夜明けの隙間を縫いとめて

 我ら根の本部基地に部外者はめったに訪れず、暗部の者であっても”根上がり”の者しか立ち入りを許可されない。それは三代目様が根についての一切を長であるダンゾウ様に一任しているからだ。しかしだからといって俗世に疎かったり、世間知らずでは暗部育成機関の名が廃る。
 ダンゾウ様が、わたしが生まれる数十年前に三代目様と火影の名を争い、人望の無さとタカ派で保守的なその思想の危険さも相まって負けたことは勿論皆知っていた。二代目様の護衛小隊として同じ時代を生きたご戦友であらせられる三代目様と、何故かウマが合わない……というかダンゾウ様の方から嫌厭しているのはそういうことなのだろうか?
 大抵10歳前後に根にくる人間は、アカデミーに通っていた経験がある者もおりそこで習うが、わたしのように幼少どころか2,3歳のころから根にいる者は、教育係の先輩から教養の授業を受けてそういう話を知る。

――以上の背景から里におけるダンゾウ様の心象はあまり芳しくないのが普通だ。
――え〜!おかわいそう!
――いや実際ダンゾウ様は極端な思想もお持ちだからな……それでなくとも我々は汚れ仕事が多い故、致し方ないことだ。
――じゃあわたしがダンゾウ様の理解者になって差し上げなければ…!
――ウサギ、何もダンゾウ様の賛同者が誰もおらぬわけではないし、お前のその構え方ではここには居れぬからどうにかしたほうが良いぞ。

 先輩は、「少なくとも我々の存在が三代目様に黙認されていることからして必要とされていることは明らかだ」と言っているが、あっという間に”想い人の孤独とそれを愛する自分!”という悲劇の構図を思い描きフワフワと二人だけの世界に入り込んだわたしには届かない。

――ダンゾウ様は二代目様に心酔していたのかもしれない。

 他の子どもより数段大人びていた声変りの早いその少年は、授業の後ぽつりとそう漏らした。
 心酔という言葉をまだ知らなかった6歳のわたしは自室に戻って辞書を引いた。

 【心酔】…心から慕って感心すること。また、夢中になってそれにふけること。

 心から慕って……?
 その時歴史が動いた。わたし→ダンゾウ様→二代目様という図式が脳内で完成した瞬間、高く聳え立つ恋の障壁に打ちひしがれた。
 ダンゾウ様を振り向かせることなどできるものか。二代目様の素晴らしさは小生よくわからぬが、あのお方がそこまで慕って夢中になるような存在がいるのにわたしに情を向けてくださるとは思えない。何より二代目様が既にご逝去なされていることがこの『→』を決定的なものにしていた。死してなおダンゾウ様の心を掴んで離さぬ二代目様とは一体……。
 わたしはその時、ダンゾウ様に愛してほしいという期待を捨てる決意をした。そして世の中には、”愛してない人にキスする人”という存在がいることを知り、ダンゾウ様をビッチにするぞ宣言を高らかに謳った。



「君が話題の女の子か」

 囮役として任ぜられた任務でリーダーを務める暗部の少年……青年?はわたしを見て鼻で笑った。周囲の根の人、暗部の人はみんな何故か項垂れていた。

「話題の女の子とは?」
「ダンゾウ様に洗脳された可哀相な子どもってことさ」
「おい、貴様ダンゾウ様を侮辱するか」
「おっと失礼」

 猫の仮面をつけたソイツは森の中を走りながら軽やかに一回転して枝と枝の間を跳んでいく。負けじとそのモサモサした銀髪にくっついていったら「へえ」と感心された。

「お前結構動けるんだな。それでいてなんで頭は残念なんだか」
「わたしを侮辱するなら構いませんが先ほどの言葉は取り消して頂きたい!」
「はいはい、すまなかったよ」

 ソイツは後ろを向いたまま走るのをやめてタンと勢いよく枝を蹴った。めちゃくちゃムカつく奴だがこいつは今リーダーでわたしは囮でこの任務はまだ始まってもいないので身内で喧嘩などするわけにはいかない。
 この任務の目的地は土の国であるため、必然的にソイツとは三日間以上を一緒に過ごした。野営の準備をしている途中で川に水を汲みに行くと言うと何故かソイツもついてきた。

