※夢主と扉間がいかがわしいことをしている

▽ ▲ ▽


 他族との婚礼が推奨されている現在、里の中で特に居住区を割り当てることはしていなかったが、うちは一族は自然とひとところに固まって住まいがちであった。うちはマダラは、彼が以前一人で住んでいた郊外の屋敷に勝手に住み始めたので、こちらもそれを宛がおうと思っていたため静観した。その屋敷周辺には素早く暗部の人間が監視のため潜伏し、そこに続く道では彼と子どもがしっかりと手を繋いでいる様子がしばしば報告された。
”まだ子どもだから、手を引いているんだろう。”
”いや、あれは子どもの方から手を伸ばしているのであって、マダラがすき好んでそうしているわけではない。”
 正否の分からない噂が立っては消えて、煙のように二人の関係は掴みどころがない。だが扉間はその右手に妙な生々しさを覚えてしまい、まさかと頭を振って邪念を消そうとした。思い込みは正確な判断を鈍らせる。術の研究者の一面ももつ扉間にとって、偏った視点を取ってしまうのはあまり良いことではなく、それ以降その二人について考えるのをやめていた。
 ……だが、どうだろうか。
 今になって思えば、この二人に感じたおぞましい違和感は核心を突いていたのかもしれない。
「……っ」
 背中を襖に押し付けるが、もうこれ以上下がれない。どうやら、この幻術にかかっている最中扉間に許された行動範囲は”この十畳の部屋の中”であり、更に付け加えれば、”術中にある限り彼女の行動を阻止できない”。
 小さな手が扉間の襟首に伸びて首に触れ、ぺたり、と掌を押し付けて、絶妙な触れ方でゆっくりと上下に撫でる。
「解」
 片手印を組み、三度目の解術を試みるがやはり解けた様子はない。鯉が跳ねて、女子の手の動きは止まらない。
「なぞなぞに答えなきゃ解けないって、言った。あの千手扉間に使うんだから、わたしだって、普通の幻術は使わない」
 彼女は扉間がどうにか後ろへ逃れようと崩した膝の上に跨って、どっしり腰を落としていた。膝にかかる全体重のあまりの軽さと、温かさが、得体のしれない子どもの実年齢を、ひしひしと容赦なく伝えてくる。
 彼女の言ったなぞなぞは、こうだ。
”わたしがここに来た理由はなんでしょうか”
 それは先ほど自分で言っただろうと、まず答えた。だがそれでは間違いだと言う。子ども曰く、この幻術は、術者が設定したある特定の言葉を言わない限り永遠に解けない仕様だ。だが、永遠に解けないような強力な幻術をこの年の子どもが使えるとはは思えないので、恐らく、彼女のチャクラが切れるかこの屋敷に誰かが訪れるかすれば解けるだろう。そう思った最初、扉間はあまり焦らなかった。
 そうしたら、子どもは扉間の身体に抱き着いたのだ。性の歓びを知っている顔で無邪気に笑って、舌をぺろりと伸ばして、唇の周辺を舐め上げて、そのあと軽く啄むように接吻した。こうなっては………、
「仕方あるまい、なぞなぞに付き合ってやる。だから一旦その手を止めろ」
「いや。だって……扉間ってかっこいいんだもん、せっかくだしキスしたいな。それとも、すぐにやりたい?」
「オレは、お前とまうぐわうつもりはない」
「いいよ、最初だからそう思うんだ。きっと何度もすれば、扉間もしたくなる……多分。えぇっと、そうなって欲しい……」
 彼女は、そこで何故か耳を赤くして気恥ずかしそうに視線を逸らし、再び両手で扉間の身体をそっと刺激しはじめる。齢12にしてこのように、いかがわしく淫靡な真似ができるのは明らかに異常であるから、彼女にこれを教え込んだ人間がいるという事実に自然と意識が向かってしまい、一瞬で導き出した答えに心底ぞっとなった。
 まさか、これを教え込んだのはマダラなのか?
