第22章 振り下ろされた剣 1. 運ばれてきた箱の中身を確認する。中には薬瓶が入っていた。側面に貼られたラベルとリストを照らし合わせながら、使いやすいよう台の上に配置していく。戦場でできる治療など少ないので種類は少ないが、怪我人は多く出るためにそのぶん数は多い。箱にはいっぱいの液体が入ったガラス瓶がたくさん入っているので、とても重い。だから、男ばかりでこの仕事をやっていた。 救護班の仕事はまだない。戦闘は始まったばかりだ。怪我人が本陣に戻ってくるにはまだ早い。 「けっ、つまんねぇな」 治療班として役立てるほどの男の治療術の使い手は少なかったので、この仕事をしている多くが本陣に残った兵士たちだ。考えるより行動を起こすのが好きな連中が多い。特に、ルーチンなどやっていないで戦場で手柄を立てたい、と思う連中が結構多い。大して役立ったこともないくせにそういうことを言うのだ。腹立たしいのを通り越して呆れる。 「ラミーさん、しっかり働いてくださいよ」 しまいに、サリスバーグ軍の男が本当にさぼり始めたので、リグは軽く窘めた。そうしたら、凄い目付きで睨まれた。 諦めて、リグは溜め息を吐く。 「……では、外の様子を伺ってきてくれませんか。敵が近付いているかもしれないので」 そう言うと、そのラミーは嬉々として出ていった。他の仲間がそれを羨ましそうに見送る。 すん、とリグの地面で丸くなっているスコルが鼻を鳴らした。 「追い出したのか」 彼と入れ替わりに、リグたちを勧誘しに来たあの宮廷魔術師エリオットが入ってきた。彼は今回から参戦である。再び出会ってからずいぶんと親しく――少なくとも、対等に話せるようになった。というより、向こうが気を使っているのが馬鹿らしくなったに違いない。年下だし、なによりもグラムの相手に手を焼いていたようだったから。 「これくらいのことができないような奴だ、外で案山子になるくらいしか役所がないだろ」 働かない奴なら、いてもいなくても一緒。だが、働いていない者がここにいても目障りなだけだから追い出した。周囲は素知らぬふりをしながら、黙々と作業を始めるが、内心引いているのは明らかだ。 くくく、とスコルが笑った。 因みに、彼には見張りとしての役目も期待していない。敵襲に備えてなによりも信頼できるのは、リグの足もとにいる獣である。 「それで、なにか用事が?」 「ああ。それが――」 なにか言いかけたところで、足元でスコルが身を起こした。 『来たぞ』 エリオットの話を遮って、杖を持った。意識を集中させて、地面に魔法陣を描く。 「来たれ、水の化身。我が呼び声に答えよ」 周囲の手が止まり、こちらに視線が集まっている。仕事しろよ、と思うが、〈召喚術〉は珍しいのだから仕方ないのかもしれない。ただ、気が散って迷惑だ。 興味深そうに精霊を見ていたエリオットに敵が来たことを伝えて、リグはサーシャとスコルとともに外に出た。森を目の前に、案山子が1人立っているだけで、至って静かなものである。 その静けさが仮初のものであることは、スコルの鼻が証明していた。 『敵は3人だ。12時から2時の方向に1人ずつ。おそらく偵察に来たんだろう』 「そりゃ、いきなり本陣襲ったりはしないよな」 ポツリと呟いてから、見張りをしていたラミーに近寄る。 「なんだ、お前もサボりに来たのか」 こちらに気づいた本人は、至って呑気に話しかけてきた。 「ええ。薬のラベルを見るのにも、飽きてしまったので」 相手にするのが面倒臭く、嘘を吐いた。化学も医学も浅くではあるが齧っているリグには、薬品名を見るだけでもそれなりに楽しい。 それにしても、この緊張状態でサボるとか、どうしてそういうことを考えるのか。もしかしたら、自分が死ぬかもしれないのに。 腹が立つが、今はこいつに構っている場合ではない。 「それで、どうですか、敵は」 12時から2時の方向から死角になるように立つ。ラミーとリグを盾にして、サーシャが弓を出現させた。 「気配もねーよ」 応えにスコルが笑う。それに、ラミーが身を退いた。狼が笑う姿が不気味に見えたのだろう。馬鹿にされているとわかったらどうなるか。 しかし、気配がわからないのも無理からぬことである。リグもスコルから聞いていなければ気づかなかったかもしれない。アリシエウスは、もとは狩りで暮らしていた国だ。気配を隠すのはうまいのだろう。 サーシャが矢を番えた。 「出てこい!」 叫んで、それぞれの方向に攻撃を仕掛ける。サーシャは12時の方向に矢を、リグは1時の方向に礫を、スコルは2時の方向に飛びかかっていった。リグの魔術とサーシャの矢によって、敵が焙り出される。森の中に飛び込んでいったスコルは、喉元に食らい付き、一撃で止めを刺した。さすが狼。獲物を狩る腕は一流である。 僕に感心しながら、出てきた敵に追撃を仕掛ける。立て続けに放った礫は、ことごとく躱されていく。戦法を変え、今度は蔦を出した。鞭のようにしならせ、足元を狙うが、これも躱される。 リグは、杖を槍に変形させて、相手に接近した。相手ももう既に剣を構えている。髪も瞳も青みがかった黒い色の、目端が少し吊り上った男。やはりアリシエウスの騎士だ。 [小説TOP] |