第3章 逃亡者と追跡者 5. 詳しい事情を聞きたいから、とラスティたちは少年たち5人に大通りにある建物へと連れられた。この町の例に漏れず、木組みの建築物。しかし、アパートメントではなく一戸建て。大きな両開きの扉の上に看板がかかっていた。そこには〈挿し木〉の文字。いったいなんの建物なのだろうかと推測しながら看板を眺めていると、端に刻まれた紋章に気が付いた。 「〈木の塔〉!?」 「ええっ!?」 枝を省かれた木の幹、枝葉の代わりに描かれた、幹のてっぺんを囲むように放射状に置かれた6枚の葉。昔資料で見た〈木の塔〉のシンボルだ。先程フラウの話でも出た魔術機関から分かれた傭兵ギルドがこの〈挿し木〉なのだろう。 その〈木の塔〉がラスティたちを追っていた。正確には、ラスティたちの持っていた本を探していた。 「なにしたんだよ、あいつら……」 泣きが入りそうな声で、レンは小さく言う。もはやあのふたり――フォンとカルが事の原因であることはわかっている。手切れ金をもらったはずが、逆に借金の保証人になってしまったかのようだ。見た目が可愛らしい少年だけに、ラスティも同情を禁じ得ない。 娘に促されて中に入ると、広いカウンターがまず目に入る。その左側には、椅子に座り寛げるカフェのスペース。色合いは地味で調度品も簡素だが、まるでホテルのエントランスだ。そこにギルド所属の傭兵だろう人たちがたくさん集まっていて、カフェでなにやら話し込んでいた。 琥珀の眼の少年がカウンターに近寄り、スタッフと二言三言言葉を交わしたあと、皆を引き連れてカウンターの右横の階段を上る。 着いたのは、2階の一室。7人が入るには少し狭い部屋の中心に、ニスを塗ってあるだけの簡素な木のテーブルと椅子が置いてある。他にはなにもない。さながら取調室だ。 彼らはラスティたちを窓側に座らせると、逃がさないようにするためだろう、自分たちは対面に集まった。そして、ひとりずつ自己紹介を始める。琥珀の眼の少年はグラム・レイス。瓜二つのふたりはレーヴィンという姓を持つ双子だった。長い黒髪を項で束ねているのが、兄のリグ。妹のリズは長い髪を下ろしている。そして、長身で陰のある20代半ばの男はウィルド・ステイス。 「……彼は?」 ラスティはただひとり名乗ろうとしない部屋の隅で壁にもたれて短剣をいじっていた金眼の少年に目を向けた。少年はラスティの視線に気がつくと、胸を張る。 「ダガー。リズの下僕」 「おいっ」 ラスティたちの正面にただひとり座っていたリズは、手をついて立ち上がった。 「印象悪いから、その言い方はやめなさい」 そう言いつつも訂正する様子はないので、主従関係にあるのは確かなのだろうか。眉間を指で押さえながら、彼女はもう一度椅子に座る。 「さて、と。そっちも色々あるだろうから悪いけど、こっちの事情を優先させて貰うよ」 眼鏡を外した彼女は、机の上に肘を着き両手の指を組み合わせた。取り調べ担当は彼女のようだ。じろりと灰色の瞳で睨むようにこちらを見てくる。ラスティとあまり変わらない歳の割にその視線は鋭くて、若干気圧された。 そこに軽薄に見える笑みを浮かべてグラムが横から顔を出してきた。 「あ、素直に言うこと聞いといたほうがいいぞー。なにせ、こいつは拷問とか得意……」 「あァン?」 「すんませんなんでもないッスごめんなさい」 さっと机から離れ、背筋をぴっと伸ばして身体を直角に折り、頭を下げるグラム。本当に彼女には逆らわないほうがいいようだ。 グラムにひと睨みくれた後、リズはすっとテーブルの上に本を置いた。 「まず訊きたいのは、この本を何処で手に入れたってことなんだけど」 「知人に押し付けられました」 即答だった。リズの言葉が終わるか終わらないかというところで応えた。それだけで彼がどれほど腹を立てているか手に取るようにわかった。 それにしても、手切れ金代わりにとはいえ自分からもらった癖に、押しつけられたとはよく言ったものだ。 「友だち?」 「まさか。死にかけているところを見つけても助けませんよ、あんな奴ら」 さっきから思っていたのだが、レンのふたりへの毛嫌いぶりは生半可なものではない。会ったばかりの相手に、そこまで必死に彼らとの関係を否定したがるなんて、過去によほどのことがあったのだろう。 もちろん、一緒にはめられてしまったラスティも彼らに対して良い印象を抱いてはいない。 「その本はなんなんだ? 盗まれたと言っていたが、そこまで価値があるものなのか?」 