第21章 戦闘開始


  3.

 日が登り、いくばくかして、戦闘は開始された。
 グラムはアリシエウスの城壁に近寄ると、支給された鉤縄を上方に投げつけた。森に囲まれたアリシエウスは、大きな飛行系魔物がいないのか、城壁の高さはたいして高くない。その分、鉤縄を投げにくかったが、問題なかった。
 縄を引っ張り、しっかりと引っ掛かったのを確認する。壁に足を掛け、手は縄を手繰るように動かして、するすると城壁を登った。鉤縄など今まで使ったことはなかったが、ルクトールの城壁を使って、練習してきた。効率よく練習するときのコツは、競う相手を作ること。グラムはダグラスとどちらが早く登れるかを争っていたから、今では手際よく動くことができる。
 登りきるまであと少し、というところで、敵に見つかった。グラムの引っ掛けた鉤の側で、下を覗き込んでいる。――目が合った。
「敵襲ーっ!!」
 声を張り上げたのを見て、グラムは動きを早める。壁の縁を掴むと、城壁を強く蹴り、逆立ちをするように身を持ち上げた。足が真上に来たところで、今度は手を使って跳ね上がり、身体をもう半回転させて着地する。
 敵兵たちは、グラムの曲芸にしばし呆気に取られたが、すぐに我に返ると襲いかかってきた。真っ先に近寄ってきた相手を蹴り飛ばすと剣を抜き、構えて周囲を牽制する。
 どうやら登りきれたのはグラムと、少し遅れてきたダグラスだけらしく、多くの兵士が城壁の端によって、仲間の鉤縄を切り落としていた。自分を囲む敵を掻い潜り、それを妨害する。しかし、2人ではとても防ぎきれず、半数近くは縄を切られ、転落した。
 意に介している余裕はない。敵を相手にしながら、周囲を確認した。下に行くための階段は近くに見当たらない。ならば、と反対側の端に行くと、飛び移るには少し無理のある距離に、3階建ての建物――城壁の高さより少し低め――があった。
 少し離れて、助走をつけて跳ぶ。跳び上がった瞬間に魔装具に込められた術を解放した。重力に一時的に干渉する地属性の術で、身を軽くする。
 魔術の助けもあって、跳び移るのに成功した。少し得意になって振り返ると、頬を矢が掠めていった。
「やっべ」
 2撃目、3撃目を剣で払い落とす。逃げられるか図っていると、射手をダグラスが止めてくれた。
「先行け!」
 ダグラスの言葉に頷いて、背を向ける。下に降りることなどはせずに、屋根づたいに移動する。
 1人になってしまったが、仕方ない。
 それはいいが、この先どうしよう。目的はアリシエウスの制圧。制圧するには、どうすればいい――?
 グラムはこれまで、人間相手では賊の討伐や護衛――少人数を相手にしたことしかないから、戦のような大人数での戦いははじめてなので、その辺りがよくわかっていない。まさか皆殺しにしろというわけではあるまいし。
 とりあえず、指揮系統を混乱させればいいかという結論に達した。
 街の中を跳び回っていると、連合軍の一団が目に入る。そこに知った人物がいたので、グラムは屋根から飛び下りて、その一団に近づいた。こちらに気付いた彼らは、武器を構えて警戒する。
「待った」
 戦闘にいたリズが制止の声で味方に襲われるのを免れた。彼女はこの部隊を取り仕切っている。ルクトールの功績によるものである。彼女は強襲部隊だった。門を正面から突破する手はずになっていたはずだ。ここにいるということは、成功したのだろう。どうやったのかは、想像に難くない。
 隊の中には、あのディックスもいた。魔女殿の護衛として、立候補したらしい。相変わらず騎士然とした青年である。他の兵士も、彼の心根を見習えばいいのだ。
 それはともかく。
「1人?」
「うん」
「他は?」
「城壁」
「置いてきたの? 酷い奴」
 呆れた、と腕を組んで肩を竦める。
「そっちは?」
「ま、何人か欠員出たけどね」
 大したことは、と言い掛けて、リズは動きを止めた。目付きを鋭くして――しかし、口元は不敵な笑みを浮かべて、これから行こうとしていた先の曲がり角を見つめる。
「……来たな」
 遁行して何処かに隠れているハティの鼻が、敵の匂いを嗅ぎとったらしい。リズは杖を双剣に変えた。グラムも下ろしていた剣を構えて、戦闘体勢を取る。それを見て、周囲も武器を構えだした。
「まだ動くなよ。こっちから仕掛けるな。敵の様子を見るんだ」
 はい、とディックスの返事が聞こえた。彼は一度リズの戦いを見ているからいいが、他はまだ戸惑っているらしい。彼女の能力がわかっていないのだ。
 固唾を飲んで待っていると、曲がり角から敵の一団が姿を現した。背後で息を飲む声。一部飛び出そうとして、リズによって腕で制止させられる。
 向こうもこちらに気付いて、武器を構えはじめた。部隊同士で睨み合う。敵の一団の中から、指揮者が出てきて、グラムは少し驚いた。
「……ラスティ」



