第6章 不和の道中 2. 「少しいいですか?」 表情を失った顔で、ウィルドがフラウを促した。そのままラスティたちになにも言わず離れていく。 「おいウィルド……っ」 この行軍のリーダー的役割を担うグラムが呼びとめるが、2人は振り返りもしなかった。呼び止めたときに出した右手が、所在なさげに宙を掻く。 「ああ、もう!」 リグは地団駄を踏む。がつ、と足元の砂利が鳴った。苛立ちが限界を越えて、荒れてしまったようである。 「……仕方ねぇ、休憩!」 勝手にしろ、と憤慨しながら、リグは石を集めて小さな竈を作りはじめた。リーダーの許可はなかったが、同じ考えなのか、それとも諦めたのが、グラムはなにも言うことはなかった。 「魔物に見つかるぞ」 こんなだだっ広いところで火を起こしたら、一目で誰かがいることはまるわかりである。 「そのときはそのとき」 リズは背負い袋から鍋を取りだして、魔術で中に水を張る。それを固形燃料で火がともった竈の上に載せて、湯を沸かし始めた。リラックスモードへ移行する気まんまんらしい。 こちらも諦めるしかないらしい。ラスティたちは彼らに従った。全員、竈を囲んで地面に座る。 「一体なんの話をしているんでしょうね?」 「さあ?」 会話の糸口を探り出したレンの言葉にも、リズは素っ気なく肩を竦めるばかり。 「さあってお前、冷たいな」 「だって、関わりたくないし。碌なことにならないのは目に見えてるだろ?」 「……お前も機嫌悪いのな」 「悪かったな」 「まあ、無理もないけどさ」 グラムはちらりとラスティを見てくる。 ユーディアのことを言っているとわかったのは、肩身の狭そうな彼女の表情を見たあとだった。 「……すまない」 「自覚があるだけマシだな」 皮肉げに言ったリズは、こぽこぽとお湯の沸いた鍋を火から下ろして、中に袋に入った茶葉を放り投げた。そのまま茶が抽出されるまで、みな黙ったままだった。 5分くらい経って、おたまで茶葉を掬いだされた。そしてリズは茶を掬い、カップに汲んでいく。茶をおたまで掬うというのは何とも形容しがたい光景だが、荷物を必要最低限に抑えるためにポットなどというものは持ち歩いていないのだから、仕方がない。 ひとりずつカップを渡したあと、リズはラスティにカップを2つ差し出した。 「あいつらに持ってって」 有無を言わせない様子だったので、黙って従った。 湯気の立つカップを2つ持って、ウィルドとフラウの元へ行く。彼らにこれを渡すまで自分の分がお預けなのが、少し悲しい。 2人は遠くに離れていたが、障害物がないのと月が明るいので、すぐに見つけることができた。表情も見える。なにやら真剣に話しているようだった。レンが気になっていたように、ラスティも一体なんの話をしているのか少し気になった。禁術とやらが関係しているのだろうか。 こちらに気が付いたフラウは話を中断してこちらに手を振った。振り返す代わりに、手に持ったカップを挙げる。 「あら、お茶? 休憩にしたのね」 頷いて彼らにコップを渡した。 「リグとリズが怒っていた。俺と、あんたたちの所為で」 何のことかわからないらしく、2人して首を傾げた。おそらく当事者には不本意だろうが、この2人は似ている。 ――自覚があるだけマシ、か。 リズの言葉が脳裏で反復される。あの皮肉は、ラスティに向けてでなく彼らに向けられたものだったのか。 「俺たちが機嫌が悪いから」 ようやくウィルドは理解したらしい。 「私が彼女に、ラスティはユーディアに敵意を向けている所為ですね」 「……敵意を向けているつもりはなかったんだがな」 クレール出身、というだけでその人を全否定するつもりはなかった。そういう差別を本来ラスティは良しとしない。が、今自分はそれをしてしまっている。無理もない、と言ったときのグラムの目が忘れられない。決してラスティを非難したものではないが、ラスティを反省させ、後悔させるのに充分だった。 「警戒心が過剰に働いてしまっただけでしょう。ただでさえ、貴方はやすやすと他人を信用することのできない立場ですから。……本来は」 「お人好し、か。その言葉は聞き飽きた」 レンにさんざん言われた言葉である。 「ちょうどいい。あんたに訊きたいことがあったんだ」 ずっと気になっていたが、なかなか聞く機会が訪れず、ずっと保留にしていた質問だ。 「あんたが俺についてくるのは、やはり剣の所為か?」 ユーディアが同行してからではなおさら聞きにくい。彼女がアリシエウスとクレールの関係についてどこまで知っているのかは知らないが、情報はなるべく与えないほうがいいだろう。彼女が中枢に近いところにいた場合、間違いなくアリシエウスに不利な状況になってしまう。そうでなくても、政治の中枢とも結びつきの強いアタラキア神殿に勤めているならば、彼女のちょっとした発言が事態を招いてしまうかもしれない。だから、こうして離れた場所で質問した。 「まあ、察しているとは思っていたわ」 躊躇うことなく、彼女は応えた。隠しているつもりはなかったのだろうが、それにしても拍子抜けするくらいにあっさりと返ってきた。 「他に理由がないだろう」 「そんなことはないわよ。仏頂面だけどそこそこ強い色男と、可愛らしい男の子の2人連れじゃあ、一緒に旅をしてもいいかもと思う筈よ」 「そこそこって……」 自惚れているつもりはないが、自分は強いほうだと思っている。だが、よく考えてみれば、城に侵入したレンも牽制するにとどまっているし、ヒューマノイドを対処できるかと言われればその自信はない。なにより、これまでこの2人の動きを見てきた限り、戦って勝てる気がしない。そこそこと呼ばれても仕方のないのかもしれない。精進しようと心に決める。幸い、見習う相手と練習相手になりそうな人ばかりである。 「まあいい。それで、あんたは一体俺を……アスティードをどうする気だ?」 手に入れたいわけではないようだ。もしそうなら、フラウは無理矢理奪っているだろう。彼女ならそれが可能だ。ラスティは彼女には勝てない。 アスティードに興味があるが、手にしたいわけではない。似たようなことを言う人間が前にもいた。 「どうこうしようというわけではないわ。正直に言って、私はクレールがその剣を奪って武力にしようが、何処かの愚か者の手に渡って脅迫の材料にしようが、たとえ世界が滅びようとも一切構わない」 呆れたが、驚きはしなかった。これまでのフラウの発言は、そう言う虚無的な部分を匂わせるものが多かった。生きているのも、旅をしているのも、仕方なくという感じ。だからこそ、目的がわからない。 にしても、まさかどうでもいい、と来るとは。 「貴女がそうだから、私が面倒を被る破目になったのです」 「それについては、先程謝罪したでしょう。貴方、意外にねちねちしつこいわね」 珍しく、フラウが感情を露わにした。苛立った声色にラスティは目を見張る。彼女に感情があったのかと妙な感想を持った。もちろんそれは胸の内に秘めておく。 「ただ……」 なにか言いかけたときだった。グラムたちのいるほうから、女性の悲鳴が聴こえた。 [小説TOP] |