dusk. | ナノ




「おい、食休みももう十分だろう。いつまでもごろごろしてねぇで、遅くなる前にさっさと帰れよ」
「……はーい…」
「…」
「…」
「…」
「痛っ?ちょ、みかん投げないでくださいよって言うかなんでそう見えてないのに何かと的確に当ててくるんです!」
「生返事だけで全然人の話を聞かねぇお前さんが悪い」
「そうですけど…もう、真面目に読書してたのに」
「珍しく本なんか読み始めたと思ったらこれだ。もうちょっとシャンとできねぇのか」
「だってあったかいんですもんこたつ」
「寝ながら読んで、目を悪くしても知らねぇぞ」
「…じゃあ起きます…あと2ページだけ読んだらキリがいいので、そしたら帰りますね」
「さっさとしろよ」
「はーい」
「…」
「……、よし今日はここまで!」
「しかし珍しいな、お前が読書なんざ」
「読書の秋ですからね」
「始める理由はなんであれいいこった。で、何読んでるんだ」
「『定番百選!初心者のための近代文学ガイドブック!著名作家の面白エピソードも満載!!』です」
「またえらく俗っぽいのを…そんなもん読書のうちに入るか」
「しょうがないじゃないですか、いざ何か読もうと思っても本なんていっぱいありすぎて、何読んだらいいか分かんないですよ」
「そんなもん、目についたのを適当に端から読みゃあいいだろうが」
「つまんないのだったらどうするんです」
「つまるつまらねぇの問題じゃねぇだろう、なんでも読んで見聞を広めるのがいいんじゃねぇか」
「まだそういう悟りの境地にはいたって無いです」
「そうかよ…、で、面白そうなのは見つかったのか」
「うーん、そうですねぇ、ざっと紹介を見た限りだと、『眠れる美女』とか気になりますね、あとは『布団』かな」
「…」
「はー、こたつぬくぬく…」
「…おい、何また寝てんだ」
「さて、帰る前にみかんでも食べますか」
「自堕落の極みだな」
「あ、ここで寝っ転がると、ちょうど軒先に月が見えますよ」
「月見はこの前しただろう」
「いやですね市川さん、いつだって月はきれいなんですから、何回お月見したっていいじゃないですか。三五夜だけ月を見るなんて、それこそ俗っぽいって言うんじゃないですか?」
「何分かった風な口きいてんだ」
「…あ、そうだ。市川さん市川さん」
「なんだ」
「えーと…、つ…」
「?」
「つ、『月がきれいですね』!」
「…わしは見えんがな」
「…」
「…」
「台無しです」
「そうかい」
「月が」
「あぁ」
「きれいですね」
「へぇ」
「……風流を勉強しろって言ったのは市川さんなのに」
「『著名作家の面白エピソード』か」
「うっ」
「覚えたての言葉をやたらと使いたがるのは、風流たぁ言わねえだろう」
「うぐ…」
「『愛してる』」
「うぐぐ…、…うぇえ!?」
「これっくらいポンと言え、情けねぇ奴だな」
「え、ちょっと待っ、げほっ、みかん変なとこ入った…!」





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