今。


 浮かれ気分の輩と。


 勉強で目を血走らせている輩の二種類が、教室を徘徊していた。




 そう。今日は“ばれんたいん”当日。

 足取りが浮ついている女子生徒は恐らく桶川目当てと思われる。時折「きゃ〜」とか言いながら結果報告をする女子も多い。


 興味ないっつーの。


 と去年までは笑ってられたが、今年は少し事情が違う。

 私は今、恋をしているらしい。
 (自分で言ってて恥ずかしいけど)

 ふとそんな風に感じ始めたのが秋の初めだ。

 顔を合わせる度に、妙な息苦しさを覚えるようになった。

 そのことをちいちゃんに伝えると、「それは恋だね。」と断定されてしまい、告白しろとも言われたのだが、二ヶ月程経った今でも未だ伝えられていないという現実。

 周りから見ると、「さっさとくっつけやボケ」と思う位もどかしいに違いない。


 ………そして、私の文に覇気がないのは、正直言って、告白するべきか迷っているからだ。


 『告れ!』と諸君は言うだろう。
 しかし、言おうにもなかなかタイミングが合わないのである。

 それこそマンガのような世界だ。

 教室で二人きりになってしまった時、告白をしようと決心した瞬間、青山先生が入ってきたり、体育館倉庫に閉じ込められて仕方なく桶川に助けてもらって、ちょっと「いい雰囲気?」の時にもちいちゃんが心配して迎えに来てくれたり。


 とにかく告白してないのである。

 もう授業は終わり、男女一喜一憂する時間となったが、桶川は丸一日女子に追いかけられてばっかりで、会話を交わした記憶はほんの数回だ。

 「はぁ・・・・・どうしよう」

 「溜め息なんてついちゃって。恋の力って偉大ね。」

 「人が真剣に悩んでいるときに茶々を入れないで下さい。」

 「あぁごめんごめん。つい、ね。」

 ウインクまでつけて返してくるちいちゃんには脱帽するしかない。

 多分、一生勝てないだろうなぁ。
 この人には。

 「それで、桶川君には告白した? …ってしてたらそんな陰気な顔してないか。」

 残念。とちょっと悔しそうに言うちいちゃんは、さりげなく彼氏持ちだ。

 幼馴染の『あっくん』とか言ってたっけ。

 「おい、千秋。帰るぞ。」

 いつの間に側にいたのか、あっくん、こと和泉 篤史(イズミ アツシ)は単調な物言いでちいちゃんに告げる。

 桶川も愛想の悪いところがあるが、あっくんの愛想の悪さは天下一品だ。

 けど、そんな彼も『going my way』なちいちゃんには勝てないとか。

 ある意味羨ましいカップルであることは間違いない。


 ………って何考えてんだろ私。


 そよそよとちいちゃん達を見送って、意味もなくほけーっとしてると、急に視界がかげり、聞き慣れてしまったあの声が上から降ってきた。

 「・・・冗談はさておき・・・・・・なんか用? 桶川。」

 「自分で言ったことを冗談で済ますのかお前は。」

 人の質問を質問で答えないで下さい。先生。

 無言で目を逸らすと、いつかの日のような見事な茜色の空が目に入る。

 それを見て、腹を括った私はバックを持ちながらこう言った。

 「…さて、帰るとしますか。桶川も早く帰らないとまた女子共に捕まるよ。」

 私の揶揄に苦笑いを浮かべる桶川。

 「それより俺に渡す物があるんじゃないでしょうか? 赤坂 里美さん?」

 「ないね。」

 カクリ、と今年何度目かの桶川のバランス崩しに、思わずガッツポーズをとる私。

 「私が何を誰にあげなきゃならんのでしょーか」

 あくまで棒読み風に問いかけると、桶川はニコリと笑って

 「赤坂が、チョコを、俺に。」

 ……一文節ずつ区切って丁寧に教えてくれましたとも。えぇ。

 「どこまで自信家なんだお前。」

 「アンドロメダ星雲辺りまで。」

 うむ。桶川のボケにも磨きがかかってきたな。

 …って奴を褒めてる場合じゃない!

