第21章 戦闘開始 2. 思っていたよりも、自分は同僚たちの信頼があったらしい。 騎士として復帰したラスティは、アレックスやエトワールが抱いていたような誤解が溶けると、たちまち歓迎された。……というより、もともと噂を信じている人も少なかったようだ。今までデイビッドやクロード以外で付き合いのある人間はあまりいなかったので、驚いた。 そうして、アリシエウス側から大いに歓迎されたラスティは、街中に配備された者たちを仕切ることになった。街に一番詳しいから、ということらしい。ディレイスを追い回していたことが、ここでも役立っている。 あらかた手配を終えて、道端に座り込み、溜め息を吐く。白くなった空をぼうっと見上げていると、傍らに誰か立った。 クロードだ。 「お疲れ」 戦闘前の緊張感なく手を挙げる。それに応えてから、彼が出掛ける風であることに気が付いた。ラスティの視線に気づいて、クロードは言う。 「俺は森ん中なんだ」 街に向かう敵兵たちを森の中で迎え撃つのだそうだ。どうりで、軽装備。森の中は障害物が多いため、機動力が必要となる。だから、街装備のような重い装備は適していない。剣も、木に引っ掛からないよう短めのものになっている。 そう、街用の装備は重いのだ。放浪生活では装備らしい装備をつけていなかったから、久しく着けて負担だった。鎧だけでも重いのに、金属製の長靴に手甲など、冗談ではない。だからラスティも、今防具は胸当てだけを身に着け、両手には革を巻きつけている。 「そろそろか」 リヴィア・サリス連合軍が森の外に陣を張っているのは、既に確認されていた。動き出していることも予想された。いよいよ、このアリシエウスで2度目の戦争がはじまるのだ。 「なんとか食い止めないと……。街に被害が及んだら大変だ」 この街の住人たちは、アリシエウスに残っていた。地区ごとに避難所が設けられていて、民たちはそこに集まっているはずだ。そういう場所が確保されているとはいえ、戦場となる街に人が残されていることに、ラスティは不安を覚える。 「せめて、他所に逃がせればよかったんだがな……」 「仕方ないだろ。クレールと併合したばかりだし、もともと同盟関係にあった2国も混乱状態で受け入れる余裕ないし」 戦場に一般人が残されているという馬鹿げた事態は、まさにその所為だ。クレールは併合したばかりでアリシエウスからの流入に対する体制が整っていないし、これまで密に関係を築いてきたバルデスとニーヴは、クレールによる支配後に小さな内乱が発生して、とても受け入れられない。更に、ここで一都市国家であることが裏目に出て、疎開という手段を取ることもできない。 まさに、絶体絶命である。 「…………時折、アリシエウスは滅ぶのが運命なのではないかと考えてしまうんだ」 “破壊”、“襲撃”、“死”に“滅び”。不吉な言葉ばかりがアリシエウス内に飛び交っている。理不尽な状況、八方塞がりな状況、逃げ場もなくして、その後がどうしても不安になる。 ここはラスティの故郷だ。国でなくなっても、人や土地、文化は残っている。せめてそれは守りたいと思ってここにいるのだが、それも危うい気がしてならない。 このできすぎているともいえる状況は、神の意志だろうか。確証もないのに、シャナイゼで一瞬だけあった少年が恨めしくなる。 「そうならないように、最善を尽くそうぜ」 掛けられた言葉に、少し不思議な気持ちでクロードを見上げた。彼は、比較的だが、後ろ向きに考える人間だった。くよくよしているのを、うっとうしい、とデイビッドが張り倒し、手を引っ張っていくのはよく見られた光景だ。その親友がいないのに。 「……ああ」 ラスティを励まそうと思ったのか、それとも思うところがあって考えを変えたのか。いずれにしろ、勇気付けられた。 互いに気を取り直したところで、急にクロードはそわそわしだした。 「でさ、お前、これが終わったらどうする?」 打って変わって真摯な様子で、尋ねてきたた。少し考えて、 「戦場で未来のことを語る奴は死にやすいって言うが?」 茶化すとクロードの頬はたちまち膨らんだ。 「へえへえ、もう聞きませんよーだ!」 いじけた様子で、地面を蹴った。悪態を吐くと、再び真面目な顔に戻り、 「……そろそろ行くわ」 じゃあな、と手を挙げ、門を目指して背を向けた。無事で、とか身を案じるようなことは互いに言わなかった。 道の向こうでクロードが小さくなるのを確認すると、ラスティは壁にもたれかかり、腕を組んで目を閉じた。 先ほどの質問には、真面目に応えられなかった。どうするかは決めていない。この戦闘でラスティが望むような結果が得られたとしても、アリシエウスに残っている可能性は小さい、と思っている。それは、クロードの望む答えではない。戦争前にわだかまりを残したくなかったし、事後に引き留められることが予想されるので、誤魔化すことしかできなかった。 まず、この戦がどうなるかわからない。そのあとは、なるようにしかできないのだろう。 結局、すべては神のみぞ知る、なのだな、と思うと、虚しくなった。果たして、知っているのはどの神か。 [小説TOP] |