第19章 哀れな生き物 4. 「これはこれは。またずいぶんたくさんのお客さんがいるね」 全員、弾かれたように立ち上がった。知った顔らしくユーディアが叫ぶ。 「クラウス!」 「……あれが」 先程聴いた責任者の名前に反応したアーヴェントは低く唸るような声を出した。 「どうしてここに?」 「ここに用があってね。……といっても不在みたいだけど」 ということは、誰かを訪ねて来たらしい。その誰かが禁忌を犯しているのか。 どのみち、彼が無関係でないことは変わりない。 「それで、君たちはどちら様かな? ……いや、君はわかるな」 クラウスと呼ばれた、ここに滞在するクレールの連中の要と思われる男は、ラスティのほうを見た。 「青みがかった黒い髪と瞳。アリシエウスの民か」 すぐ側にあった光源が、暗がりでは判別しにくいラスティの髪の色を照らしていた。もう遅いと思いつつも、ラスティは燭台から離れた。 「だったらなんだ」 「ひょっとして、アリシアの剣を持ち去ったのは君かい?」 心臓が跳ね上がる。もともとそれが原因で始まった戦争、彼が知っていてもおかしい話ではないが、まさかアリシエウスの民というだけで、アリシアの剣を持ち去った人物だと特定されるとは思わなかった。 「……なんの話だ」 動揺をなんとか抑えながら、しらを切る。幸いラスティは無表情と他人から言われている。目に見えた反応はしていないはずだ。 「ユーディアと親しそうなアリシエウスの民、といったら、神の剣の関係者かなって」 ラスティはユーディアに目を向けた。彼女も驚いている様子から、彼に自ら喋ったわけではないらしい。調べられたか、それとも誰に聞いたのか。 「それに、剣を2本持っているのも珍しい」 ラスティは腰の剣に目をやった。二刀流はそう珍しいものでもないが、正統派を学ぶ者のほうが多いため、やはり目立つものだ。 「ともすれば、アスティードを持っていると考えるのが自然だろう?」 クラウスはこちらへ一歩踏み出した。 「おっと、そこから動くなよ」 アーヴェントのとった行動に、動きが止まったのは、クラウスだけではなかった。彼は、ユーディアを引き寄せて羽交い締めにすると、喉元に刃を突きつけたのだ。 なにをしている、と叫びそうになるのを堪えた。状況を打開しようとしての行動なのだ。驚き、血が昇ったからといって、騒ぎ立ててはいけない、と必死に自制する。 人質にされたユーディアは、当然ながら固まっているが、状況を理解しているのでおとなしかった。 「貴方に彼女が斬れるのか?」 仲間を人質に取られた彼は、それでもまだ冷静だった。自分たちとユーディアが浅からぬ縁であることを悟っているようだ。 「それを決めるのは、俺じゃなくてお前だよ」 クラウスは両手を挙げて下がった。余裕そうではあるが、彼にとってユーディアは切り捨てても構わないほどどうでもいい相手ではないらしい。 「それで、アリシアの剣を持っているのかい?」 「質問するのはこっちだ」 ユーディアの喉元にある剣を、強調させた。飄々としていたクラウスはさすがに表情を曇らせる。 「人質をとっているから優位だとは考えないほうがいい」 「もとより承知。だから、1つだけ聞かせてもらう。あの合成獣、作ったのはお前か」 ここまで真剣なアーヴェントの顔ははじめてみた。いつもの軽薄な様子などまるでない。 ユーディアは懇願するようにクラウスを見つめた。そうであって欲しくないと思っているようだ。よほど親しい仲らしい。 「私自身は作ってはいない。だが、作るのを容認し協力してはいるね」 この場の気温が下がった。背後から冷たく鋭い殺意を感じる。ラスティもまた、相手に怒りを覚えずにはいられなかった。素材に使われているのは、アリシエウスの民なのだ。いや、相手が誰でも、赦されることではない。 「どうしてそんなこと!」 ユーディアの追及の声は届かない。 「さて、質問には答えた。そろそろお帰り願おうか。それとも、捕えられたり合成獣の材料にされるほうがお好みかな?」 あんまりな挑発内容に、アーヴェントは声をあげて笑う。 「そりゃあ、俺に対しては最高の皮肉だな。そして今、自分で自分の命を危うくしたけど、自覚あるか?」 アーヴェントの言葉と同時に、ラスティは思わず隣を横切った少年の首根っこを掴んだ。 ハルベルトを携えた少年が振り返る 。無表情の中で据わった瞳が、赤々と炎のように燃えていた。そして、無言の抗議。 故郷の人が傷つけられているのに、奴を見逃すのか、と訴えている。 ラスティの胸が締め付けられる。本当はレンと同じ気持ちだった。だが。今の状況を振り返る。 「……今日のところは帰るぞ。これ以上はどうしようもない」 そう、ここには確認に来ただけだった。悪い予感が当たっただけのこと。この牢獄の外には、対処できないだけの敵がいて、合成獣とさせられた人たちや動物たちを連れ帰るだけの余裕もない。なにかしたくとも、ラスティたちだけではなにもできないのだ。たった3人では。 「ユーディアを離してくれないかな?」 彼は自分が優位であることを理解している。ラスティたちが彼女を絶対に斬れないと確信しているのだ。 アーヴェントとクラウスは互いに対峙したまま睨み合う。しばらくして、アーヴェントは目蓋を伏せた。 「200年生きてても、冷酷になることはできないもんだな」 溜め息を吐いて、剣を下ろす。解放されたユーディアは、戸惑ったようにアーヴェントを振り返った。 「悪かったな、嬢ちゃん」 ユーディアは唇をぎゅっと噛みしめ、首を振った。 「そちらの望み通り帰らせてもらうよ。……無事に帰らせてくれるんだよな?」 「もちろん」 頷くクラウスを胡散臭そうに見たあと、行こう、とラスティを促した。 [小説TOP] |