まだ春の鼓動を知らない

「失礼します、ウサギです。報告が遅れて申し訳ありません、只今戻りました」
「……ウサギか」

 ダンゾウ様がいつも座っていらっしゃる文机の前に片膝をつくと、二週間ぶりのダンゾウ様が小筆を硯に置いて顔をあげた。根の他の人間たちの言っていたことが本当なら、ダンゾウ様はわたしが戻ってきても嬉しくない……ということなのだが、さあこの表情はどう見ればいいのだろう。普通だ。いつもと変わらぬ冷淡なお顔。少し御痩せになったかな?気のせいか。

「左腕を落としてきたか。あの程度の任務もまっとうにこなせんとはな」
「申し訳ありません。この身体はわたくしの資産ではなく、根のもの、木の葉のもの。失った戦力は訓練と精進により必ず補填してみせます」
「当たり前だ」

 ダンゾウ様は立ち上がり、杖をついてわたしの前に立った。
 どうしたことか、いつもなら近寄られるのは嬉しいのに、退院前に聞いた根の人たちの言葉が脳裏をよぎる。もし本当にダンゾウ様に殺されることになったら、わたしは………辛くないだろうか。
 胸中で不思議な自問自答をしていたらついダンゾウ様から意識が反れたことを感じ取ったらしく「ワシの前で考え事とは調教が足りんようだ」と低い声で叱咤された。

「ッ!申し訳ありません……」

 調教……エロい響きだ!いや分かってるよ〜うそういう意味じゃないってことはね!……ダンゾウ様ってSかなMかな?あややNだっけ?L?グランデ?

「なんだ、申してみよ」
「あ、あの……ダンゾウ様は今回の任務でわたしを始末するおつもりだったと風の噂で聞きました。なので、結局任務は失敗だったと少し、不安で……」
「任務は確かに成功した」
「ホッ」
「ベストとは言えん結果だったがな」
「ひぇっ」

 うわぁぁぁ!やっぱりダンゾウ様の理想の成功図はわたしの命と引き換えの任務成功報告だった!く、苦しい……精神的ダメージが大きい…本当どうしたんだわたし。退院してからというもの妙にテンションが低いわたしらしくないぞ。
 しかし上げようと思って上がるものでもなく、なんだか失われた左腕が痛み出した気がして無意識に二の腕の切断面を抑える。

「痛むか」

 ダンゾウ様の前で傷を抑えるなんてなんたる無礼!すぐに手を離したが、まだ包帯の巻かれている切断面に杖の先端が押し付けられ痛みに悶絶した。やっぱりSだ!志村のSはドSのS!!

「ダ、ダンゾウ様……」

 あれあれあれ、本当にどうしたんだろう。涙がじわりと滲みお面の裏側にぽたりと落ちる。ぎょっとして顔の角度を少し縦にした……このまま地面を見ていたら目出し穴から涙が漏れてしまうっ!いつもならこれくらいで泣いたりしないのにどうして。ってかうわっ、あっ、また『泣くな!』って怒られてしまう今度こそ解雇されてしまう!
 心の芯まで響くような恐ろしい叱咤の声は、しかしダンゾウ様の口から飛び出すことはなく、下瞼に涙を溜めて上を仰いだ次の瞬間自分の耳を疑った。

「ウサギ、貴様ワシの小間使いをする気はあるか」
「ほ?」

 コマヅカイ……コマヅカイってなんだっけ。蟲使いみたいなやつ?

「左腕がなければ今までのような班編成では任務に出せん。以前と同じ働きが出来るようになるまで、任務から外れ訓練に専念してもらう。だがその際遊ばせておくわけにもいかんからな、つまり雑用だ」
「雑用?!?!」

 ……わたし、死んだのかな?こんな幸せって、天国以外にあり得るのかな?ああ、左腕の痛みとかもうどっか行った。ポーイってどっか行っちゃった。
 ダンゾウ様のお顔をもっとちゃんと目に焼き付けたくてじいっと凝視していたら顔を背けてしまわれた。

「いやったぁぁぁぁぁ!やったやったやった〜〜〜〜〜〜ッ!」
「…………受けるのか、受けないのか」
「はっは、はい!謹んでお受けいたします!」
「分かっているとは思うが前線に復帰することを第一に考えよ」
「はっ!格別のご配慮、誠にありがとうございます!いち早く復帰できるよう誠心誠意頑張ります!」
「詳細は追って伝える。下がれ」