 「・・・その心は?」

 某有名番組風に問いかけると、うーんと桶川は思案し、こう答えた。

 「赤坂 里美さんが、俺のことを好きなんだなぁ、と。」


 …………………。


 ……ワタシハナニモキイテイマセン。ってなわけで。


 「…さぁかーえろっと!」

 「待てよおい。」

 そう言って帰ろうとした私を見事な運動神経で私の右腕を掴み阻止する桶川。


 ちぃっ! 折角逃げ切れると思ったのにな! ちぇっ!


 少々捻くれた思考回路の中、急に真面目な顔つきになった桶川に対抗するように睨みつけた。

 誰もいない気まずい雰囲気の中、桶川は静かに言葉を続ける。

 「訊くけどお前のその鞄の中に入っているやつはなんだ?」


 …………バレた?



 「あははっ」

 「『あはは』じゃない。」

 内心の動揺を隠しつつ空笑いすれば、すかさずツッコミが入る。

 じゃあ……

 「ほほほっ」

 「『ほほほ』もなし。…ついでに言うと『ひひひ』も『へへへ』も全部なし。」

 「う……」

 先回りされ、不覚にも言葉に詰まる私。

 …ていうか仮にも(あくまで仮)美男子が真摯な表情で『不気味笑い声シリーズ』を言葉にするなんて、これを聞いた世の奥様方全員鼻血出して倒れてんじゃ……

 「それ、で。赤坂。」

 「はいっ」

 私の思考を強制的に現実に戻した桶川の声で、不思議と身が引き締まる。

 ――ここでボケたら一生恨まれそうだなぁ……

 そんなことをボンヤリと思いつつ、目の前の彼を眺める。

 「お前さぁ、ほんっとどこまでが天然なんだよ。」

 「…………」

 呆れた口調で話し始めた桶川の話に私は黙って耳を傾ける。

 「…まぁ愚痴を言うのは一応やめておくが……再度訊く。俺に言いたいこと、及び、渡しておきたいものは?」

 確信めいた表情の桶川にそう問われ、私は裁判官に容疑の有無を直接訊かれた被告人のような気分を味わった。


 …………ふぅ


 重苦しい空気の中、私たちは睨みあい、お互いに小さく息を吐く。

 なんだかいたたまれなくなって、夕日に染まった桶川の顔から目をそらし、うつむく。

 「…好きです。」

 なんとなく、そんな言葉が口を突いてでた。

 しかし………恥ずかしいじゃねぇかこんちくしょう。
 ていうか『告白した』というより『敗北した』気分だよおい。

 まぁ桶川が無言というわけで少々後味苦いが小さな声だったし、聞こえてないだろう。


 「不審者出たら危ないんで今度こそ帰る。」

 このチャンスを逃すわけにはいかない!
 世界名作劇場が私を呼んでいる!

 …と思っているわけではないが、やはり落ち着かない。
 こんなときは養命酒でも飲んでグッスリ寝るのが一番だ。

 だが、目の前にいるコイツはそれを許さなかった。


 「俺も好きだよ。里美のこと。」

 僅かに苦笑ともとれる微笑を浮かべ、ずっと掴んでいた右腕への力を緩める桶川。


 聞こえてたのかよ。
 と内心毒づくが、それ以上に、悔しいことに、嬉しさのほうが勝っているという恐ろしい現実に気づき、思わず金○先生のところに駆け込みたくなってしまう私。

 色んな意味でショートしかけている思考回路にまた桶川は手榴弾を投げ込んできた。

 「それで、里美、チョコは?」

 やっぱり確信めいた表情、というよりも不敵に微笑んでいる桶川は、恋人からのチョコを楽しみにしているというより、ただ私を嘲弄して遊んでいるとしか見えない。

 ……よーし、そう考えればなんか復活してきたぞー。
 赤坂 里美様をなめるな!


 「一応あるけど。
 一、甘くないチョコレート(わさび醤油風味)。
 二、賞味期限五年ほど過ぎたガー○チョコ(アーモンド入り)。
 三、ちょっと間違って多めにあるものを入れてしまった危険な香りのするチョコレート。
 どれがいい?」

