ない。だから帰る」 「いやいやいや、ちょっと!」 突然、ばんっ、と大きな音がして、ラスティたちは身を竦めた。恐る恐る顔を上げて、部屋の中を見る。 見えたのは、机の上に載った杖とそれを手に持つリズの姿。自らの杖を力強く机に叩きつけたのだと知る。 さっきまでの喧騒が嘘のように、沈黙がこの場を支配する。 レンは目を大きく見開いて固まっている。ルーファスは遅かった、と頭を抱えていた。ラスティも身体を動かすことができなかった。互いに一歩も譲らなかった2人の魔術師は、しまったといった表情でリズを見上げている。 「客だって言いましたよね? 聞えませんでした? いい加減にしないと、呪いますよ?」 杖を振りおろした格好のままの魔女はいったいどんな顔をしていたのか、2人は口を真一文字にしたままこくこくと頷いた。 [小説TOP] |