 想像するだけで胸糞悪くなり、自然と表情は険しくなる。この子どもを叱ろうとか、怯えさせようという思惑はなかったが、どうしても反射的に顔を顰めてしまう。
「質問は許されているのか?」
「あー、ヒント?いいよ」
 では、と最初の質問をしようとして、「年上には敬語を使え」とついサルたちにするように口を挟み、小言を言った直後に”俺はこの状況で何を言っているのだ”と己に呆れかえった。彼女は「だってー」とにやにや笑う。嫌な予感がする。
「扉間はわたしのお父さんだもん。敬語は使わない」
「父親?……養子になりたいということか」
「違う、違う」
 身体に、べったりとしがみついて、服の上から赤い舌をチロチロ出す。湿気でしっとりした黒地の上から、唾液が染みを作り、だんだんと濡れる布をちゅうちゅう吸っている。チャクラを一気に放出して幻術を吹き飛ばそうとするが、やはり叶わない。子どもを押しやろうとする腕も動かない。
 糞。ああ分かったとも、真面目に考えてやる。
「……俺はお前の父親ではない。理由は二つ、俺は子どもを作ったことがない、そしてうちは一族の人間とも性行したことがない」
「反例一、あなたは女と”アレ”をしたことがある。二、うちは一族でなくても写輪眼を持てる」
 予想外に正確な答えが返ってきたので、自分の服を捲りあげて腹掛を捲ってその下に顔を突っ込み胸板を舐めている子どものことを忘れて、しばし考えに没頭した。
 なるほど確かに、俺は女とまぐわったことはある。だがその相手の幾人かは死に、1人は遊女であった。経験があって、なおかつ行方の知れない女が実は身ごもっていた、という可能性は否定できない。この年頃の子どもがいてもなんら可笑しくない。
 子どもは、少し不機嫌な顔で服の中から顔を出し、「この服、やりにくい」と呟く。容易に前を解けるような着物であればよかったのに、という意味だろうが、マダラも同じように筒状の服を着ていたはずだ。
「俺がお前の父親とはどういう意味だ。マダラに、そう教わったのか?」
「そのままだけど?」
「お前の母親はどうした、マダラとは何歳で知り合った?何故行動を共にしていた?」
「もー、こういうときはあんまりペラペラしゃべらないものだって、教わらなかったの?」
「いいから答えろ……」
 草色の袴の上から子供の手が陰部を掴み、やわやわと揉み始める。兄と同じく、いにしえより脈々と続く熱く豪放な千手本来の血を扉間も受け継いでいたものの、とびきり冷静沈着であるのが売りだったので、どんな状況においても顔色を乱すことが少ないが、それでもこのような状況は未だ嘗て想定したことがなかった。まさか、この年になって年端もいかぬ女子に襲われることになるとは。
「わたしのお母さんは、叔父さんと会ってすぐに死んだ。6歳のときだった。何故……、うーん、わからない。わたし一人じゃ生きていけないから一緒に旅してた」
 要領を得ない。
 少なくとも、この子どもは6歳まで母親と一緒にいたし、母親はマダラをよく知っている人物であったようだ。でなければ、俺が秘密裏に放った追い忍の追跡からも逃れて行方知れずだったあの男と、そう簡単に接触できるはずがない。
「質問を変える。……裏では、お前の父親はうちはイズナではないかという話が上がっている。うちはイズナは知っているか?」
「知ってる。叔父さんの……マダラの弟」
 下履きに手がかかり、「やめろ」と唸ったが子どもは両腕を使ってそれを引きずり下ろしにかかる。長い髪がさらりと垂れる。ああ、仮にこれが俺の娘だったとしたら、兄者の面影を持つ顔にも得心がいく。だがそれはつまり、俺の娘がマダラに犯されたということであり、今まさに俺もそうされつつあることになる。悪夢だ。
「単刀直入に聞こう。マダラはお前とまぐわったのか」
「うん。9歳のときからずっと」
「下衆め……!」
 奇妙な運命もあるもので、今柱間や扉間が修行をつけている6人の子どもたちと、目の前の子どもは同い年である。だからこそ、このような子どもに無体を働く人間がいるという事実、そしてそれがよく知った人間であるということに吐き気を催した。マダラは、非常に危うい存在であったが、決してそのような男ではないと思っていた。
―――いや、あり得ない。扉間は熱を逃すように細く息を吐いて、頭の中から動揺を消し去る。