 一つ一つ鞄からラッピングされた箱を取り出していると、桶川がとてつもなく奇妙な表情でその様子を見守っていた。

 例えて言うならば、嬉しいんだけど恐ろしい、みたいな。

 「…本当にその中から選ばなきゃいけないのか?」

 何かに怯えているかのような声色で、桶川は口を開いた。

 「まぁ冗談はよしとして。右から順番に正しい中身を説明するとだね、ワトソン君。」

 「なんでいきなりホームズになるんだ。」

 桶川のツッコミは無視して。

 「この小さい袋はちいちゃんが草津に行った時のお土産。
 この真ん中の青い袋が誰かにあげようと思ってて忘れてた謎の物体X。
 左の少し大きめなのがあんたのファンがあんたに渡しといてくれと言って去っていった置き土産なんだな。」

 「…右からせんべい、ガー○チョコ、マフラーってところか。」



 ご名答。…けど一つだけ違うんだなぁ。これが。


 「ブッブー。ガー○じゃなくてダー○だよ桶川。」

 ご丁寧に正解を言ってやると、しめた、とばかりに桶川は笑みを見せる。

 「へぇ。そうなんだ。じゃあそのチョコ、俺に頂戴?」

 「嫌。」

 「なんで?」

 小首を傾げて尋ねてくる桶川。
 つーかあんたはぶりっ子女かっ!?

 いつもは冷静にボケられる私だけど、放課後に二人きりというシチュエーションがまずかった。

 しかも相手は桶川。うまく逃げられるかどうか…。

 「おぬしにくれてやるちよこれいとなどないでござる!ていやっ!」

 「うわっ」

 私が投げた青い袋のチョコレートは見事桶川の顔面にヒットし、私は将軍から無事逃げられたのだった。

 ちゃんちゃん♪



 (まだ続くよ!)



 『後日談。』


「まぁあんたも晴れて彼氏ができたってことで、受験も終わったし、パーッと彼氏共も入れて騒ぎますかぁ!」

 「ちいちゃんテンション高いよ。し・か・も! 達海は彼氏でもなんでもないったら!」

 受験が終わったってことで浮かれ気味なちいちゃんは、私の抗議を受け付けることなく桶川を呼んだ。

 「何?矢部呼んだ?」

 眠たそうに欠伸雑じりに返事をした桶川に、ニヤリと笑んだちいちゃんはこう述べた。

 「なんかね。里美があんたのこと『彼氏じゃない』と言ってたんだけど、その否定された彼氏としてどう思いますかね?桶川検事殿。」

 何で『検事』なんだ、とツッコミを入れるが二人には無視され、桶川が何事か考えつつ口を開いた。

 「へぇ。こいつがそんなことを、ね。」

 楽しげに口を歪めて彼は言うが、目が笑っていない!

 底知れない戦慄に冷や汗が流れるのを自覚しつつ、否応にも逃げられないこの地獄絵図を誰が想像できようか!

 鬼二人に囲まれ、プルプル震えていると、また楽しそうな声色で桶川は言った。

 「じゃあ今度一人でオバケ屋敷にでも入ってもらお……」

 「いえすいませんわたしがわるぅございました!
 これからは否定なんぞ致しませんからどうかこの通り! お代官様!」

 途中で言葉を遮り平謝りすると、あっけなく桶川は了承した。

 ちいちゃんはというと、私のあまりの必死さがツボだったのか、腹を押さえて大声で笑うのを我慢している。


 これが、私と桶川の、日常だ。



 …………多分。


 (オワリ)


―――――→(あとがき的な)
 ご拝読頂き有難うございます!
 この話は四年前の話なので、今の私から見るとスッゲーグダグダです^^;
 でも愛着のあるキャラたちだったので敢えて殆ど修正をせずに載せました^^
 最後の里美がお化け屋敷がどうのこうののシーン。
 「肝試しは平気だったのになんでだっ!」と思う方が大半でしょうが、この場を借りて説明すると「里美は人と分かっていれば平気。けど、妖怪は駄目」という人物なのです。
 これを読んでくれた大半の友人から指摘されたことなので、きっちり説明させていただきました^^;
 …他にも展開が早いなどのご指摘を賜る予感がひしひしとしますが、なんせ昔の作品です。
 生暖かい目でスルーしてください(笑)
 ほんっとに訂正したいんですよ。
 でも、作風が壊れてしまうのが勿体無くてやらなかったのです。
 さてはて楽しんで頂けたでしょうか?
 画面の向こうでクスクス笑っていただけたのなら、私としては大成功です(笑)
 ちょっぴり笑いたくなった時、また読んでいただけたら感服の極みです^^
[20100224]



bkm
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