 北門から敵が侵入したと聞き、急ぎ入り込んだ敵を排除しようとアリシエウスの騎士たちと動いたラスティは、その侵入者たちを目撃して、思わず頭を抱えそうになった。
 〈木の塔〉に所属している友人たちが、敵の中にいる。
 わかってはいた。戦争に行くのだ、と彼ら自身から聞いていたから。だが、こんなにも早く接触するとは思わなかった。
「……どうする?」
 ラスティの指示を仰いできたのは、エトワール。その声に我に返り、腹を決めた。剣を掲げて、号令を出す。
「侵入した敵を排除しろ! 油断はするな! 特に、正面にいる少年と黒髪の娘は強敵だ、警戒しろ」
 警戒を促していると、敵側から茶々が入った。
「そうそう、こっちには怖〜い魔王さまがいるからな、逃げるなら今のうち」
「馬鹿言ってんな!」
 グラムの頭に、リズの平手が飛ぶ。ラスティはさっきと別の意味で頭を抱えそうになった。緊張感が見当たらない。
 だが、ふざけていようと不真面目ではないので、やはり侮れる相手ではない。
「ああだが、侮るなよ。全隊、掛かれ!」
 剣を降り下ろすと同時に、背後にいたアリシエウスの騎士たちが、一斉に駆け出す。
「そう簡単に近付かせるかっての!」
 左手に棒手裏剣を3本持っていたリズは、それをこちらに投げつけた。投擲とはいえ、人の力で飛ばされた物、払い落とすのは容易だが、警戒するべきは武器ではなく。
「手裏剣から離れろ!」
「遅いよ」
 紫色の光。そして、小規模で強力な旋風が吹く。騎士たちは旋風に巻き込まれて、吹き飛ばされた。幸い鎧を着込んでいるため、地面に叩きつけられても大したダメージはない。衝撃で少し動けなくなっただろうが。
 風が止むと同時に、グラムが飛びかかってきた。予想はしていたので、冷静に剣を受け止める。
「へぇ」
 鍔迫り合いの中で、グラムが笑みを浮かべた。しばらく睨みあい、やがてどちらともなく離れる。
 騎士たちは旋風から復活したらしい。リズの号令もあって、双方ぶつかり合っている。住民も居らず静かだった通りが、いつの間にか剣戟で騒がしくなっていた。
「おれさ、前からお前と戦ってみたかったんだぁ」
 剣を振り、構えなおしながらグラムは言う。不思議なもので、多数対多数の割に、こういうときはだいたい邪魔が入らない。
 ラスティは一度剣を下ろした。戦う前に、伝えなければならないことがある。こちらの異常を察し、グラムも動きを止め、怪訝そうにした。
「お前たちの探している手記が、おそらく城にある」
 グラムと、いつの間にか横に来ていたリズの表情が固まった。2人を対峙していることで応援に来てくれたエトワールを押し留めて、更に続けた。
「クラウス・ディベルという奴が持っている。クレール側の責任者だ。もしくは地下。なにか試す気かもしれない」
 リズが呪文を唱え始める。妨害しようとエトワールが動こうとするのを止めた。ラスティたちに害を為そうと唱えられたものではないことを、知っているからだ。
 突如現れた炎が、人の形を為す。現れたダガーは、すぐに宙に溶けるように消えた。



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