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「いらっしゃいませー、あぁ店長。お疲れ様です」
「…店長はあんただろ」
「あはは、そうでした。あと30分ちょっとで閉店ですけど、よろしいですか?」
「あぁ。エスプレッソ」
「はい、かしこまりました」
「それから何か、甘い物」
「甘い物ですか?えーと、うちはケーキが三種類…あ」
「?」
「今日ケーキ終わっちゃったんでした…すみません」
「そうか。まぁ閉店間際だしな」
「あ、そうだ。試作品でよかったらありますよ、ケーキ。召し上がってみます?と言うか是非試食にご協力をお願いします」
「試作品?…って、もしかしてそこで焼いてるやつか」
「はい、あれは試作3号です。2号がまぁまぁうまくいったのでちょっと量を増やして、常連さん達に明日試してもらおうかと」
「…ケーキと言うより厚焼き卵に見えるんだが」
「あ、あはは…急に思い立って作り始めたもので、道具も材料も色々足りなくて…型が無いのでオーブンで焼かずに、角形フライパンで焼いてしまいました。これなら型のかわりになるかなと」
「横着な奴だな…。フライパンで焼けるもんなのか、ケーキって」
「強力粉のかわりにホットケーキミックス使ってますからね」
「おい、それじゃあただのホットケーキだろうが」
「いえいえ、ここから変身するんです。完成品の2号を見ていただければ分かりますから」
「…まぁいい、出してみろ、食ってやる」
「ありがとうございます。では先にエスプレッソどうぞ、お待たせしました」
「ん」
「さて、じゃあ3号のホットケーキ…いやブリオッシュはいったん置いといて、と」
「ブリオッシュのかわりにはならないだろホットケーキは…」
「あ、いけない生クリーム!すみませんすぐ出来るので、もう少々お待ちください」
「あぁ」
「…あのー、生クリームは機械がやってくれるので、その間に3号用のシロップ作ってていいですか?」
「いちいち断らなくていい、勝手にやれ」
「ありがとうございます。よいしょ」
「おい」
「なんでしょう?」
「何だその一升瓶は」
「日本酒です」
「…シロップ作るんだよな?」
「ええ。あれ?ご存知ないですか?サバランっていう、お酒を使ったシロップがたっぷりしみてるケーキ…あ、お酒駄目でしたっけ?」
「いやサバランは知ってるし酒は別に平気だが…、あれに使うのはラム酒だろ。いくら材料が無いからって」
「いえ、ラム酒はありますけど」
「…あえての日本酒なのか」
「この前東北に行ったっていうお客さんから、ウイスキーボンボンならぬ日本酒ボンボンをいただいたんです。それが結構おいしくって。チョコでいけるならケーキもいけるんじゃないかなと」
「妙な事思いついたもんだな」
「えーとお酒は200cc、砂糖は30gぐらい…を混ぜて」
「…適当…」
「普段ケーキなんて滅多に作りませんからねぇ、お店のケーキは商店街から仕入れてますし」
「なんでもいいが、食えるもの出せよ」
「もちろんです。よし、軽く沸騰させたらシロップ完成、っと」
「〜酒くせえ!」
「あったかいうちはどうしても匂いきついんですよね」
「おい…本当に食えるんだろうな…」
「大丈夫大丈夫。はい、これを3号の生地にどーん」
「…うぇ」
「と、こんな感じでサバラン完成です!」
「どう見てもただの酒臭いベシャベシャなホットケーキだろ」
「はい、それではホクホクにお酒臭いベシャベシャでボロンボロンなホットケーキを」
「おい、認めるのか」
「しばらく冷蔵庫で冷やした物がこちらの2号です」
「…うん?」
「時間をおくことによってシロップが生地に馴染み、脆さは多少マシに。お酒の匂いも冷えて落ち着きます」
「確かに臭くはないな…」
「適当な大きさに切ったものをお皿に盛りつけて、生クリームもできましたので一緒にのっけて…はい、お待たせしました」
「…」
