時間帯が丁度混み時だったのか、レジはどこもかしこも人、人、人。

 一瞬戸惑ってしまったが取り敢えず、突如現るマナーの悪いおばちゃんに鉢合わせする前に私は一番端の列に並ぶことを決意してそこに滑り込んだ。

 達海はどこに行ったろうかと目を走らせれば、ふとあるものが視界に入る。

 『バレンタイン特集! 〜貴女の想ひアノ彼へ〜』

 …………おお。

 「明日バレンタインなんだっけ」

 今思い出した。かも知れない。

 「……見なかったことにしよっと」

 呟くや否やレジの順番が回ってきたらしく、片手で持つには少々重たく感じる籠をレジの台に乗せた。

 気のせいだと思いたいけど、レジのお姉さんの顔が引き攣っているような。

 「……どうかしましたか?」

 「い、いえ! 何でもございません失礼しました!」

 何故か硬直していたお姉さんに話し掛けると、我に返ったのか彼女は焦った様子で商品にバーコードを通し始めた。

 その様子を私はぼんやり眺めて、小さな画面に表示されている数字を眺め、また彼女に視線を戻し。

 俯き加減に手馴れた様子でカタカタとレジの文字を打っているどこかで見たことあるポニーテールの美髪の持主は、理知的な銀のフレームの眼鏡をかけていた。

 「ちいちゃんじゃない」

 「気付くの遅いわよ」

 随分と脱力した表情で、ちいちゃんこと矢部千秋さんは「以上でお会計三千六百七十四円になりまーす」と付け加えて今度は笑顔で私を見る。

 えっと、そのタイミングで微笑まれると「はよ金出せやゴルァ」にしか見えないんですけどね? え、見えないって? いやいやいや彼女の前に立ってみんしゃい。鳥肌もんですよ。

 「おきゃくさまー?」

 可愛らしく小首を傾げて言っても駄目駄目ダメだめ! すっげー怖いですから千秋様! ねえ、あなた『営業スマイル』というやつお店のマニュアルに書いてないんですか!? スマイルゼロ円!!

 「里美、魚の真似っ子なんかしてないで早く。後ろつっかえてるんだから」

 脅迫スマイルのまま千秋はパクパクと口の運動をしていた私に小声で囁いた。

 「あっ、なんだー。それならそうと早く言ってよ千秋さん」

 あらもういやだわー。私また母星(こたつ星)に帰ってたのかしらうふふ。

 とりあえず、我に返った私は手に握っていた巾着からきっちり折りたたまれた千円札数枚と小銭をじゃらつかせながら取り出す。

 脅迫的な笑みを浮かべたままの千秋の徐々に眉が顰められる中、鼻歌まじりに私はとんとんとお札の上に小銭を置いていった。

 あ、一円足りないし。

 「……里美」

 固まる私を見て千秋が呆れ半分に声を掛ける。

 「ごめん、これでお願いシマス」

 五円玉が欲しかったのになー、なんて思いながらお金を差し出せば我らが千秋様は手際よくレジを打ってお釣りを取り出し、「有難うございましたー」なんて極上のスマイルゼロ円を細かいお釣りと共にわたくしめにも下さった。

 そのまま籠を持ち去ろうとすれば「今晩メール送るね」という千秋の囁き声が耳に届き。

 私は了解の意味をこめてひらりと一回だけ掌を振った。

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