第19章 哀れな生き物 5. 「彼らが一緒に旅した友だちか。男ばかりなんて、少し妬けるな」 ラスティたちが去った、実験場と化した地下牢で、いつもと変わらぬ様子でクラウスは笑った。 「全員じゃないよ」 旅のときは、まだ他にフラウやグラムたちがいた。今グラムたちはシャナイゼかリヴィアデールの何処かだろうし、フラウは単独で行動する癖があるようだった。 また会えるだろうか。クレールはリヴィアデールの敵だから、グラムたちは会えても戦場だ。フラウは事を終えたらふらりと何処かに行ってしまうのかもしれない。ラスティたちは、現時点で一番可能な相手だが、クラウスがこんなことをしているのを止められなかったので、合わせる顔がない。 「けれど、かなり親しそうだった」 ユーディアはクラウスから顔を逸らした。そんな浮いた話にとても付き合う気分ではない。 とにかくこの気の滅入る部屋から出ていこうとすると、ユーディアたちの他に誰かがいることに気が付いた。 「帰ったか」 そう確認するのは、見たことのない男性だ。クレール人ではない。アリシエウスの民でもない。サリスバーグに見られる目や髪の色ではないから、リヴィアデール人か。 何故リヴィアデールの人間がこんなところに、といぶかしむ。服の上から見て剣を取る者の体格ではないし、何処か学者然としている。密偵というわけではなさそうだ。 それにしても、知的そうなわりに人相が悪い。口論しようものなら、厄介な相手になりそうだ。 「キース、もしかして隠れていたのかい?」 クラウスは親しげに話しかけた。知り合い……だろう。こんなところにいるのを許しているのだから。ただ、どういう知り合いなのか。 「ああ。面倒そうな奴らがいたもんでな」 何処かに出掛けて、戻ってきてみたらラスティたちがいて、面倒に巻き込まれないように隠れていたということか。 「ユーディア、彼が合成獣の制作者だよ」 ――この人が。 あのような哀れな生き物を作り出した背徳者。男を見る目付きが険しくなるのは無理からぬことだった。 学者かと思ったら、魔術師だったわけか。 「嫌われたもんだな」 キースと呼ばれた男は失笑する。ユーディアは意識して彼を睨みつけた。 「命を弄ぶようなことをしておいて、誰かに好かれるとでも思ったのですか」 食って掛かるユーディアに、キースは嘲笑した。 「知識を得るのに犠牲は付きもの。作品を作るのもまた然り。創造神も今の世界を創るのに、旧世界を犠牲にしただろう」 やはり屁理屈を言ってきた。 「そうやって自らの行いを正当化するつもりですか。前例がいるからやっていいなんて、そんなの言い訳になりません」 研究に犠牲はつきもの、という台詞はよく聞くが、神話を引き合いに出すとはなんて豪胆なのだろう。聞く人が聞いたら、憤るに違いない。 今度もまた嘲笑うだけかと思っていたキースは、ユーディアの前ではじめて笑み以外の表情見せた。 「……驚いたな、神の行いと比べるなんて傲慢、とか返ってくるのかと思ってたんだが」 「神と比べなくても、貴方が行っていることは傲慢です」 「比較対象にもならないと。さすが、神職者だな」 「……人としての倫理観の問題です」 彼がしていることは、神がどうとかいう問題ではない。ユーディアなら、たとえ創造神がやっていたとしても許せなかっただろう。合成獣や魔族に反発するレンの姿を見れば、とてもそんな気になれない。 ユーディアの発言になにか思うことがあるのか、キースはまた嘲りの表情を浮かべ、口を開こうとするが、 「まあまあ、もういいだろう? 夜も遅いし、侵入者も帰ったし。明日も仕事があるんだから、ここまでにして休まないと」 割って入ったクラウスに、キースは肩を竦めた。それを了解の印と取って、クラウスはユーディアを促した。 「じゃあ、キース。あまり無理をしないようにね」 地下を出ると、彼は何事もなかったように、おやすみ、と挨拶をして去っていく。 部屋に戻るが、とても眠れそうになかった。 隠し通路から地下牢を出て、城内を脱出した。そのまま互いに無言で移動し、家に戻る。母が出掛けていったラスティたちに気を使ってくれたらしく、廊下の灯りは付けたままだった。 ラスティの部屋に入るや否や、ばこん、と大きな音がした。レンが部屋の椅子を蹴り飛ばしたのだ。 「畜生、なにしに行ったんだ、僕たちは!!」 夜分にも関わらず、レンは苛立たしげに叫んだ。両親や妹が起きてしまったかもしれないな、と頭の隅で思う。しかし、咎める気力はない。 「落ち着けよ……」 力なくアーヴェントが諌めるが、かえって火に油を注いでしまったらしく、レンは食って掛かってきた。 「なにが落ち着けだ魔族! この国の人が犠牲になってるんだぞ! あそこの奴らを皆殺しにしてやればよかったのに!!」 「そりゃ、できたらやってたさ。あの施設もぶっ壊してたね」 アーヴェントも僅かに苛立っているようだった。疲れた顔に浮かべた表情が険しくなっている。 「だけど、剣だけじゃ無理だ。それとも、それができるだけの魔術を使えるのか?」 これまで道具に頼り、最近本格的に魔術を覚えた少年は、返す言葉なく押し黙る。 「リズがいたら、是非にやってもらってたけどな。戦力、火力不足だよ。撤退はやむを得ない。あそこで死んだら、事実は知れることなく、無駄死にだ」 だからこそ、悔しいのを堪えて、みっともなく帰ってきたのだ。あんなこと赦せる訳がない。けれど、止める術がない。 言い返すことばはがないのか、不貞腐れたままレンはラスティのベッドに腰を下ろす。 「だが、このまま放置することもできない」 なにもできないから、と指を咥えて黙って見ていては、犠牲者は増えるばかりだ。ここはラスティの故郷で、除名されたとはいえアリシエウスの騎士だ。民を守らなければならない。 「そうだな。なにか策を考えないと……」 アーヴェントの身体がふらりと揺れた。疲れて心身共に限界に達しているのだ。顰むために気を張り、殺したくないものを殺し、見たくないものを見た。1日のうちの僅かな時間だったが、いろいろ有り過ぎた。 さっきまで怒鳴っていたレンも、ラスティのベッドに腰掛けたまま身体が前後左右に揺れている。 「明日、部屋を用意する。今日は悪いが、ここで寝てくれ」 眠そうなレンを、彼に宛がった客室に帰るように勧めてから、ラスティはアーヴェントに言った。もう深夜遅く、この家の使用人たちに今から準備させられない。幸い、この部屋には昼寝に使っている長椅子がある。アーヴェントを長椅子で寝かせて自分はベッドでぬくぬくと、というわけにもいかないので、ラスティが長椅子を使うことにした。 「悪いな。食事代くらいは払うからよ」 おそらく2、3日のことでは済まないとわかって、義理堅いことを言う。軽薄なようで、意外としっかりしているようだ。 「問題ない。これでも貴族だ。客人2人の数日の食事くらい賄える」 経済難とはほど遠いし、騎士時代に蓄えた金もある。友人をもてなすくらい、なにということもない。それに、お礼を差し出そうものなら、母が断るだろう。母は客人をもてなすのが好きだから。 アーヴェントがベッドに倒れ込む。きちんと布団に潜り込んだのを見届けてから、ラスティは長椅子の上で毛布に包まった。 あれだけ悩ましいことがありながら、眠りにつくのは早かった。 [小説TOP] |