「味見は済んでますのでご安心ください」
「…まずかったら口直しの一杯はサービスしろよ」
「あはは、分かりました」
「…、ん。…」
「いかがでしょう」
「……まず見た目が汚い」
「あれっ、味以前の問題」
「焦げ目やら崩れた部分やら、切り落とすなりクリームぬるなり、客に出すならもうちょっとなんとかしろ」
「は、はい」
「それから、食感にムラがある。固くてシロップがしみてない所があるんだな…いくら普段作らないとは言っても、仮にも飲食やってる人間ならホットケーキくらいちゃんと焼け」
「うっ、はい…すみません…」
「…そこら辺直せば、まぁ合格だな」
「え」
「案外いける」
「ほ、ほんとですか」
「あぁ。ムラはあるが、うまく焼けてる所はシロップがよく馴染んで、しみ出す食感がいい」
「よかったー、ありがとうございます!」
「あとこの酒、冷えるといい風味だな。あんまり日本酒っぽくない」
「そうなんですよ、ほんのり甘くて、りんごかパイナップルみたいな果物系の匂いですよね」
「それでもアルコールの癖は残るが、クリームと食べればそんなに気にならない…無理矢理ごまかしてるとも言えるが。好みの分かれそうな味だが、まぁ嫌いじゃない」
「…おぉ…」
「…なんだよ」
「いえ…まさかこんなに真面目に評価していただけるとは思ってなかったので…」
「はあ?その為の試食だろうが」
「あはは、そうなんですけど。すごく参考になります、ありがとうございます。いやぁ、流石店長…」
「だから店長はあんただろうってのに」
「エスプレッソ、もう飲んじゃいましたよね?一杯サービスしますよ」
「いや、口直しがいる程じゃなかった。それにもう閉店だろ」
「表の看板しまっちゃえば平気です。お時間大丈夫でしたら、是非どうぞ」
「…じゃあキーマン」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい」
「クリーム」
「?」
「クリームがちょっと甘すぎる…気もする」
「あぁ、はい。それは店長用のクリームですからね、お砂糖多めです」
「だから店長は…、…、なんだ俺用って」
「今日はとにかく甘い物が食べたいのかなと思ったんですけど。違いましたか?」
「…あ?」
「遅い時間にいらっしゃる事はよくありますけど、この時間に飲み物以外の注文されるなんて珍しいですし、大抵しっかりメニューを見てから注文されるのに、今日は座るなりいつものエスプレッソと、漠然と『甘い物』だったでしょう。とにかく糖分!って感じで」
「…」
「あとそのー…いつもよりちょっとお顔がお疲れっぽいです。最近あんまりいらっしゃいませんでしたし、忙しかったんだろうなー、で、そういうお疲れの時は人間糖分が欲しくなるもんだよなー、と」
「…客の観察は大事だが客本人にあんまりベラベラ喋るのはどうかと思うぞ」
「う、は、はいっすみません!」
「…まぁ、接客業はそういう観察が面白いんだけどな」
「あ、そうなんですよね、読みが当たって喜んでいただけると、すごく嬉しいです」
「読み通り誘導して限度いっぱい毟りつくして、地下に落としてやった時とかな」
「はい、物騒な話は私聞こえません、紅茶蒸らしてる間に看板しまってきますね」
「フン。ま、今回の読みは当たってたな」
「ふふ、それならよかったです」
「あぁ。よくやったみょうじ」
「・・・」
「なんだ、店長が褒めてやってんだぞ。もっと喜べ」
「え、いや、喜んでます、て言うかうわあなんでしょうこれは、すごく嬉しい、じわじわくる」
「なんだそりゃ…。あぁ、そうだこのサバラン」
「? はい」
「やっぱりちゃんと型使って焼け、あのフライパンは駄目だ」
「あはは、流石にいい加減過ぎますよねぇ」
「あれは…村上に見える」
「…あれ?店長酔ってます?」





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