 マダラが女を、それも子どもを、力づくで襲うとはどうしても思えない。弟を失ったうちはマダラは、自分の命と一族全てを賭けて兄者に挑み、兄者を殺すか、それとも殺されることを願っていた。兄者は理解していなかっただろうが、『自害するか弟を殺せ』と言ったマダラの真の目的は、堪忍袋の緒が切れた兄者にとどめを刺されることであったのではないか……と、実は考えている。
 そのマダラに、今更執着するものがあるとは思えないのだ。であれば一体なんだ?なぜ、兄者を追うことを諦めたマダラが、こんな女子を側においていたのか――イズナの子どもだから、と考えるのが一番自然だ。
 だがそうだとしたら、例え”どちら側から誘ったにしても”、犯したという結果に結びつかない。マダラに、一般的常識を求めるのが間違っているのかもしれないが、忍としてならば最低限同じ感性や考え方を持っていることは分かっているので、常識的に考えるとそこが矛盾する。
 この子どもはイズナの娘なのか、それともまさか俺の娘なのか。
 扉間は浅い息を漏らした。萎えた陰茎を子どもの小さな手が弄って、緩く広げた下肢の上には黒髪が扇状に広がっている。目を背けたくなる情景が目の前に広がっていては、快感など沸き起こるはずもなく、ただ鬱陶しいほどの緑の湿気が喉を圧迫する。頑丈に鍛え上げられた身体と、四十数年を生き抜いてきた精神力のおかげで、吐き気を催すほどの情景であったとしても冷や汗一つかかないことが幸いだった。あとはただ、一体どうすればこの状況を打破できるのかと、冷静に考えるのみである。
「もうよせ。……見た目では分からんだろうが、俺は四十を過ぎている。ましてやこんな状況で勃つわけがあるか」
「えぇ〜……叔父さんは勃ったのに。大丈夫だよ、あの人より若いでしょ?」
 否、今まさに胃が痙攣した。
 だいたい、写輪眼を用いた高等幻術の中で思考するという行為が既に間違いだ。幻術は、かかったら五割の確率で殺される。残り五割の部分は、その幻術の完成度で割合が大きくもなるし小さくもなる。よってうちは一族の写輪眼は、一度嵌ったらどうしても解けないので、死ぬ可能性がぐんと跳ね上がると言われており、扉間も幾度かかかりかけたが直ぐに対処して完全に術中に嵌ることを避けてきた。
 一度かかってしまったら、術中の五感全てに干渉するだけでなく、彼らはその思考にすら割り込み操ってくる。”幻術にかかっている最中、己が己であると証明することはできないのだ。”
 そうか――扉間は得心する。今このように思考していても、それ事態がこいつの思うつぼだ。つまり、このなぞなぞに意味はない。
「俺がお前のなぞを解くことはできない。今が幻術の中である以上、俺は俺の思考に確信を持てないからだ」
「うぅーん、なかなか隙のないこたえだね。おとうさん」
「、」
 陰茎に、僅かだが熱がこもり初めて、ぼうっとした感覚が下肢を侵食していく。ふぅ、と長く息を吐いて熱を逃がすと、すぐにそれは落ち着いた。
「お前は、」
「名前で呼んで」
「……シオン、お前はマダラにこれを指図されたのか?この幻術をお前に教えたのも、マダラなんだろう」
 シオンは黒く艶やかな髪をかきあげて、一旦手の動きを止めた。額に細かい汗が滲んでいる。首の間から見えるこぶりの胸は白く、日焼けした皮膚との境目にくっきり跡がついている。その腕や足に、蔦のような苔色の模様が浮かび上がり、ぞぞぞ、と皮膚を這って身体に絡みつく。
「これってなに?この幻術のこと、それとも交合のこと」
 幻術の中の幻術か。本当に写輪眼の使い方がうまいらしい。うちは一族でない人間が、こんな風に写輪眼を使いこなせはしないだろうから、やはりイズナの娘か……。
「この幻術の方だ」
「……わたしはなにも、指図なんてされてないよ。この幻術かけたのもわたしだし、その中で扉間にこういうのやってるのもわたし」
「そうか」
 なるほど、分かってきた。だが答えまではたどり着かない――正直、早く答えてしまわないと、己の尊厳が守れなくなる予感があり焦りを覚えた。シオンは性戯が上手い。
 シオンは下履きを元に戻しすと、襖によりかかっている扉間の上半身によじ登るようにして腰を跨いで座った。そして、扉間の顔に口を吸い寄せて、ふ、と押し付ける。
 この際、シオンが誰の子どもかという問題は横に置いておこう。
 まず、『幻術の中で俺は俺に確証を持てない』と言ったにもかかわらずこれを続けるということは、シオンは確かに、なぞなぞに応えて欲しいと思っている。
