第22章 振り下ろされた剣 4. ラスティの指示に従って向かった先は、どうも貴族の屋敷のようだった。シャナイゼでは見られないそれに、リズはあんぐりと口を開けた。 「……まさか、ラスティの家?」 「ああ」 ――こんなでかい家、よく住めるな……。 掃除とか絶対に面倒臭いだろう、などと考えてしまう。もっとも、掃除するのは使用人なのだろうが。 慎重に扉を開ける。蝶番が軋んで悲鳴を上げた。大きな扉の向こうは、大勢の人が入れそうな大広間。パーティなどができそうだ。貴族の屋敷と言うものは、本当にこういうものなんだな、と呆れたような感心したような気分になる。 ラスティはその無駄に広い広間を左に行く。あとを追っていくと、廊下を少し行った先の扉を開けた。大きなテーブルに、規則正しく椅子が並べられている。どうやら、食堂のようである。 オレンジの部屋なんてこいつには似合わねぇ、などと思っていると、甲高い声が耳に入った。ラスティの胸に飛び込んできた少女に、リズは目を丸くする。 「兄様、怪我は!?」 どうやら、この可愛らしく着飾った少女は、ラスティの妹であるらしい。あまりに似ていない。というより、似ていると認めたくない。仏頂面のラスティを見て、どうしてこんな表情豊かな妹がいると思うのか。 「さっき大きな音がしたわ。いったいなにがあったの!?」 兄の胸に縋る妹を見て、リズは目を逸らす。いかにも女の子な女の子は、苦手なタイプだ。 視線を逸らした先には、レンがいた。 「……リズがどうしてここに?」 訝しんでこちらを見ている。多少警戒しているようでもあった。敵がどうしてここにいるのか、といったところか。 「ま、いろいろと」 ラスティの妹と、2人の母と思われる婦人がいるために曖昧に応えた。いつか知るにしても、息子が引き起こした惨事についてはあまり聴かせたくないものである。 ラスティの母に会釈をし、いるはずのない人物の存在を目にして、リズはまた驚いた。 「って、アーヴェント。なんでここに?」 昔から集落を出て、街をぶらつくのが好きな奴だったが、まさか沙漠を越え、こんな西のほうまで来ているとは思わなかった。 「まあ、いろいろと」 気まぐれかと思ったが、彼は軟派に見えて実は保守的な男である。ここになにかあるのだろうか。 このままでは話が進まない。ちらり、とラスティのほうを見る。リズの物言いたげな視線を受けて、ラスティはなんとか妹を引き離し、リズたちを自分の部屋に案内した。 彼の自室を見て、ようやくここがラスティの家なのだと実感した。必要最低限の物しかなく、色合いがカーペットを除き地味であるところとか、いかにも“らしい”。 レンたちが好き勝手に座るのに続き、近くにあった椅子に腰かけた。 「アリシエウスの住民は何処かに避難してると思ってたけど」 通り沿いの建物の中には、誰もいなかった。門を突破し、通りを歩いてきたので、間違いない。てっきり他所へ行ったか、何処かに集まっているのかと思っていた。しかもこの家、女性が多い。もし敵に入り込まれたら、どうするつもりだったのだろうか。 「出たくない、と言ったんですよ。それに、この屋敷は庶民の家に比べて頑丈です。位置も奥まったところにあるし、大丈夫だと思ったんでしょう。万が一のことがあっても、僕たちがいましたし」 気を利かせた使用人が紅茶を持ってきた。去るのを待ち、ようやく話題に入る。 「ラスティがアスティードを使った。そしたら、破壊の剣の力を発揮した」 ラスティが腰に手を持っていく。逃げ出したときにはリズが持っていたアスティードは、すでに彼に返してあった。 「さっきのはそれか?」 「そう。ラスティがこの剣を使ったとき、刃先に大きな魔力の塊が乗っていたんだ。それを、その状態のまま、振り下ろした」 「力を叩きつけて破裂したわけか……」 その様子を想像してか、アーヴェントは顔を顰めた。だが、実際のところ、どんな風になったかは想像できていないに違いない。 「さすが破壊の剣だよ。見事になにもなくなったね。建物は瓦礫と化したし、人は形も残らなかった」 そこで、ラスティの様子を窺う。顔色は悪かったが、取り乱してはいないようだった。 「でも、どうしていきなり? この前はなにもなかったのに」 「この前?」 以前にも抜いたことがあるなんて驚きだ。 「後でまた詳しく話すけど、俺ら、少し前にアリシエウスの城に忍び込んだんだ。だけどクレールの兵士に見つかって、一悶着起こした。そのとき、ラスティが一度その剣を抜くことがあったんだ」 なんで城に忍び込んだのか気になったが、後で、とアーヴェントも言っていることだし、横に置いておく。とにかく、そのときはアスティードを使ってもなにもなかったらしい。そのときと今さっき、なにが違うんだろう、と考えて、1つ思い至る。 「……あたしの所為?」 動揺させてしまったことが、普段使わない魔力を暴走させてしまった原因ではないか、と考えてしまう。ラスティは魔力制御ができていない。普通は魔術に関わらない限り支障はないので本人のやる気に任せていたが、それが裏目に出てしまったのか。 「そんなことは……」 先ほど激昂していたときとは違い、ラスティはリズを庇おうとする。そこは、無視しておいた。どちらにしても、リズはあの騎士を助けられなかった。無実ではいられない。 はあ、と溜め息が漏れる。 「それで、リズはどうしてここに?」 食堂で繰り返された質問を、レンが再度繰り返す。ラスティが逃げてきたのはわかるが、敵であったリズまでいるのが不思議らしい。 「こいつが茫然自失してて、周りの奴らが敵視してたから、これはまずいなってことで連れてきた」 放っておいたら死んでいたのは間違いない。 「それってまずいんじゃねぇの?」 「まずいよ。非常にまずい。これで仲間のところに戻れなくなった」 せめて見られていなかったら、と思う。いろいろと誤魔化しようもあったのに。しかも、言い訳を押し付けてきた相手が、1人しかいなかったとはいえグラムだから、少し心配になる。彼はリズたちに比べれば、嘘の吐けない人間だ。もちろん正直者のほうがいいのだが、こういうときに少し困る。 「……だよな」 ラスティがまた謝ろうとしたので、黙らせる。自分が選んだことで謝られても困る。見捨てたかったら見捨ててた、と言ったら、何故かしょんぼりしたようだった。 今いろいろ面倒なことになっているんだろうなぁ、と考えると、グラムやリグたちに迷惑を掛けてしまったことに対する罪悪感が湧いてくる。立場が悪くなったりしたら、さぞかし動きにくいだろうに。そのくせ、こちらは自由。 ――だったら、自由の身でできることをやるまでだ。 そうでなければ、あの2人に申し訳が立たないから。 [小説TOP] |