 わたしは照れ照れしたまま退室した。
 雑用だって!ねえ、ダンゾウ様の小間使いだって!これがどんなに特別な采配か、難しくは分からないけど、多分かなり凄いことだ。でもなんで?!わたしダンゾウ様に嫌われて……じゃなかった、なんか、使えない奴認定されていたのではなかったか?!
 うぅ〜んなんでだか分からないけれど、とっても嬉しい。何せダンゾウ様は、どんなに優れて信頼できる部下でも絶対に私室には入れず、身の回りのことも全て自分でやっているくらいの筋金入りの人間不信だ。こんなことご本人に言ったら杖ででっかい穴を開けられてしまうから皆口には出さないけれど、でもこれは、根の間での常識である。根の人間には、拷問や尋問でダンゾウ様の情報を喋ることがないよう、舌縛りの呪印がかけられている。あれも不信のなせる業だ。
 だからそのダンゾウ様が小間使いを頼むなんてことは、絶対にありえないはずだった。



「ウサギか。腕の調子はどうだ」
「ダンゾウ様に班から外されたと聞いたが……まさか本当にこんな形での別れになるとは、」

 自室に戻る途中、地下通路で先輩たちの集団とすれ違った。誰が誰かは分からないが多分身長とか匂いとか心の白眼ですかした面の中とかで、多分顔なじみの先輩たちだと推測……てか碌に顔見てないのに顔なじみって言葉ちょっと面白いな。

「そうなんです!わたくししばらく部署異動でいなくなりますが、先輩たちのご活躍お祈りしております!」
「…………」
「ウサギ……」
「そうか、やはり異動か……お前とは長い付き合いだったな」
「お前はよく頑張った。ダンゾウ様は厳しいお方だからこういった処分も稀にあるが……お前の働きもどこかで里の為に、」

 ん?なんかこの流れは…

「あれこれわたし死ぬ流れ?!違います!先輩たちわたしがす〜ぐダンゾウ様に殺されると思っていらっしゃるようですが、まあわたしもそう思ってましたが、班を一時的に外されただけでまた戻ってきます」

 普通に別れを惜しまれているのかと思いきやとんでもない勘違いをされた。でも今のわたしは幸せで浮ついているので全然悔しくないし、怒ったりもしない。はぁ、明日からの仕事楽しみだなぁ!

「まずは療養して戦力を戻せとのことでした」
「療養……」
「一時的に班を……?」
「異動という名の始末かと思ったが違うのか?騙されてないか?」
「ちょっ失礼な!ダンゾウ様はそのような騙し方はされません。ちゃんと始末するときは始末しますって教えてくださいます!」

 先輩たちは狼狽えて、タイの活け造りのまだパクパクしてる口を見るような雰囲気でヒソヒソ話している。「こいつ分かっていないのでは…」「哀れな……」ちがうちがーう!
 え?違うよね?

「違いますよ…ほ、ほんとですよ?”始末書”っていうのもまだ書いてないし……」
「始末書?」
「それは任務失敗の後書かされる反省文や謝罪文みたいなものであって」
「”処分”の同意書ではないんだが」
「ええ?知らなかった……」

 ええい、不安になるからやめいやめい!
 わたしは心の中をリセットして脳内を幸せな空想に戻した。ダンゾウ様のコマヅカイだぞ?お茶入れたりー、墨を擦ったり?任務の指令書を保管したりするのかな?

「ふふん、それで、異動先はどこだと思いますか?」
「そういう話は他言無用だ。まだ根の教えが染みついていないのか」
「コンプライアンスはばっちりですので調節部屋だけはやめてほしい」
「ならばやすやすと任務や部署の話をするな」

 むー、しかしそういうことなら小間使いの話もできないな……。折角自慢しまくり散らそうと思ったんだけど仕方ない。


 
――一方その頃火影室。

「猿飛よ、そして今度ウチから一人貴様の側近につける」
「なんじゃと?」
「僭越ながらダンゾウ様、火影様の側近は火影様直々に決められるもので、」
「僭越だと分かっているのなら黙っていろ、暗部風情が」
「それでダンゾウ、どういう風の吹き回しだ」
「……適材適所だ」
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