 次に、『マダラには何も指図されていない』ということは、シオンは進んで俺とまぐわいたがっている。ただ性的な快感を得たいだけなら、ここまでしないはずだし、それこそこれを教え込んだマダラとすればいい。また、性交したがる人間のうちほとんどが、それを手段や代償とすることが多く、12歳の身体では性交そのものを最終目的とすることはできないだろう。
 そうだ――何故、なんでも思うが儘の幻術の中で、わざわざこの内容を選ぶ?俺を足止めするだけなら、ここまでしなくてもいいはずだ。
 
 つまり、これの真意は足止めではなく、シオンが性交によって求めている何かである。
「シオン、俺と何がしたい」
「…………」
 べたべたと身体に纏わりつく手が止まり、唇が離れた。どうやら答えに一歩近づいたらしい。
 シオンは、素直で健康的な眼差しをふと下に落として、眉を僅かに下げて俯いた。今まで、彼女の動きを阻害しようとする以外に腕を動かそうとしてこなかったが、髪を梳いてやろうと思って手に力を込めると、先ほどまでのがんとして動かない手枷のような拘束力は消えて何支障なく動く。
 墨のように黒い、よく手入れされて艶のある髪に指を絡めて、そっと胸に引き寄せる。彼女は身を委ねて胸に頭をつける。
「まぐわいたい」
 もそもそ、と呟いて、小さい腕が背中をぐるりと回って、肩甲骨から背骨をつたってするりと撫で降りる。彼女の動きと同じように、シオンの背中に手を当てて、とん、と優しく触れてやると、彼女は脱力して気持ちよさそうに目を閉じる。
「我儘を言うな。お前のそれは、朝起きたくないとか、まだ食べたい、というのと同じこと。人間の持つ三大欲求だが、双方の合意がなければできん」
「でも……我慢したくない。慣れちゃったし、触ってないと不安だし、寂しいし」
「……何故、マダラではなくオレに?」
「だってマダラは…………、」
 慣れたから我慢が難しいということは、もう今はマダラとできなくなったと捉えられる。
 マダラが里に来たからできないということか?マダラに拒絶されたのか?だいたいマダラは何故こんな子供と……ああいや、いい。もうそこはいい。
「ねぇ、やってくれないの?だめなの……?」
 彼女の手が蔦のように伸びて、扉間の手を絡めとり、彼女の下肢に導く。抗えない力によって手が下履きの中に誘導されていくのを堪えながら頭の中で答えを形にする。
”わたしがここに来た理由はなんでしょうか”
 答えは――
「”うちはマダラが死ぬから”」
 そう答えた瞬間、長い睫毛に彩られた彼女の瞳が見開き、朱に染まった。基本巴の模様がぐるぐる回る。勾玉は小さな輪っかになり、それぞれを繋ぐ弧は直線に変化する。写輪眼の一段階上、万華鏡写輪眼。
 急激に視界が暗くなり、虫の鳴くりんりんという音が聞こえてきた。涼しい風が部屋に入り込み、開け放たれた襖の向こうは橙色に染まっている。木々が揺らめき雨の香りを巻き起こす。
 梅雨は嵐に、白昼は夕暮れに。
 子どもは、卓袱台に対して直角に、膝に拳を置いて姿勢正しく座っている。黒目がちな瞳を緩めて、そこから透明な雫がぽたりぽたりと滴っていた。



 第一次忍界大戦が開戦となり、瞬く間に二か国との間で戦いの火ぶたが落とされた。その頃扉間は、感知タイプの戦闘員としての役割のほか、研究者としての一面も持つようになっていた。里をおこす際どうしても確認しておきたい様々な謎を解明する必要があったので、なるべくしてなった立ち位置だったが、術の開発や研究という仕事は存外己の肌に合っている。
 本格始動した研究活動には、里に参画する名だたる忍一族からも、有能な者を取り立てた。一族ごとにそれぞれ秘伝忍術を持っているため、それを丸裸にされるという行為は文字通り、里に向けて喉を逸らして恭順の姿勢を取ることと同義である。視方によっては踏み絵の如きその申し出に、苦汁の顔を浮かべるものたちも何人かいたが、次第に激化する戦況が彼らの首を「肯」と言わせた。あいにく、研究材料も実験体も腐るほどあったので、里設立以前ならば金銀財宝よりも貴重な死体の数々が、裏山で採れるキノコのようにふんだんにふるまわれた。
 惜しみなく提供された情報により研究は驚くほどスピーディに進み、予てより構想のあった新術は次々と形になって、戦場で猛威を振るった。今まで正確に観測されたことがなかった魂の輪郭を明らかにしたし、それを応用した忍術を開発し、最低限の犠牲で敵陣営に多大な被害を与えることができた。目まぐるしい日々の中で、扉間はひとつの真理を知った。
