第22章 振り下ろされた剣 2. 槍を突き出すと、相手はそれを剣で跳ね上げる。そのまま慣性に任せて槍の柄を回転させて石突きで顎を狙うと、左腕でそれを防いできた。剣が振り下ろされる前に、胴体を蹴り飛ばす。騎士は2、3歩後退すると、飛び跳ねて勢いよく剣を振り下ろした。 その軌道を、炎が走る。 ――魔道具か。 躱しながら、剣をちらりと見る。飾り具に魔石がついているし、おそらく刀身も魔力が通しやすいようにできている。これ自体に備わった力も大きい。かなり高価な品だろう。アリシアの剣の威光に頼って残ってきた国でも侮れないな、と思い知る。破壊の系統である火の力を兼ね備えているあたりが、アリシエウスが破壊神の国であるということを彷彿とさせた。 やや下目に槍を突き出すと、刃と刃がぶつかり合い、片方から火の粉が飛んだ。リグは掬い上げるように穂先を動かし、ある程度持ち上げたところで回して、突き出した。相手はリグの動きについてきて、剣を上手に扱ってリグの攻撃を防いだ。なかなかやる。 ――楽しくなってきた。 「って、グラムなら言うな」 リグの間合いから先に入れないことを悟ったのか、騎士は後ろに飛び退いた。そして、左腕の腕輪から火の玉を飛ばした。森に囲まれているのに火を使うのか、と驚く一方で、もったいないとも感じていた。せっかく魔の力を帯びた剣を使っているのに、使いこなせていない。 「我が刃に祝福を。邪悪を祓う火の力を」 呪文を唱えると、パルチザンの穂先が炎を纏う。そのまま宙を薙ぐと、弧状の火炎を飛ばした。魔を帯びた武器は、こういう使い方もできるのだ。 もともとはダガーが使っていた技だ。彼のようにはいかないが、武器に火の力を付加したら、できるようになった。 まさかこんな使い方があるとは思わなかったのか、躱しつつも呆気にとられている騎士の足に、魔術の蔦を絡ませた。今度は足元への注意が疎かになっていたので、簡単に引っ掛かった。バランスを崩した騎士の足に槍の柄をくぐらせ、ひっくり返す。転倒した騎士の喉元に穂先を突き付けた。 「残念だったな」 ――さて、と。 相手の騎士の処遇にリグは悩んだ。 ――どうしようか。 既に1人死に、もう1人はサーシャが水で捕らえている。偵察に来ていたのだ、しばらく戻らなければ、なにかあったと見て、隠れている一団はなにかしらの行動を起こすだろう。殺す意味はない。侵略してるのはこちらだから、そういうことはしたくない。 「なんなんだよ、こいつら」 戦闘が収まったのを察してか、ラミーが近寄ってくる。彼は、サーシャのほうもリグのほうも手出しできずに、持て余していたようだ。 「こんにゃろう、奇襲なんてせこい真似しやがって」 「止めろ」 リグの突きつけている穂先の所為で立ち上がれずにいる騎士を蹴ろうとしたのを止める。もはや形だけでも敬語を使う気にはなれなかった。サボるし、見張りの役に立たないし、戦闘が始まってもなにもしない。その癖つけあがる。リズだったら、そろそろ手が出ていたところだ。リグもそうしたい。 と。 突然、妙な胸騒ぎがした。 『主!』 戸惑っていると、脳裏にスコルの声が響く。 『あの男が……』 なにか言いかけたところで、森の奥から爆音がした。 喉に、パルチザンの穂先が突きつけられている。 もうさすがに死んだか、とクロードは思ったが、槍を突きつけている青年は、自分が蹴られそうになったところを助けてくれた。それをただ不思議な気持ちで眺めている。 ――お前の元には、まだ逝けそうにないのな。 少し前に死んだ親友に想いを馳せる。逝っても良かったのに、と思う一方で、まだ逝けない、と思う自分がいる。守るべきものが多すぎる。とても重くて、それでも捨てられない。 生き延びれるなら命乞いをしてでも生きるべきかと悩んでいると、槍を突きつけている青年の表情が歪んだ。なにかに耳を傾けるような素振りをしているのを、逃げるチャンスだというのも忘れて見つめていると、森の奥から大きな音がした。 方角からして、アリシエウスのあるところ。少し北よりな気がするから、もしかしたら郊外か。 そうであって欲しいと願い、ふと青年の様子を見る――今度こそ、逃げる隙を伺おうとした――と、彼は仲間に飛び掛かっていった白い狼を見つめながら、みるみる顔色を変えていった。 「なにやってんだ、あの馬鹿は!」 狼に向かって怒鳴り付けているように見えた。状況が理解できずに混乱していると、彼はさらに驚くことを言った。 「だいたい、なんでラスティはあの剣を……っ」 耳を疑った。確かにラスティ、と言った。ただ単に同じ名前か。 だが、この不吉な予感はなんだろう。気になるのは、あの爆音。 難しい顔をしていた青年は、さらに険しい顔をして、こちらを向いた。クロードの頭に、嫌な予感が過る。こちらの軍勢――アリシエウスでも、クレールでも――が、なにか仕出かしたのではないか。それをなんらかの方法で知った彼は、クロードに報復しようとしているのではないか――。 「おい。お前、逃がしてやるから、今すぐ戻れ」 予想外の言葉に、呆然とする。 「は……?」 逃げろ、とはいったいどういうことか。良くても捕虜だと思っていたのに。それに、彼の独断であるのは、明らかだ。 「戦争どころじゃない。アリシエウスが大変なことになった。あいつをつれて、早く行け!」 立ち上がるも、どうしていいのかわからずにいると、白い狼が牙を剥いた。このままでは噛まれそうな気がしたので、クロードはとにかく従うことにした。 仲間を回収に向かう。狼に襲われたほうはおそらく死んだので、白い女に捕まったほうだけ連れて森の中に入る。 なにかの罠である可能性も考えた。だが、ただごとでないことも確かなようだ。状況が把握できない以上、クロードは逃げることしかできなかった。 [小説TOP] |