第22章 振り下ろされた剣 5. リズの率いていた隊をなんとか宥めて、アリシエウスを囲う森の中に張った陣に戻ってきた。本陣ではすでにラスティが引き起こしたアリシエウスの惨事について知れ渡っているようで、騒然としていた。 身の回りで、こそこそと仲間と言葉を交わす兵たち。グラムも周囲にいた者たちと言葉を交わし、友人たちと無事を確認し合いながら、リグの姿を探していた。ラスティのこととリズのこと、おそらく狼を介してリズから聞いているとは思うが、いろいろと話しておきたいことがある。 普段見慣れている以上の人数の顔をひとりひとり見ていくうちに、目的の人物のほうが先に声を掛けてきた。 「どうだ?」 リグは、あの場にいた味方の様子を訊いてきた。 「なんとか宥めて帰ってきたよ。ただ、全員リズがラスティを連れてったところを見てるからなぁ……。みんなには、リズはこれ以上被害を出さないためにあいつをおれらから引き離したって言い訳しといたけど」 ラスティの首根っこを掴んで狼に乗せていたのだから、リズが連れて行ったことは誤魔化しようもない。見られていなかったり、ラスティがもう少し動けるようであれば、攫われた、と言えたのだが。 「珍しく機転が効くな。あまり信じないだろうけど」 それは褒め言葉なのか、それとも馬鹿にしているのか。素っ気なく言うものだから、判断できなかった。 「リズはしばらくラスティのところにいるそうだ」 聞けば、ラスティの家にいるという。そこでレンとも合流したそうだ。ラスティも動揺は収まったようで、落ち着いているらしい。それには安心したが、口の中にはやはり苦いものが残る。 「てっきり、剣のことはエリウスが引っ掻きまわすだけだと思っていたのに……」 こんなことになるとは、誰も思っていなかっただろう。思っていたら、誰かがどうにかしていたはずだ。みんなラスティを信用していたから、取り上げるようなことをしなかった。 いや、結局のところ、グラムの認識が甘かったのだ。世界を破壊した剣だというのに、抜いてもなにも言わずにいたのは、所詮剣なのだ、と侮っていたかもしれない。あのとき、止めれば良かったのだ。 後悔している傍らで、それから、とリグは付け加えた。 「ヴェンもいるらしい」 「は?」 アーヴェント。魔族の友人がどうしてここに。まったく予想だにしない言葉に、思考が追いつかなくなってきた。どういうことかと問いただそうとしたとき、 「レーヴィン! レーヴィンはいるか!」 陣のほうが騒がしくなった。何事かと様子を窺ってみれば、クレマンスがリグを探しているようだ。呼ばれた当人は何故自分が呼ばれているのか不思議そうにしながら、クレマンスの前へと姿を現した。 「街で起こったことは知っているな!」 なにかに焦り、苛立った様子であったため、グラムたちは一体どうしたのかと首を傾げたが、聞かれたことに素直に頷いた。 クレマンスは更に興奮し、鼻息を荒くした。 「街を破壊した人物! そいつに貴様の妹が関わっているという情報がある!」 ぎくりとして、グラムは内心冷や汗を掻いた。追及されるだろうとは思っていたが、果たして納得させられる言い訳があるだろうか。 「なんのことですか」 しれっと言った。実際はもっと驚いた風を装っていたが、グラムの目には涼しげにしらを切ったようにしか見えなかった。 「とぼけるな!」 「とぼけてなどいません」 とぼけているくせに、抜け抜けと言う。時折双子たちはこういうところが大胆だと、グラムは思う。 「狼にまたがったリズ・レーヴィンが破壊者を連れ去ったのを見たものが我が軍にいるんだぞ!」 そんなこと言われても、とリグは戸惑っているかのように視線を彷徨わせ、困った顔をしてみせた。言い訳はどうするのだろうか。こういうとき、グラムは口を挟まない。向いていないと知っているからだ。情けなくもあるが、出しゃばって余計な事態を引き起こすよりはいい。 が、やっぱりもどかしい。口を開きたくなるのを必死で堪えた。 「あの、それについては、レイスから、我々を敵から引き離すためだと聞いていますが……」 そう進言してくれたのは、ディックスである。グラムは思わずガッツポーズを取りそうになった。ナイスタイミング、ナイスフォロー。グラムでは嘘がばれそうだったから助かった。何故リズに“殿”がついて、グラムは呼び捨てなのか納得いかないが、今回は忘れてやる。 「それから、貴様が敵を逃がしたという報告もある」 それははじめて聞いた。 「それについては、あのような事態が起こり、こちらもあちらも戦闘どころではないと判断したからです。このような状況で、捕虜の面倒が見られるとでも?」 見られる訳がない。だから逃がしたのだろう。無闇に殺したり虐げたりするのが嫌いなリグだ。邪魔だから、と殺されるのを見るよりは、後々少し危険である可能性があっても、彼は命を優先する。 グラムとしてはとてもいい判断に思えるのだが、あちらはどうも粗を見つけてそこを突きたいらしい。 「私たち兄妹が敵に通じているとお疑いですか」 リズはラスティと行動を共にし、リグは捕虜になるはずだった敵兵を逃がしたのだ。そう見られても仕方はない。それを敢えて口にするのは、挑発しているからだ。 「それとも、〈木の塔〉をお疑いですか?」 リグの言葉を合図にしたかのように、周囲から殺気が発せられた。〈木の塔〉の者たちだ。向かう先はクレマンス、というよりリヴィアデール兵。突如変化した空気に、この場にいただけの者はうろたえた。 言い分は飛躍しているが、全員リグに味方する。〈木の塔〉は、内部での対立が多少あるにせよ、組織全体としては結束が固い。しかも、リグたちはその魔術の腕のおかげで〈塔〉内でも有名人であるのに加え、塔長の孫。信頼は厚い。 思えば、シャナイゼ一の組織が後ろ盾についているのだから、この双子、本当に恐ろしい。 「お捜しなのは、その破壊者ですか。その者の行き先を知っていたとして、いったいどうするって言うんです? 殺して排除でもする気ですか」 「当然だ。場合によっては、貴様の妹もろともな」 リグは僅かに唇を噛み締め、拳を握りしめた。必死で怒りを抑えている。状況が状況だけに、そう言いだすのは当然のこと。それを理解し冷静に受け止めはできるが、自分の片割れを殺すと言われて憤慨しないほど彼は冷めていない。 怒鳴りつけたいところだろう。だが、リグはそこをぐっと堪えていた。 「正直に応えろ」 「知りません」 それが嘘だと知っているグラムですら信じてしまいそうなほど、きっぱりとリグは言った。 それを信じたのか信じなかったのかはわからないが、クレマンスはそれ以上追及するのを止めた。 「ならばいたしかたない。ホーカス!」 知らぬ間に近くにいたらしい。エリオットが、人の輪の中から慌てた様子で出てきた。彼もいったいなにが起こっているのか良くわかっていないらしい。 「アリシエウスを木っ端微塵に破壊する! お前は魔術師たちを指揮し、その準備に掛かれ」 ざわ、と周囲が騒ぎだす。エリオットも唖然として、クレマンスを見返していた。 クレマンスは、そんな周囲に気付いていないのか、言うことは言ったとばかりにその場を立ち去ろうとする。 [小説TOP] |