第27章 神意 2. もがいてみると、意外とあっさりと拘束具が取れた。 何故だろう。不思議ではあったが、考えている時間はない。 監視されるように言われているが、味方であるためにそれほど注意を払っていない兵士。魔術を使って彼を襲撃すると、その剣を奪ってユーディアは走り出した。 向かうのは、クラウスがいるだろうその場所。 ※ クラウスはラスティの作った亀裂を飛び越え、斬りかかる。ラスティは剣を持ち上げてそれを受け止めた。 「この期に及んでっ」 鋭い声を発し、リグは杖を構えた。グラムもまた剣を抜いて臨戦態勢を取る。そこに、レティアが立ちはだかった。 「悪いが、邪魔させる訳にはいかないな」 「どうしてっ!」 聞き取ることができたのはここまでだった。クラウスの剣閃は予想以上に鋭く、気が抜けない。彼の使っている自分の剣も、こうして受け止めてみると予想以上に重く、押し返すのに苦労した。 それでもなんとか突き離すと、押し返されたついでに後退したクラウスが魔術の準備を始めた。ラスティは踏み込んで、力を流し込みながら魔法陣に剣を振り下ろす。言うまでもなく、グラムを手本にしたのだ。非常に薄い氷を割ったような、微かに感じた手ごたえに驚きつつ、次へと攻撃をつなげていく。 「さすが破壊神の剣。この程度の術は簡単に破られるか」 やはり若くしてアリシエウスを任されるだけのことはあるのだろう、クラウスは強かった。剣の応酬をしながら、まだ会話をする余裕がある。もちろん、ラスティとて負けてはいない。足の運びだけを見るなら、ラスティが押していると言ってもいい。 「だったらさっさと諦めろ」 「そうはいかない。俺は貴方にそう簡単に負けるわけにはいかないんだ」 彼は1歩も引かなかった。真剣な顔で、どこか諦めたような瞳で、こう付け足した。 「創造神の尖兵が、破壊神の選んだ者にやすやすと負けては、示しがつかないだろう?」 息を飲む。クレールのアタラキア神殿は創造神を奉る場所。だが、彼は尖兵という言葉を信者という意味で使ったのではない。エリウスの駒だと告げたのだ。 どういうことか知らないが。 ――彼は、承知でエリウスに従っている。 「……馬鹿なことをっ!」 いくら信仰対象だったからといって、どんなことでも神の言うことを聞くだろうか。自分の人生だけではない。多くの人を巻き込んで、暮らしを変えて、それで赦されると思っているのか。 少なくともラスティは赦せない。彼の所為で、ラスティの平穏は奪われた。 剣と剣がぶつかり合う。押し返し、鍔迫り合いをすると見せかけてラスティは左手を振り上げ、クラウスの手首に手刀を振り下ろした。痛みに剣を落としたところに肩をぶつけ、相手をよろめかせる。 「終わりだ!」 剣を振り上げる。殺す必要はない。ただ無力化できれば。 だが。 突如としてクラウスの腹から生えた剣が、ラスティの動きを止めた。この場には、ラスティたちのほかには誰もいなかったはずだ。かといって、グラムたちとレティアはあの場から動いていない。 剣を突き刺されたクラウスはゆっくりと振り返ると、その人物の名を口にした。 「もうやめて、クラウス」 彼の背後に立つユーディアの暗く悲しい瞳に、ラスティは振り上げていた剣を下ろした。 「茶番劇は、もう終わりにしよう」 誰が彼女をこのように追い詰めたのだろう、とラスティはどこか遠くから見ているような気分で考えた。 治癒術を使える者が2人もいたので、クラウスの腹の傷はきれいになくなった。今は服に空いた穴だけが、彼が剣に貫かれた事実を示している。 とんだ暴挙に出たものだ、と仲間たちは言った。特に、リグの叱責が酷かった。全てを擲つ必要はないのだ、と。 なにをしても変えられないもどかしさと自分の甘えを振り払うため、ユーディアはクラウスを刺した。そうまでしないといけない、と自分を追い詰めた。けれど、行動に移してみると、自分のしたことのショックが大きい。もし、クラウスがあのまま死んでいたら、自分はどうなっていただろう。 そうならなかったことにほっとして、クラウスの側にしゃがむ自分がいる。 「何故、こんなことをした?」 地面に座り込んだクラウスを、ラスティたちが取り囲んで見下ろしている。お互いに敵意はもうないようだが、尋問調になってしまっているのは仕方がない。 「エリウス神が望まれていたから」 敗北し、思惑は潰えたというのに、クラウスは変わらなかった。ただ少し、諦めの色が滲んでいる。 1年近く前、エリウスは突然クラウスの前に現れたという。初対面の子供が突然自分は神だと言うのだ、もちろんはじめは戯言だと思ったらしい。しかし、目の前で自分の心臓に剣を突き立てたのを見れば、完全に否定することはできなくなった。 「初対面相手になんつーもんを……」 呆れ顔でグラムは呟く。それに苦笑しながら同意して、クラウスは真顔に戻って言った。 「彼の望みは、混乱。世界の行方が左右されるような状況」 エリウスはクラウスに協力を求め、そう言った。1000年を節目に、この世界の存在を揺るがすようなことをしたかったのだという。そのための駒として、クラウスは働いていた。アリシアの剣の情報を寄越し、それを動機にアリシエウスを襲わせて、このような事態に発展させたのもエリウスの指示だった。 なにもかもが――きっかけさえも、エリウスの所為。 馬鹿馬鹿しい、と呻くのはリグだった。 「その身勝手で何人が犠牲になったと思ってやがる」 人の死に憤るリグを、光神は笑い飛ばした。 「これしきの被害などまだ序の口だ。こんな序盤でこの争いは終わる兆しを見せている。昔に比べれば犠牲者は少ないほうだ」 それこそ、アリシアが世界を壊したときは、何十億という犠牲者が出た。世界中のほとんどの人間が姿を消したのだ。それに比べて、今回は国が1つ失われただけ。しかも、民の被害はごく少数だ。 「それを犠牲者の家族の前で言ってみろよ。数が少ないだなんて、慰めになりやしない」 責められているというのに、レティアはますます笑みを深くし、こう言った。 ――理不尽なのも神である、と。 「……エリウスは、このあたりにいるのか?」 押し殺した声で、ラスティはクラウスに問う。その静かな声に内包された怒りを感じ取って、ユーディアは微かに身を引いた。今までも理不尽な現実に憤っていたが、臨界点に達してしまったようである。 しかし、クラウスは怒りを向けられてなお冷静だった。 「おそらく。……君を待っている」 言葉を受け、ラスティは鋭い目で森の奥を睨み付け、なにも言わないまま駆けだした。ユーディアは思わず後を追いかけかけ、腕を引かれて止められた。グラムがユーディアの腕を掴んでいる。振り払おうとするが、その力は強い。 琥珀色の目が、ユーディアを射抜く。 「おれたちにはまだやることが残っているだろ」 兵士の説得、そして停戦の合意。クラウスは自分が彼を止めたことで指揮権を放棄したから、今はユーディアがクレール軍を指揮しなければならない。グラムたちは一兵士だが、人柄と出生で影響力は大きいため決定権はなくても助力はできる。 終わらせなくてはいけない。 「…………はい」 彼が戻ってきたとき、少しでも状況が良くなっていればいい。そう思った。神様を止めても、戦いが終わらない限り彼の苦しみは終わらないのだから。 [小説TOP] |