大嫌いなはずなのに。
雨は降る。
東京・池袋。
明かりの止まないその街に、今夜は雨が降っていた。
ビルの陰にうずくまり、何かを願うように、必死に拳にあるものを握りしめる少年――紀田正臣。
少年の右手にあるのは、黄色いバンダナ。
頬を伝うのは、涙か、雨か。
少年は震えるようにうずくまっていた。
――俺はもう、戻らないって決めたはずなのに。
頭の中に浮かぶのは、いつも一緒にいる少年と少女。
二人の映像を、頭一杯に埋めつくそうとしても、わずかに残る、青年ともう一人の少女の顔。
消そうとしても、2人の存在は霞む程度。
しかし今、その青年の顔が、はっきりと目の前に映し出された。
「何してんの正臣くん」
声と同時に止む雨。
正臣はゆっくり顔を上げると、目の前の人物を睨みつけた。
「怖い顔しないでよ。っていうか風邪ひくよ?」
「臨也さんには、関係ないでしょう」
正臣に傘を差し出す青年――折原臨也はニコリと微笑むと言った。
「そうだね。確かに関係ないけど、俺が君に傘を差し出し、喋りかけるのは自由でしょ?」
「俺、あんた嫌いです、うざいし」
「はは。褒め言葉として受け取っておくよ」
正臣は立ち上がると、その場から、折原臨也から逃げるように歩き出した。
しかし彼はそれを許さない。
「もう一回言うね。風邪ひくよ?」
「じゃあ、言いますけど……」
正臣は足を止め、臨也のほうを向いた。
「俺が傘を借りたとして、臨也さんはどうするんですか。あんたが濡れるでしょ!」
すると臨也はキョトンとした顔をして正臣を見つめ、次の瞬間笑い出した。
「おもしろいこと考えるなぁ、正臣くんは」
「なッ!」
「決まってるじゃん。2人で一つの傘だよ」
臨也はあたり前だというように、その台詞を吐き、正臣に近づきもう一度傘を差し出した。
「さぁ、おいでよ」
それは、傘の中への招待なのか、それとも――――
正臣は黄色いバンダナを握りしめたまま、臨也の隣へと歩いた。
すると臨也は満足そうに笑い、正臣の歩調に合わせて歩き出す。
「俺、あんたのこと大っ嫌いです」
「知ってる」
「もう、関わらないと思ってました」
「だけど今関わってる。んで、その右手のモノとは?」
「……ッ!」
かつての自分の居場所。
自分と少女の淡い思い出。
すべてが詰まったその『黄色』を、正臣は隠すようにポケットの中に閉まった。
正臣は自嘲気味に笑うと、臨也の顔を見た。
「これも、アンタには関係のないことです」
「ふーん」
すると臨也は、正臣の空いた右手を握りしめた。
「空いたね。なら俺が入ってもいいでしょ?」
「は!?ちょっ、臨也さ、離し……」
「離さないよ。君がかての自分の居場所を隠すなら、俺がそこに入り込んであげるからさ」
正臣はもう一度臨也を睨むと、その手を振り解くことを諦めたかのように歩き進む。
「ところで臨也さん」
「何?」
「これ、俺の家まで送ってくれるつもりですか?」
「まさか。そんなわけないじゃん」
正臣は驚いたように目を大きく開け、一度諦めた臨也の手を振り解こうと試みる。
が、力の差では臨也のほうが上だった。
「送るの面倒だけど、正臣くんが濡れて帰っちゃ意味ないでしょ?」
「ッ離せ!」
「だからさ――――」
次の臨也の台詞はわかっていた。
だからこそ正臣は、その手を振り解こうとした。
「俺の家、泊まってきなよ」
不安が確信へと変わった。
臨也が正臣の手に込める力は、さらに強くなる。
「俺に拒否権は?」
「無論ない」
そう言いながらどんどん駅へと進む臨也を、正臣は止められず……
――俺、臨也さんのこと、たしかに嫌いなはずだったのに。
自分も臨也と同じ方向へ足を進めた。
「臨也さん」
「ん?」
「俺、やっぱりアンタのこと……」
その後の言葉は、雨にかき消されてしまった。
しかし気持ちは、手を握る強さで確実に臨也へと伝わっていた。
池袋の空に、雨が降る日だった。
[モドル/トップ]
|
|