第19章 哀れな生き物 2. 女騎士に駆け寄ろうとするユーディアを強引に抑えつけ、アーヴェントに目を向ける。 「なにをした?」 「これだよ」 アーヴェントが見せたのは、魔物を操る笛だった。 「どうしてお前がそんなものを……」 「これはレンの持ってたやつだよ」 そういえば、ルクトールで殺したクレール兵から拾っていた。それがいつの間にか、アーヴェントの手に渡っていたのか。 「お前らは聴こえなかったみたいだけど、俺には笛の音が聴こえてた。彼女は、そいつを呼ぶときに笛を長めに1回、俺たちを襲わせるときに短く2回吹き鳴らしてた。それを真似したってわけだ」 犬笛のようなものか、と納得する。それにしても、可聴領域まで違うのか。翼以外は人間のようにしか見えないが、意外に見えないところでの違いも多いのかもしれない。 「一か八かでやったら、結果的にうまく言ったわけだが……」 居たたまれなさそうに、合成獣のほうに視線を向けた。悲鳴は途絶え、獣は大人しくなっている。 「マリア……」 腕の中でユーディアが崩れ落ちていく。ラスティはそれを支えながら、彼女を床に座らせた。ユーディアは力なく手をついたまま、騎士の死体のあるほうを凝視していた。 ショックで動くことはできないだろうと判断し、ラスティはユーディアから離れると、レンの容体を見に行った。 「動けそうか?」 屈みこんで尋ねると、レンは弱々しく首を横に振った。 「背筋もそうですが、振り払われたときにあばらも折ってしまったみたいで……。戦力にはなれそうにもないです」 すいません、と小さな声で謝る。 「安静にしていろ」 それからアーヴェントに目を向けると、俺は大丈夫だから、と彼は言った。 「それよりあいつだが……。止めを刺すしかないな」 仕方ない、といった様子で立ちあがる。だが、その目は悲しそうだった。 「いいのか?」 アーヴェントにさせてはいけないような気がして、ラスティは引きとめた。だが、彼はラスティのほうを見ようとせず、淡々と言う。 「野に放しても、人を襲うだけだ。そしたら人間に追われることになる。結果は変わらない」 アーヴェントは剣を手に、背後から合成獣に忍び寄った。笛を吹いたことで彼を主と認めたのか、獣は彼を警戒することなく、無垢な様子で彼を見上げていた。それでも躊躇いもなく剣を振り下ろす。 死体が2つ、廊下に並んだ。血臭が濃厚になる。空気の淀んだ地下では、気分が悪くなりそうだった。 突然、レンが上着を脱ぎだした。あちこちが痛むだろうにそんなことをするものだから、時折顔を顰めている。一度止めたが、それでも構わずに黒い上着を脱ぐと、ラスティに差し出した。 「彼女に、掛けてあげてください。友人の死体を見るのは、辛いでしょうから……」 上着を受け取ると、騎士の死体のほうへと向かう。鎧を着ていたせいだろうか、身体の損傷はそう酷いものではないように見える。むき出しだった顔を除いて。 顔はすっかり潰れていた。とても見せられたものではない。 ラスティは頭部がしっかり隠れるように死体に上着を掛けた。 「うっ……」 傍にいたアーヴェントの身体がふらりと揺れる。 「おい」 腕を掴んで身体を支えるが、傷に触れてしまったらしくアーヴェントは顔を顰めた。悪いと思いながら、まさか倒れさせるわけにもいかないので、身体を支えてやる。 「悪ぃ、貧血」 壁に背を預けてアーヴェントは座り込む。瞼を閉じ、荒い呼吸を繰り返していた。 「とりあえず噂が本当だったことは確認できたわけだ」 そう言って悪態を吐く。辛そうに見えるが、その原因は怪我だけではないようだった。やがて、呼吸が落ち着いてくると、アーヴェントは傍らにあった合成獣の死体に手を伸ばした。 「ごめんな……」 そっと合成獣の毛並みを撫でる。言葉もなく、ラスティはそれをじっと見ていた。 合成獣を造ることが禁じられている理由がわかるような気がした。人の都合で造られ、人の都合で操られ、人の都合で死んでいく。人に弄ばれるだけの一生。その所為の在り方は、あまりにも悲しすぎた。 合成獣の背を撫でるアーヴェントは、己に近しいものの末路を見てなにを思っているのだろうか。それを自らの手で招いたことで、なにを感じているのだろうか。 視線を落として、先程手放した剣が転がっているのを思い出した。ひとつひとつ拾って鞘に仕舞う。 それにしても、まさかこんな形でアスティードを使うとは思ってもみなかった。世界を滅ぼした破壊の剣。これを振るったとき、いったいどうなってしまうのかと思っていたが、いまのところはただの剣だった。剣を防ぐのに使ったからだろうか。 正直に言えば、ラスティは恐ろしかった。さっきみたいにやむを得ない理由でこの剣を使い、それで自分が望んだ以上のことが起こってしまうことがあるのではないかと。なにも起こらなかったことにほっとしつつも、こんなことがもうないようにそっと祈った。 ――いつまでこれを持っていればいいんだろうか。 手にしたときから厄介事ばかりを連れてくるこの剣をそろそろ手放してしまいたかった。アリシアに押し付けてくれば良かったかと少し後悔する。 [小説TOP] |