 正しき知性と正しき研究の地盤には、在ることの証明が必ずついてまわる。逆説的に言えば、『ないことを証明する必要はない』。



 忍界大戦の折り、うちはマダラは、最も激しい戦地へと進んで赴いて、そこで鬼神の如き働きを見せ他里を存分に脅かした。里もそれを望んでいたので、マダラの出陣に一言の文句も出なかった。断崖絶壁を背に孤軍扇を振るい、乱舞する炎は有象無象を焼き払う。”さすがに死ぬんじゃないか”と他人事のように囁いたのはうちはの若者だったか。
 兄者は、微塵も、それこそ本当にまったく、マダラが死ぬことを予想していなかったらしい。あの男を殺せるのは自分だけだと高を括っていたのだ。事実、兄者はマダラを殺せた。恐らくは、本気で殺そうと思えば、いつでも殺せた。
 殴っても、蹴っても、炎を浴びせてもびくともしない兄者と違って、マダラは繊細な男だ。如何に鬼神と呼ばれようと、折り方を間違えたら脆いのがアレだった。扉間はそれを知っていたからこそ、是非とも”そちら側”に折れてほしかったし、マダラが里を出たとき既に、折れる方向は決まった、と判断した。あとは、そのやり方がどれだけ直接的か、間接的か、つまるところ勾配の問題である。

 兄者は、己が既にマダラの心を”そちら側”に折っていたことを知らなかった。

 五体満足の遺体が帰ってきたとき、柱間の消沈ぶりは酷かった。どんなに辛いことがあっても前を向き、決して内向的に閉じこもることをしない柱間であったが、それでも落ち込むことはある。よくマダラに”うざい”と一蹴されるアレが一つの雲だとしたら、その雲が大きく密集した巨大な積乱雲は、兄者の心に暗く深い驟雨をもたらし人知れず落雷を落とした。兄者は、マダラの亡骸を前に一晩閉じこもると、翌日は何事もなかったように執務を再開した。
 マダラの遺体はうちは一族の秘密をあぶりだす絶好の材料であったため、扉間はそれを山奥の実験室に保管した。しかし、両目の写輪眼についてシオンが黙っていないと思ったので、抉り出して瓶に詰めると彼女の前に並べた。
「お前はこれを欲しがるだろうと思って持ってきた。無論、渡すためではない。最低限の義務として、これを譲渡できない説明をするためだ」
 シオンは里に来たときよりも幾分白くなった顔で、うっそりと黒髪の間からこちらを覗き込む。彼女は現在謹慎中の身だった。
 なんせ、マダラの遺体を前にした兄者に対し、よくもまあそれほどの罵詈雑言を一気に吐き出せたものかと思わんほどの、ありとあらゆる無礼な言葉を投げつけたからだ。その場に居合わせた、様々な役職の老若男女が、ぎょっとなって暴れる彼女を引きずり部屋から連れ出した。
 この薄情もの、とか、無能、甲斐性無し、屑、とか、とにかくそんなだった。
「それはいらない」
 彼女と何度か床を共にした際、扉間はいろいろな悲哀の表情を見たことがある。今日のそれは、そのどれも叶わないような白さだった。マダラを愛していたと宣っただけあって、悲しみはひとしおであるようだ。
 それが家族愛なのか、異性愛なのか、性的倒錯なのかは分からないが、6歳のときから連れ添ったと聞けばそれもしょうがないことだと、俺も思う。
「わたしはもう眼を持っている」
「どういう意味だ?」
 畳に座るシオンは、たおやかに身体を倒して扉間に頭を預ける。兄者によく似た黒髪を、俺が梳くのを待っている。
「マダラはもう死んでるの。前からずっと知ってた」
「……、………まったく、お前との会話は遅々として進まん。お前、本当に俺と会話する気があるのか」
「でもちゃんと喋ってくれなきゃだめだよ。お父さんでしょ」
 そっと笑みを浮かべて伸ばされる両腕をぎこちなく受け止めて、胸に抱いて安心させるように背中を撫でると、頬に接吻が落とされる。求められるがままに、それに答えると、彼女はほんとうに嬉しそうににこにこ笑う。
 扉間は彼女を引き取って、文字通り子どものように育て始めた。シオンと扉間、そしてマダラの間に何があったのかと周囲の人間はいぶかしみ、兄者ですら驚いたが、扉間はそれを誰にも言うつもりはない。ただ一言、マダラの横っ面を殴ってやれなかったのが悔しいが、死んでしまっては仕方がない。
 目下一番の不穏分子は去り、残ったのがこの不安定で歪な子どもだとしたら、いつ爆発するかも分からない爆弾を里に内包するよりかはずっと気が楽なのだ。そう思い込むことで、扉間は、彼女と過ごす夜を受け入れることにした。