「お前、まだ子どもだろう。だからそうやって視野が狭くなるんだ」
「子どもだからってバカにしないでください!もう10歳ですよ!」
「へぇ、オレは19歳だけど」

 じゅ、じゅうきゅうさい……ウーム随分大人だなあと思っていたがまさかそんなに。

「世界は広いんだからもっと外に目を向けろ」
「ビッチの男の人っていると思いますか?」
「……いきなりどうした」
「ダンゾウ様をビッチにしたい」
「グッホ!ゲェッホ!」

 盛大に咳き込み始めたので今汲んでいた水を少しわけてあげた。

「ダンゾウ様はわたしのことを好いておられないのですが、好いてない人にも優しくする異性のことをビッチと呼ぶと本に書いてありました」
「本に書いてあることを鵜呑みにしない方がいい」
「ダンゾウ様に頭を撫でられたい……」
「それくらいならビッチって言わないよ。頼んでみたらいいんじゃないの、まあどうなっても知らないけど」
「頼んでみたことはあるのですが杖で小突かれて終わりました」
「アホだね君」

 重くなった大きな袋を持って野営地点まで歩きながら相談すると、青年は色々とアドバイスをしてくれた。

「さっきは酷いことを言ったのにどうして今は優しくしてくれるのですか?」
「だって君今回の任務で死ぬかもしれないし」
「なるほど」

 大変納得した。しかしわたしは死ぬつもりはないしかと言って任務失敗するつもりはないので絶対に生きて帰ってみせるぞ!と心の炎を燃え上がらせつつ、野営地点に戻ると皆火を焚き携帯食を齧っていた。今回の任務は火を焚くことができるのでラッキーだ。

「ダンゾウ様のどこがそんなに好きなの?」

 わたしも持参した携帯食を齧りながら火にくべた水袋からさ湯を飲んでいたら、再びあの青年に声をかけられた。猪のお面をつけた先輩が顔をあげてわたしを見た。今回の任務にはわたしの教育係だった先輩もメンバーに入っていた。

「まずはー、片腕がすっぽり入ってる黒い上着とその下の白い服の間にできた隙間が好きです。ポフポフしたい」
「うん……ごめんやっぱり、」
「黒い片流しが首のうしろでチョンッと尖って浮いてるのが好き」
「やっぱりいいって言いにくいなこれ…………」
「服を足元でズルズル引きずってるのが安心毛布みたいで可愛い。中に隠れて遊びたい」
「…………」
「包帯で隠された右目がどう控えめに見ても負傷じゃなく誰かからひったくってきた希少価値の高い瞳術を隠してるっぽいのが欲深くて好き」
「…………」
「老人み溢れる杖ついてるけど中から仕込み刀出てきそうで逆に強さしか演出してないとこも好き」
「ヒソヒソ……誰か止めろ……」
「鍋物のシイタケみたいなバッテン傷が顎についてるのが大好き」

 なかなか全部上げることができず、あとはー、と必死で考えていたらそこにいた暗部の面々が肩を震わせたり額に手を当てて俯いたり咳払いしていることに気付いた。根の先輩はお面の上からでもわかるような狼狽を見せ、わたしの肩に手を置いて「もういい分かった」と言った。

「精々再びダンゾウ様にお会いできるよう祈ることだ」
「だが任務をしくじることは許さんぞ」
「勿論です!」
「……もしお前が生きて帰ってくることがあればわたしからもあの方へ口添えしてやろう」
「えっ本当ですか?!」

 パチパチと薪が弾けて携帯燃料が溶ける匂いが鼻を掠める。
 その先輩は僅かに俯きわたしから視線を外すと、ゆらゆら燃え盛る焚火を見て目を細めた。お面の眼出し穴からたまに目元が見えることがあって、偶に眼がしらについている目ヤニとか白眼とか涙とか感情とかが見えてしまうことがある。目は口程に物を言う。
 その後土の国に入り作戦は実行された。わたしは15人を相手に囮として立派に立ち回りお陰で仲間がそのうち9人を殺し3人を戦闘不能に追い込んだが2人を逃してしまった。急いで後を追って2人の背中にクナイを投げつけ刃を突き立てる。
 絶対に作戦の邪魔はさせない、絶対にダンゾウ様の行く道を塞いではならない。わたしが開く、わたしが作る、わたしがあのお方の右手に、右目になって―――例えこの命がゴミのように朽ちてしまっても。
 眼前に広がる城壁から火の手が上がり仲間がこちらに渡ってくるのが見えると同時にわたしの左腕は吹き飛んだ。


――拝啓、大人びていた少年へ
 元気ですか?腹の傷は治りましたか。わたしの恋は実らず散ることになりそうです。
 今、そちらへ行きます。 
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