第23章 背徳の術師 2. 時は少し遡る。 軍を抜けたことを割り切ったリズは、アーヴェントからアリシエウス城の地下での出来事について聞いた。ユーディアのこと、合成獣のこと、それを操る笛のこと。なんとまあ、気の滅入る話ばかりだ。それに、なんとなくリグになにかあったような気もした。気の所為であればいいが……。 「で、あんたは合成獣の噂を聞き付けて、わざわざこんな西側まで来たと」 たいした情報力だ、といつも思う。鳥から話を聴けるだけで、こんなにも情報量に違いが出るのか。そして、その行動力にも舌を巻かされる。アーヴェントは自分が合成獣の息子であるからそういった話には敏感で、前々から合成獣に関わることに首を突っ込んでいた、というのは知っていたが、まさか沙漠を越えて遥か西までやってくるとは思わなかった。留守を任されたエルザは、さぞかし心配していることだろう。 まあ、それはともかく。 「……合成獣、ねぇ」 盗んだ割には陳腐なことに使いやがって、と思うのは、同じく禁術に手を染めてしまったからだろうか。 「手記に書いてあるもんなぁ」 救いなのは、魔物の多い現在では、そうそう酷い展開にならないことである。もちろん、エリウスたち神の視点から見た場合のことであって、人間にしてみては大問題だ。このまま赦すはずもない。 ――あれ……? 少し、疑問がよぎる。 「ヴェン、その話、いつ聞いた?」 鳥から情報を貰ったときのことである。 「こいつらがうちに来たあとくらいかな。で、すぐに出掛けたんだ」 「ラスティたちが合成獣を見たのは、ルクトールが占領されたときだったよな?」 ラスティたちは首を傾げながらも頷く。手記が盗まれた時期と、アーヴェントが話を聴いた時期、ラスティが合成獣を見たときまでのおおよその時間を計算し、気付いた。 「……変だ」 呟けば、なんだとばかりに男たちがリズに注目する。 「合成獣は、身体が完成してもすぐには動けない。確か、1ヶ月は様子を見て置かなきゃいけなかったと思う」 拒絶反応の問題もあるし、作られた生物が自分の身体に慣れるまでの時間もある。むしろこのあたりは重要なところでもあるから、作ってただちに調教して軍用しましょうというわけにはいかないはずだ。 「素体の収集、合成、調整、調教、全て合わせて、順調にいって3ヶ月」 「……それが?」 「合わないんだよ。 3ヶ月っていうのは、あくまでも全て順調にいった場合の話。でも実際、そう簡単に物事は進まない。もっと時間が掛かっているはずだ。そのおおよその時間を考えると、手記が盗まれた時間と一致しないんだよ」 リズたちがルクトールでラスティとレンに会ったのは、新緑の頃だった。今は1年で最も暑い時期。盗まれた時期から今日までがおよそ3ヶ月だった。ラスティがルクトールで合成獣を見たときは、だいたい2ヶ月くらいしか経過していないはずだ。 つまり、手記を手に入れてから造りはじめたのでは、現在まともに動かせるような個体は居ないはずなのだ。 「時間を短縮する術でも思い付いたんじゃないか?」 「手記を手に入れてすぐにそんな術を思い付いたとしても、試行錯誤なしに完成するとは思えない」 実験とは失敗の積み重ねだ。失敗して、原因を探ることで次の段階へと進むことができる。それは拓かれていない険しい山を登るようなもの。何度も行き止まりにあってしまうからこそ、次の可能性を探る。そして、最適な道を探すのだ。いきなりやって、いきなり成功というのは、あまりにもわかりきった実験をやったときだけだ。 「じゃあ、はじめから合成獣の作り方を知っていたんだろ。だから、本に頼る必要がなかった」 合成獣というのは禁術だが、実は生物の知識があれば、できないこともない。リズはそのあたりの分野に疎いのでよくわからないが、生体内に異物を投与したときの拒絶反応や、別の部位を組み合わせたときの相性などの理解があればいいのだ。嫌な表現だが、形の違う人形をばらばらにして違う形に組み合わせるのとそう変わらない。あとは合うか合わないかだけの問題だ。 だから、今一番の有力説だが。 「それならそれで問題があるんだよ。合成獣でなければ、いったいなんのために手記を手に入れたのか」 あ、とアーヴェントが声をあげる。合成獣を造れる者に、合成獣の造り方を指南している書物など必要ない。となれば、目的は別のところにあると考えるのが普通だ。 「……まだ、なにかあるってことですか?」 あまり考えたくないことだ。これ以上なにかあってたまるか。もう刺激を味わいすぎて、お腹一杯だ。 いずれにせよ、手記に関してはダガーが取りに行ってくれている。帰ってくればなにかしらわかるだろう。 『リズ』 噂をすれば影、とでもいうのか、ダガーのことを考えていたら、その本人が呼びかけてきた。 『こいつ、知ってる?』 視界が切り替わる。一瞬眩暈がしたが、堪えてダガーの見ている顔が目に入る。 愕然とした。いるのは実際にはリズの目の前ではないというのに、思わず立ち上がってしまった。 「キース!」 