「魔術を知らないひとたちには、ただの魔術書にしか見えないんだろうけどね……」 リズは本を引き寄せると、その表紙を開いた。 「これは、世界にただ一冊しかない……っ」 本に目を落とした瞬間、不自然に言葉を切り、そのまま固まった。見開いた目は虚ろになりながら、本のページを映す。 「どうした?」 不審に思った兄の言葉に、リズは固まったまま本を持ち上げた。向けられたページを3人が不審そうに覗き込むなか、硬い声で覚えたタイトルを読み上げる。 「コンウェイ著、基礎陣魔術理論上巻、第7版」 「はっ!?」 リグは本を奪い取ると、乱暴にパラパラとページをめくった。 「本当だ……。どうして……」 「なあ、おい。どういうことだよ」 頭を抱えながら呻くリグの肩を突きながらグラムは尋ねた。彼は苛立たしげに吐き捨てる。 「表紙をすり替えられたんだよ」 「すり替え……」 呆然とするグラム。ウィルドに目配せをすると、彼は肩を竦めた。表情は変わらないので、なにを思っているのかは全くわからない。 彼らの話から察するに、グラムたちの探す本を盗んだのは、フォンとカルで間違いないだろう。そして彼らはその本の表紙と別の本の表紙を付け替えた。目的はおそらく捜査の撹乱。レンはそれに利用されたのだ。これでますますレンは彼らを嫌うことだろう。 リグは舌打ちをひとつすると、手に持った杖で床をこつこつと叩いた。リズはそんな兄をちらりと見たあと、足元に目を向けた。 少しして、リグの影から白い狼が、リズの影から黒い狼が現れた。行儀よく座り込む狼たちの鼻面にリグは本を近づける。 「この本を持っていた奴を捜してきてくれ」 狼たちは本の匂いを嗅ぐと、床に溶けるように消えていく。 「俺も行く?」 壁にもたれてぼんやりとしていたダガーは身を起こした。投げやりに左手を上げて、リズが応える。 「頼んだ」 はいよー、と答えると、ダガーは宙に溶けるように消えていった。 突然現れた狼と突然消えた少年に、ラスティたちは驚きのあまり言葉を失った。 「で、あんたたちに本を渡した奴の特徴は?」 先程まで金眼の少年が立っていたところを見つめて呆けていたところに、急くようなリズの声。今まで蚊帳の外だったこともあって、2人の反応は遅れた。慌てた様子でレンが口を開く。 「え? あ、いや、ちょっとその前に、今の説明をしてほしいんですけど!」 「説明?」 不機嫌そうにリズは返した。本当は今すぐにでも泥棒の情報がほしいところなのだろう。しかし、説明しなければラスティたちが落着きを取り戻さないと察したのか、辛抱強く、レンの質問に答えた。 「あの子たちは、あたしとリグが召喚した、いわゆる使い魔。地面の下に潜ったり、壁をすり抜けたり、霊体化したりすることができるの。それより、特徴!」 「えっと……」 応えるレンの口調はたどたどしい。しかし、2人の特徴を述べていくうちに腹が立ってきたのかだんだん饒舌になり、ついには悪口になっていく。ラスティとグラムは聞き流すようになっていたが、双子たちは律儀に聞いていた。 「……ダガーに言わなくて大丈夫だったのか?」 「問題ない。ちゃんと伝わってるから」 だいぶ落ち着いてきたのか、リズは椅子の背にもたれて腕を組み、足を組んだ。 「召喚者と被召喚者は、互いの感覚を共有できるんだ。それに、遠く離れてていても、意思を疎通することもできる」 「つまり、リズたちにふたりの特徴を伝えれば、彼らにも伝わるんですね?」 「そういうこと」 だから、彼らは捜索に出ようとしないのだろう。彼らの使い魔が代わりに捜してくれるから。ダガーが先程自分のことを下僕と称した理由もこれでわかってくる。 「まだ町にいればいいんだけどなぁ」 そしたら逆さ吊りにできるのに、と零した。まるで明日晴れることを望むのと同じような口調。苛立ちはだいぶ治まったようだが、内容の過激さにラスティは若干引いた。冗談か、それとも本気か。いずれにしても怖ろしい。 「怒ってるな」 傍らでグラムは笑う。さすがに仲間だけあって、慣れているようだった。 「当然。盗んだうえに破損するなんて、万死に値する……」 そこでリズは傍らのウィルドに目を向けた。彼はさっきから沈黙したまま、表情を動かさずに立っている。その心中を察することはラスティにはできないが、リズはそうではないらしい。ウィルドが視線に気づく寸前に、彼女は目を離してぽつりと言った。 「……いや、下手するとマジで死ぬな」 うんうん、とグラムとリグがかなり真剣な様子で頷いた。 [小説TOP] |