第18章 アリシエウスの陰に


  3.

「合成獣の実験に使えそうな場所?」
 珍しい客を連れて帰ったレンに、ラスティは訊き返す。レンはテーブルに座って、菓子の残りに手を伸ばしていた。不穏な話に、向かいに座っていた母が眉を顰めるが、口を開くことはなかった。
「具体的にどのような場所だ」
「まず、広い場所。これは絶対だな」
 応えたのは、その珍しい客アーヴェントである。東の果てにいる魔族の青年がこんな西側まで来たのに随分驚いたものだ。だが、なによりも驚いたのは、魔物嫌いのレンが一緒にいたこと。特に言及はしなかったが、その心境は複雑なはずだ。大嫌いな魔物に近く、しかし人間のようにも見え、なにより彼が殺した姉に最も近しい存在。
「合成獣を造るには、何体もの動物が要る。その動物たちを飼育する場所が必要になるからな」
「それから、建物は頑丈である必要があります。実験の際には、動物たちを鎖やなんかで繋いでも、檻に入れたまますることはできないんです。もしものときに動物たちが逃げないよう、強固な壁が必要となります。それに、防音効果も得られますから」
「広くて、強固な壁の建物……」
 部屋に置いてきた市街図を脳裏に思い浮かべながら心当たりを探してみるが、思い当たる場所がない。
「あるいは地下に在ってもいいんだけど」
「と言われてもな……」
 そう付け加えたアーヴェントの言葉に、ラスティは溜息をついた。
「アリシエウスは国としてだけでなく、都市としても規模が小さいほうだから、城と聖堂くらいしか大きさを自慢できる建物がない。他に疑えるのは、貴族たちの屋敷くらいだ」
「貴族、ですか……」
 レンは真剣にその考えを採用し始めているようだ。貴族なら容易に場所を確保できるだろうし、財力もあるから費用も賄える。疑うに無理はないだろう。
「しかし、何処かの邸宅から動物などの鳴き声が聞こえたという話も聞かない。動物の声を完全に遮断できるような厚い壁を持った家もないはずだ」
「地下室はどうだ?」
「どうだかな。地下室のある家は在るだろうが、いったいそれがどれなのかはわからない」
 気候が穏やかなこの国は、地下室を必要としない。雪は降るが極寒と言える土地ではないし、建物を吹き飛ばすような風が頻繁に訪れることもない。あったとしても、せいぜい酒や食物などの貯蔵庫としてしか使われているくらいだろう。
「手詰まり、か……?」
 アーヴェントは脱力したように、テーブルの上に身を伏せる。
「怪しいところは片っ端から忍び込む……は時間がかかっちゃいますしねぇ」
 レンは行儀悪くも頬杖をつきながら菓子を食べている。2人そろって他人の家であるというのに、自由すぎた。母が不快に思っていないか心配になりそっと窺うが、特に何とも思っていないようでほっとした。
 為す術もない状況に、3人が肩を落とした。
「いったいなんの話をしているんだ」
 遠く扉のあるほう。いつの間にか、ラスティの父ラクトスが立っていた。
「あら、お帰りでしたのね」
 父は母に頷いてから、鋭い視線でラスティを見下ろした。
「またつまらんことを考えているわけではなかろうな。なにを考えているかは知らんが、あまり家の恥になるようなことをするようなら、承知はせんぞ」
 ラスティは返事をしなかった。まさしく家の恥になるようなことであったからだ。それに、父への反抗心も少し含まれている。
「なあ、ラスティの親父さん。ここいらで動物がたくさん居そうなところに心当たりはないか?」
 初めて会ったばかりだというのに、挨拶もなしに気安い調子で声をかけたアーヴェントに父は眉を顰めた。年下に見える彼に、敬う念もなく話し掛けられたのが気に入らないのだろう。真剣に取り合ってくれないのではないかとラスティは警戒したが、予想に反してそのようなことはなく、
「動物? それなら、街の外に家畜がたくさんいるはずだ。街中にも犬猫の類ならいくらでもいる」
 それでも、不親切な返事だったが。
「そうではなく……」
 ラスティは迷った。どう説明するべきか。大規模な実験を行える所、とでも言えば良いのか。それとも、長くなるがきちんとはじめから説明しなければならないのか。
 悩んでいると、父は何か思い出したようで、視線を上に向けながら呟いた。
「……そういえば、最近王城に運ばれる食糧がやけに多かったな」
「城……?」
 父の不可解な言葉に、ラスティは眉を顰めた。
「城の者の食事の分では? クレール側から何人か来ていると聞きましたが……」
 と問いただすが、父は否定する。
「いや、それとは別にだな。それこそ家畜でも飼っているのではないかというくらいの量だった」
「それだ!」
 アーヴェントが指を鳴らして立ち上がった。
「まさか、城で……? 確かに地下もあるし、ハイアンが亡きいま、城はクレールが利用しているらしいが……」
「じゃあ、なおさらじゃないですか! 広くて、壁が厚くて、地下もある。食糧を大量に仕入れていて、その上クレールの使用下ある。探りを入れる価値はあると思いますよ!」
 興奮したかのように、レンは捲し立てる。
 城の地下を思い出す。確かにあそこは広い。さっきは考え付かなかったが、研究施設にもってこいの場所ではある。レンの言う通り、探りを入れる価値はあるだろう。
 ――城で合成獣、か。
「降りるか? 親父さんからも止められていることだし」
 信じたくない気持ち、汚された城を見たくない気持ちをアーヴェントにどうやら感じ取られたらしい。アーヴェントとレン、そして両親全員の注目がラスティに集まる。しばらくその気持ちと葛藤し、ラスティは首を横に振った。
「……本当にアリシエウスで合成獣が造られているのだとしたら、放っては置けない」
 にっとアーヴェントは微笑んだ。ポン、とラスティの肩を叩く。
「そんじゃ、早速今夜あたりに行ってみようぜ」



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