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「市川さーん、肉まん買ってきましたよ、お茶入れて一緒にどうですかー」
「…あぁ、そう言やお前がいたな。いい所に来た」
「? どうかしたんですか、歓迎されるなんて珍しい」
「それは預かる」
「あ、はいどうぞ。でも冷めちゃったと思うんで、あっため直した方が」
「いや、お前はその前にこれだ」
「なんですかこれ」
「見りゃ分かるだろう」
「雑巾とバケツ…あぁ、大掃除ですか」
「縁側と廊下と玄関、それから台所の床がまだだ」
「…拭けと」
「川田の若いのを何人か寄越してもらってたんだがな、駅前の事務所で騒ぎがあったとかで、みんなそっちに駆り出されちまった」
「あぁ、すれ違った黒塗りはそれだったのかな。師走に忙しいのはどこも一緒なんですねぇ」
「あそこの事務所は金貸しだからな、むしろ今の時期がいっとう忙しいんだろ」
「取り立てに走り回るってやつですか?それって昔の貸金屋さんの話じゃありませんでしたっけ」
「さあなぁ。ま、年越す前にさっぱりしておくにこしたこたねぇだろう。と言うわけで頼んだぞ」
「わー、きれいにまとめてきましたね…分かりましたよやりますよ、市川さんも手伝って下さいね?」
「なんだ、案外素直だな」
「玄関の紙袋、正月飾りでしょう。早く掃除済ませて今日中に出さないと、一夜飾りになっちゃうじゃないですか」
「へぇ、お前さんでもそういうのを気にするのかね」
「それに、年末年始入り浸るつもりの場所を掃除しておくのは自分の為にも当然と言いますか」
「おい」
「終わったら肉まん食べて、お節の材料買いに行きましょう。年越し蕎麦とみかんも」
「…本気で居座る気だな…」
「伊達巻黒豆栗きんとん、煮しめかまぼこなますにちょろぎ…焼き物どうしましょうか、鯛とかいっちゃいます?」
「鰤だけで十分だろ」
「え、じゃあ伊勢海老…とかは…」
「そうあれこれ揃えても食べ切れねぇだろう、雑煮だけでもいいくらいだ」
「エビ…」
「…なるほどお前、人の財布で贅沢しようって魂胆だな」
「う」
「毎度の事ながら卑しい奴め」
「お、お年玉はいりませんから」
「当たり前だ」
「掃除頑張りますし」
「ちょっと雑巾がけするだけじゃねぇか」
「うぅ、えーと、あー、お、お屠蘇用にいいお酒を用意します!」
「…」
「…」
「いいだろう、海老は許す。ただし焼き物はそれだけだぞ」
「やった!いっぺん食べてみたかったんですお節で伊勢海老!」
「ったく…、お前は来年もそんな調子なんだろうよ」
「一番いいやつにしましょうね」
「まだ言うか」
「長寿祈願ですよ、長寿祈願!」
「…あぁ、そんな意味もあったな」
「よーしそれじゃ、ちゃっちゃとお掃除しちゃいましょうか。市川さんは縁側お願いします、玄関と廊下と台所は私がやりますね」
「ちゃっちゃとやるのは結構だが、手を抜くなよ」
「もちろんです。ほらほら市川さん、今ならお日様あたってるから縁側あったかいですよ。早く終わらせて出かけましょうよ」
「分かった分かった」





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