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 「夜明けが近いな……」
 月が沈み、星明かりも暗くなった頃、グラムがぽつりと呟いた。薄明を前にして広い広い沙漠の真ん中に佇んでいると、世界が暗黒に包まれてしまったような錯覚に陥ってしまう。隣に立つ仲間の姿もおぼろげ。
 このまま行軍を続けるのは難しそうだ。
「よし、朝が来る前に休憩すっか」
 はーい、と返事をして、リグたちは荷物が下ろした。荷を解いて毛布と燃料を引っ張り出す。グラムが周囲の石を集めて作った竈に燃料を放り込むと、リグが魔術で火を点ける。
 あっという間にキャンプができあがった。行動が早い。
 8人で小さな火を囲んで座る。沙漠の夜は寒く、とても焚き火だけでは暖をとれない。動いているうちはまだいいが、立ち止まればたちまち寒さに襲われる。全員毛布にくるまって、なんとか耐えていた。
「なんか食う?」
 グラムの質問に、皆首を横に振った。深夜前に食事を取ったので、そんなに空腹でもない。
「じゃあ、早々に休むか。見張りを決めるぞ」
 グラムとリズが一番手。ラスティとリグがその次。そう決定すると、はじめの2人を残して全員が地面に横たわる。
 礫が多い沙漠は、ごつごつとして寝心地が悪い。このまま寝れるのかと一瞬心配になったが、杞憂に終わった。
 昔、木の上で寝てたのは伊達ではない。

「ラスティ」
 肩を揺さぶられ、微睡みの中にいたラスティの意識が浮上する。
「起きて。交替」
 リズが眠そうに目を擦って、ラスティの身体を軽く叩いている。仕方がなく目を開けると、乱暴にも服の襟元を引っ掴んで起こしに掛かった。慌てて上半身を起こす。
 それを見るとリズは満足そうに頷き、それから寝るなよ、と念を押してから自分は毛布にくるまった。よほど眠かったのか、髪が汚れるのを全く厭った様子がなかった。
 突然起こされた所為か、ラスティはぼうっとしたまま起き上がった態勢で座り続けていた。
「茶ぁ、いるか?」
 掛けられた声に一気に覚醒した。火の前でリグが鍋を取り出している。今回の見張りの相方は、きちんと起きているらしかった。
「くれないか」
 茶でも飲めば、意識もはっきりするだろう。
 お湯が沸き、茶を煮出し、中身をカップに移されたものが差し出される。それを有り難く受け取って、中身を啜る。温かさが胃に沁みる。
「異常は?」
「ないな。というより、お前のほうが見えるだろ?」
 リグは眼鏡を掛けている。普段は掛けていないが、見張りのときや遠くを見る必要があると眼鏡を掛ける。街中や戦闘で支障はないのかと不思議に思うのだが、まあそこはなんとかなる、といい加減な答えが返ってきた。本当にそれでいいのか、それとも本当にどうでもいいのか。
 因みに、ラスティの視力は視力は人並みだ。一行の中で視力が抜群にいいのは、レンとグラム。海育ちと草原育ちの2人だ。
「ここがどんな場所だか知ってるか?」
 唐突にリグが切り出した。
「……いや」
 ただの沙漠にしか見えないのだが。
「ここは、かつての戦乱の中心地。アリシアが剣を振り下ろした場所なんだそうだ」
 はっとして、ラスティは自らの腰元に視線を落とした。そこには、起きたのと同時に佩いた2本の剣がある。1本はラスティ自らの剣。もう1本は、女神アリシアが使ったという破壊の剣アスティード。
 あとから作られた赤い鞘に納められたその剣は、かつての伝説など忘れたとでもいうように大人しい。
「世界が終わった場所。多くの血が流れた場所。大昔の文明が亡くなった場所。
 ここが沙漠なのは、そうなるべくしてなる環境だったからじゃない。アスティードの所為だ。文明だけでなく、生態系や世界の仕組みまで破壊した力の影響を大きく受けてしまった。創造神の力をもってしても、この辺りの破壊の残滓を消すことはできなかったんだろうな。結果、ここに生命は生まれず、魔力は淀んでしまった」
「魔力が、淀む?」
「所々で、おかしな風に溜まっているんだ。溜まった水はいずれ濁るように、魔力もまた淀んでいく。あの傀儡死体、あれはその結果だよ」
 昨日戦った動く死体を思い出す。死体を動かしてまるで生きているように見せる術は存在するが、ただ魔力が存在しているだけでも死体が動くことがあるのだそうだ。条件は、魔力が水溜まりのように溜まっていること。
「だがな、不思議なことに、アスティードは全てを破壊し尽くしたわけじゃない。どういうわけかは知らないが、この砂礫の下に旧世界の文明の遺跡が眠っているらしい」
「……世界の全てを破壊したというのに?」
 不思議なことだが、これにリグは頷いた。
「まあ、でも思い返せば世界崩壊の話には不思議なことばかりなんだ。無形であった“世界”は破壊されているのに、有形の人間やその他の生物は、数を減らせど残っている。それこそ、新しく文明を作り直せるほどに。大地や海、空といった、形として認識される世界もだ。総てがリセットされたわけじゃないんだよ。
 となれば、過去の文明の遺跡が残っていても不思議じゃない」
 過去――今の世界の前、旧世界の遺跡。アリシアが世界を破壊する直前まで、酷い戦乱があったと伝えられているが、その戦争の最中やその前は、いったいどんな生活が営まれていたのだろうか。
「どれだけ発掘されたんだ?」
 それだけのことがわかっているのだ。少なからず建物が見つかっているはずだ、と期待して尋ねてみたのだが、
「1つも」
 これは全く意外――というか、おかしいだろう。
「あるとわかっているのに?」
「偶然旅人に発見されて、それを聞いて調査に乗り出そうとしたら埋まってた。次はいつ現れるのか、他の場所にもあるのか、そもそもどれくらい眠っているのかもすべて土の下」
 もしかしたら、俺たちが座っているこの下にあるかもな。そんなことを言われてしまうと、そうなのではないか、妙な期待をしてしまう。
「なかなかロマンがあるだろ。それとも、こういう話は好きじゃない?」
「……面白いとは思う」
 不愛想、無表情、と評されるラスティだが、一応それなりの好奇心は持ち合わせている。そうでなければ、幼馴染に振り回されたりなどしない。
「退屈しないようでよかったよ。暇だからな、見張りは」
「どんな生活をしていたんだろうな。ここの住人たちは」
「アリシアにでも訊いてみたらどうだ?」
 このときは馬鹿なことを言うな、と笑い飛ばした。





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[T0P]


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