思わず叫んでしまうと、ラスティたち全員が驚いていた。特に、レンの驚き方はそうとうなものだ。しかし、構っている余裕はない。開いた口が塞がらないというのはこのことだ。あまりにも予想外。何故今こいつが出てくるのだ、と運命を恨まずにはいられない。 フリア・キース。女みたいな名前の、元〈木の塔〉の魔術師。専門は生物で、医療系の分野の研究に従事していた。それが、いったい何処で道を誤ったのか、合成獣の研究に目覚め、禁術の書かれていたセルヴィスの手記なしで、成功してしまった人物。 これも2年前だった。合成獣のことに気づいたオルフェと共に彼を追い詰めたが、あと少しというところで逃げられた。そのあとは音沙汰もなく、シャナイゼの外に逃げたのだろう、とすっかり忘れていたのだが。 ――まさか、こんなところで関わってくるなんて……。 だが、これで1つわかった。手記はやはり合成獣を作るために使われたのではないのだ。恐らく別の目的がある。それも、彼の人間性からして、とても面倒なものに違いない。 厄介事がこれから起こる。 「ああ、くそっ。あのとき殺して置けばよかった!!」 腹立たしさに机を殴り付ける。拳が痛くてビリビリするが、それすらどうでもよくなるほど、リズは怒っていた。ただでさえ、野放しにしたことを後悔していたのだ。何処かでのたれ死んでいてくれればいいと思っていたというのに、まさかまた関わることとなるとは。しかも、身内に多大なる迷惑を掛けて。 とにかく戻ってこい、とダガーに伝え、椅子に座る。腕と足を組んで、舌打ちをした。 「キースって、あのキースか?」 アーヴェントが身を乗り出してくる。合成獣関係となると彼も積極的に関わってくるから、キースのことも知っている。人物を特定できなかったのは、情報提供者が人間個人に興味がなかったため。野生の生き物に頼った彼の情報の弱点だ。 「……もしかして、フリア・キースですか?」 「なんでそれを」 と訊き返し掛けて、レンの境遇を思い至る。リズは頭を抱えた。レンが奴を知っているということは、つまりレンの姉を合成獣にしたのは、キースである、ということではないか。 「ほんっとごめん……っ!」 レンの姉の件は、およそ1年前のことだという。つまり、リズたちがキースを逃がしたあとのことである。それはひょっとすると、遠まわしにリズたちがレンの姉を苦しめて殺してしまったことになるのではないか。もし、リズたちがあのときキースを捕まえるなり殺すなりしていれば、そんなことは起こらなかったのだから。 「そんなことはどうでもいいです。とにかくあれ、奴の仕業なんですね?」 リズは頷いた。レンの顔から表情がなくなっている。 「ただいま」 なにもない空間に突然炎が点り、ダガーが現れた。ラスティとレンが面喰らっているのが目端に映る。派手な登場だから、さぞかし驚くだろう。 「手記は?」 「燃やしてきた」 今度は、アーヴェントもそろって目を剥いた。 「……いいのか?」 おずおずとラスティが尋ねる。確かに、シャナイゼからルクトールまで追いかけてくるほどの貴重な品。それをいとも簡単に燃やしてしまうのは、驚くだろう。 「悪用されるなら、ないほうがマシ。祖父さんの許可も貰ってるよ」 そう、塔長も合意の上だ。〈木の塔〉がなによりも恐れているのは、魔術によって世界を乱されることである。そのためなら、ときにどんな犠牲も払う。 正直に言えば、リズだってあんな貴重な資料を失うのは惜しい。燃やす羽目になったのはキースの登場の所為なので、恨みすらする。しかし、禁術を扱うことの恐ろしさも身に染みて知っているので、やむを得ず決断した。 「さて、奴が関わってきたのは非常に予想外だけど、いろんなことが見えてきた」 まず、手記盗難の件。キースは魔術師なので、セルヴィスの手記に興味を示すのは当然。盗む動機を持っていてもおかしくはない。そして、元〈塔〉の人間であるから、〈木の塔〉のセキュリティはある程度把握している。残念なことにジョシュア並みの天才でもあるから、観察すれば構造を理解して、破るための策を練ることも可能。それをレンの知り合いの盗人たちに伝えて、盗ませたのだろう。 さっきも言った、合成獣の件。手記が盗まれた時期とクレールの合成獣が作られはじめたときの間に生じる時間のずれは、合成獣の専門家であるキースがクレールについているという事実で解決された。 それと同時に導き出されるのは、クレールの手記の活用目的についてだ。クレールは禁術を欲しがっていた。しかし、それは合成獣ではない、なにか別の術のため。つまり、まだなにか起きる。 問題はそのなにか。 「野郎、食い止められたと思うなよ、とか言ってたよな」 ということは、いったいなんの術かは知らないが、ほとんど完成されていると思ったほうがいいのだろう。時間はあまりない。 「ぶち壊しに、城に乗り込みます?」 目の据わったレンの発言に、他の男2人が呆れていたが、それが最善策だ、と意見が一致するのに時間は掛からなかった。 [小説TOP] |