「昔、マダラが夢の話をしてくれたの」
 快感と情熱が過ぎ去ったぬるい布団の上で、小さな子どもがぽつんと昔話を始める。扉間は、ぐったりと疲労した身体が睡魔に連れ去られないよう気を張りつめながら「夢?」と聞き返した。義理固く、兄譲りの頑固さも持っていた扉間は、父親代わりをすると決めたのならば子供の要求には応えるべき、と思っている。
 シオンは情事によって乱れた扉間の着物の隙間に身体を挟み込んで、こくりと頷いた。
「夢の世界に行きたくないかって……。この世は地獄だと思わないか、お前は父に会いたくないかって。でも、わたしは全然言ってる意味が分からなかった……マダラは、いつも死にたそうな顔してたから、きっと夢の世界っていうのに行きたかったんだろうけど、わたしにとっては”そういうマダラ”を一生懸命繋とめることこそが、生きる意味だったから…」
 まるで過去の自分を一生懸命客観視しようとしているような、大人ぶった口調だ。忍にとって12歳という年は微妙で、女としては未成熟でも、精神的には立派な大人として数えられるから、”父親役”とまぐわってきたという事実が常識から外れていることに気付き、その理由をシオンなりに探しているのかもしれない。
「なるほど。……マダラは、お前が”自分の命の意義をマダラ自身に見出している”ことに気付いていたんだろう」
 ちり、と胸の中で鉄が擦れあい火花が散る。あの男、よくもやりやがったな。
「そう…………だからきっと、マダラは、わたしを生かしたかったんだと思う。それで…うまく言えないけど、わたしが夢の世界に行きたいと思うまで待ってるんだ………」
 しっとりと汗ばんだシオンの肌から漂う森の匂いが鼻をつき、扉間は鬱陶しそうに顔をそむける。実際、この子どもの背景や環境がどうであっても、これの面倒を自分が見る責任は全くない。扉間は今すぐに、彼女を戦争孤児たちがいっしょくたになって放り込まれている宿舎に突っ込んでいいはずだが、どうしてもそれができなかった。どうしても、そのあたりを突き詰めて考えることができない。
 土と水と、性の、馨しい匂いが充満する。今夜も、散漫とする意識の中に沈んでいく。
 後からこっそり血液を採取し検査した結果、彼女はうちはイズナの娘であると判明した。結果が分かるまで2カ月かかったので、その間に、彼女が誰の娘であろうともう構わない心地になっていたが、やはり実の娘を犯したことになるのは心境的にキツかったのでまずは安堵した。
 つまり、彼女の顔にどことなく兄の面影を見たのは扉間の見間違いということだ。シオン曰く、マダラは”何かの動物を探して山奥を旅していた”らしいが、彼が真に求めていた存在、追い続けた存在になろうとした結果が今であると考えれば、業腹だが、見間違うのも無理はない。
 なぞは解けた。しかし、近しいうちは一族の者に聞いても、彼女があの日使った幻術がどういった術なのかは判明しなかった。『イザナギに対抗する術があり、イザナミという。それに似ているが、今のオレではまだイザナミについて詳しく知ることが出来ないので分からない』との見解は、カガミのものだ。だが、その術の代償には失明があるらしく、シオンは失明していない。
 とすると、あれはあの日一瞬見た、基本巴ではない形の写輪眼――万華鏡写輪眼の特有能力だろう。13歳にして万華鏡を開眼するとは、マダラの血を引くだけあって恐ろしい才能の持ち主だ。しかし、万華鏡写輪眼は使えば使うほど失明のリスクが高まるとのうわさがあるし、急激に個を強くさせ精神的に追い詰められる傾向にある。
 あの瞳は、本当は誰のものなのか?
「うちは一族に対して、確固たる証明をしようというその姿勢が傲慢なのだ」とシオンは笑う。
 悪夢は森の中にいる。
 緑の匂い立つ子どもが「お父さん」と伸ばす手を、今宵も取って、あやすのだろう。


悪魔の証明

いないことを証明することはできないし、する必要はないという意味で使われがちな「悪魔の証明」ですが、元ネタは所有権の証明らしく、へーって感じだった。いないこと(死体)を証明することはできない=マダラの死体は即ちマダラの死を証明しない、という意味でこの題名にしました。

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