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【小ネタ:1】
そろそろ飽きてきたベッドの上からの光景。膝を抱えてぼんやりしている私の平穏が打ち破られるのは、いつも突然である。
「なあ、アリスちゃん」
相変わらず無味乾燥な黒い部屋に馴染んでいる黒い魔王さまは、神妙な顔付きでおもむろに話し掛けてきた。
「脱いでいい?」
「消えて」
ぼんやりと吐き出されたその言の葉を確認することなく、私は脊椎反射で言葉を返す。今、なんと宣いやがった魔王。少なくとも乙女の前で口にするようなことではあるまい。
いつもと変わらない調子でわざとらしく涙ぐんでいる魔王さまは、私の冷めた視線に気付いてえへっと笑った。気持ち悪い。
「冗談だよ、冗談。いくらアリスちゃんとはいえ、分別くらいはするし」
気に食わないその物言い。
「どういう意味ですか」
自然と声が低くなるのを自覚する。
「いやさ、いつもお前って男物の使用人服とかを好んで着てるだろ?」
ほら、なんて私を意味ありげに見、やっと私の放つ殺気に気付いた魔王さまはさりげなく視線を逸らした。余計に腹が立つ。
「だからあんまり意識しないっつーか……それ以前に殺やられそうというか」
はっはっは。
私と魔王さまの間に生まれた、ひやりとした空間に私達の乾いた笑い声が虚しく響く。
そして、沈黙。
「魔王さま」
居心地の悪い時間を破ったのは私。
こめかみが引き攣るのを覚えながら無理矢理笑顔を繕い、胸の前で両手の平を合わせた。
「ごめん、マジごめん。頼むから武力行使はやめませんかアリスちゃん」
詠唱なしで不可視の力を圧縮させ始めた私を見て、焦り始めた魔王さまは笑顔を面白い具合に凍り付かせて口早に言う。
……後悔するくらいなら言わなければ良いのに。
「魔力行使ですよ、お間違いなく」
そう答えつつ合わせていた両手の平をゆっくりと離すと、黒い空間には異質な白い光が生まれ。
久しぶりに、心が沸き立った。
太陽の如く光るそれは暖かく、慈愛に満ちており。
「……待て。それは待ってくれ」
目を見開いた魔王さまは強張った声音で私に呼び掛け、右手を軽く振るう。
部屋の壁がそれに呼応し、煌めいた。
勿論、手加減はするつもりだけど、デリカシーのない魔王さまが悪いわよね。
「待ちません」
地獄の沙汰で反省しなさい。
ひっそりとほくそ笑み、私は光を解放した。
「召喚」
私が呟くのと同時に、魔王さまも何事か叫ぶ。
が、それは耳に届かず。
力が抜けていく中私は充足感と疲労を覚え、真白の世界で目を閉じた。
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