本当に母さんは達海に弱い。

 スーパーの文具コーナーでぼんやり佇んでいた奴を拾い、年甲斐もなくぎゃーすか騒ぎながら帰っていたら偶然にも仕事帰りの母さんに会ったのよ。

 そしたら達海の野郎そそくさと母さんに近づいてさ、耳元で何事か言ったらあら不思議。本日の晩御飯はおでんではなくキムチ鍋になりましたとさ。ちゃんちゃん。

 「里美、食わねーの?」

 目の前に盛られた橙色の液体に浸かっていた白菜やら諸々を、こたつでぬくぬくしながらお茶碗とお箸握って眺めていたら既にご飯が二杯目に突入している達海がキムチ鍋の具を口に入れてもふもふしながら話し掛けてきた。

 む、我が家の家計を省みず育ち盛りの少年の如き食欲を毎日披露するあんたには気を遣われたくないんですが。いつ運動してるんだ全く。これで太らないから羨ましいというか小憎らしいというか。

 「……今日は食欲ないんです!」

 実際には少々違うが、そう言い切れば達海は徐にお箸とお茶碗を置くとこたつからのそのそ這い出て私に近付いて来る。

 ……えっと、なんだこれは。この小説は確かギャグやラブコメにすら属せないゆるゆるぐだぐだな小説なのではなかったであろうか。

 「風邪? ……でもなさそうか」

 おでことおでこの皺と皺を合わせてぴったんこ?

 「……はい?」

 突然のことに頭が回らない。いや実際ぐるんぐるんしたら困るけど! それただのホラーだからねほら!

 里美は混乱している! ……じゃないよ落ち着け私!

 「ええええええっと大丈夫ですかそこのお兄さん」

 「お前の方が大丈夫に見えない俺の目は異常ですかお姉さん」

 ずざざざーっとスキーヤーも吃驚な速度で後ずさった私と中途半端な腰が痛くなりそうな姿勢でぼんやりしている達海が微妙な距離で繰り広げる微妙な会話。なにこれ。

 結果的にこたつから出てしまった私。正直に言ってめっちゃ寒いです。

 「入らねえの?」

 いや、あなたがそこにいるから入れないんです。

 がくぶるしている私を暫く眺めていた達海は諦めたのか飽きたのか疲れたのか。緩慢な動作で元の位置に戻って行き、キムチ鍋の中身の消費を始めた。

 やっぱりあんた、どこぞのおっさんにしか見えないんですが。

 「誰がおっさんだ」

 「あ、聞こえてた?」

 あらやだ。次からは気を付けないといけないわねおほほほ。

 愛想笑いを一つ零し、愛しのマイこたつに戻りつつ私は取り敢えず食べることに専念することにした。

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