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僅かな光源に照らされて、少女のきめ細やかな肌が黒と交わるのを嫌煙し浮き彫りになっている。
安らかな寝息を立てて眠っている少女、アリスの傍に佇む一人の青年。
彼のゆったりとした黒の神官服、腰まである髪は全て黒だ。
「本当、よく似ている」
脳裏に一人の人間を思い描き、男――魔王は苦笑した。
かつて、魔王がまだ魔王ではなかった頃の話。
人間からすると、遥か遠い昔の話。
アリスによく似た少女の姿は、魔王の記憶に鮮明に焼き付いていた。
参ったなと独りごち、魔王は後頭部を掻く。
「随分とご執心なことで」
皮肉めいた声が魔王の耳を打った。
眉を顰めて振り返る魔王。
「お前……帰って来ていたのか」
「城が幾度となく半壊していると風の噂で聞いたものですから」
物陰で、肩を竦める衣擦れの音が鳴る。
淡々と返ってくる柔らかい声を受けて、魔王は再び苦笑した。
「お前に頼みたいことが山ほどあるんだよ」
口調を一転させた魔王は踵を返し、部屋の出入り口へと向かう。
「面倒ですね」
「何か言ったか?」
「いいえ?」
部下の口から溜息が漏れるのを聞いて顔を顰めるも、はぐらかされる魔王。
「幻聴が聞こえるとは魔王様もさっさとお休みになられた方がよろしいのでは」
投げやりな男の気遣いに思わず眉根が寄った。
「もっかい旅行行ってこいよ。地獄巡りなら許可出すから」
扉に手を掛け、魔王は努めて明るい声で提案した。
「私が行くと着く直前で閉店になるのですが」
不覚にも閉口して考えあぐねる魔王。
「……お前旅行という名目で何やってんだよ」
「観光ですよ」
搾り出した問いにあっさりと答えられ、再び閉口する。
「まあいいか」
考えることを放棄した魔王は、手に力を込めて扉を開けた。
「ついて来てくれ。資料が別のところにあるんだ」
魔王が真剣な顔でそう言うと、微かに衣擦れの音が先程とは別の箇所から響いてきた。
それを聞き届け、一歩扉をくぐった魔王は振り返る。
「――安らかな休息あれ」
優しげな声音は届いたのか否か。
少女は表情を和らげ、寝返りを打った。
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