健全な夢は死んでしまった


向けられた手をふりほどこうとした先は一面に張り巡らされたガラス窓で、鈍い音が手から体に響いた。一人で住むには些か広すぎる部屋に私が入ったところでそれが変わることはない。子供にように隠れたり走り回れるスペースがこの部屋にはあるというのに、私はぴたりと窓に体を張り付け体を動かすことなく臨也と狭い距離の中で向き合っている。窓の外を見れば、まるで岸壁に立たされているような気分に襲われ、ガラス一枚の厚みは命綱なのだと思い、裸足に伝わるなだらかな感触は自分が生きていることを強く感じさせた。

「何か言いたいことがあるんだろう」

頬に重なろうとした手はゆっくり肩にまわっていくと外を向かされた。群がる灰色のビルにおもちゃのような車が道路を行き交って、揺れる電線の音が耳に聞こえてくるようでこめかみが少し熱い。

「このまま私を突き落としてもいいよ」

「君、死にたい人だったっけ」

「今なら何も怖くないと思ったから」

抱きしめられると電気が走ったようで、そこらじゅうから私の体は熱くなる。脳の神経まで火がついたみたいに、気分は情熱的だ。けれど、どうしようもなく憂鬱にもなっていく。

「熱でもあるの?」

「知らない」

「いつにも増して愛想のない女だ。たまにスーツケースの中に閉じ込めて放り投げたい気分に駆られるよ、俺は」

私の髪に顔を埋めながら吐かれるため息がくすぐったい。それから逃げるように私は窓にぴったりと体を近づけていく。一瞬の冷たさは、まとわりつく熱に追いやられてすぐに死んでしまう。

「放り投げる前にキスぐらいはしてほしい」

「それって余計に怖くない?」

「思い出にはなる」

「最後の別れのキスか」

口角からついばむように進むキスが落ちてきて、濡れた舌が歯に当たると私の肩は上がり何も怖くなくなる。この強いキスで私の気持ちが伝わればいいのに、もどかしさがほろ苦い。

「ねえ、もしかして君の中で俺は一番?」

「わ、分からない」

「やっぱり、君は後で放り投げよう」