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少年、竜ヶ峰帝人は思った。
少年であり、親友の紀田正臣を見て思った。


―なんで正臣は、あんなに女の子が好きなんだろう。


東京・池袋。
非日常を求め、やって来た街で、少年は目の前の光景を見ながら思った。
正臣が女の子をつかまえ、ナンパをしている、いつも通りの光景を。


―あ、やっぱり今回もダメだったんだな。


女の子とは反対の方向に……
つまり帝人の方に歩いてくる正臣の姿は、とても明るく、ナンパに失敗したようには見えない。
まぁ、それが彼なのだが。


「みーかどっ!」
「残念だったね。って言ったほうがいいのかな?」
「心配しなくてもだぁーいじょうぶ!世界にはたくさんの女の子がいるんだぜっ!」
「とりあえず、その言葉、まんま園原さんに聞かせたいよ」
「嘘。冗談。頼む、それはやめてくれ」


焦る正臣を見て、帝人は笑いながら「嘘だよ」と言う。
いつも通りの日常。


あの人の言ったとおりだ。
都会に出てきたって、慣れればあっという間に――


そこから先は考えることをやめた。

普通の日常を大切にしよう。
そう思った数日後、帝人はちょっとした非日常に巻き込まれることになるのだが。







―3日後、放課後の教室―


「正臣ー、帰ろうよー」
「もったいないこと言うなよ帝人ー!教室に誰もいないんだぜ?やりたい放題ジャンッ!」


―一体何をする気だ。

帝人は、尋ねるかわりに小さくため息をついた。



空っぽになった教室の教卓の上で、正臣は楽しそうにピョンピョンと跳ねる。
帝人は呆れながら、一番前の席でそれを見ていた。



「それにここ、僕の教室だよ?」
「学校は公共物の塊サ!そんなものは関係ない!ハハハハハ」



高らかに笑い声をあげる正臣を見て、帝人はもう一度、今度は正臣に聞こえるようにため息をついた。



「何ー?帝人君、ため息なんかついちゃって」
「正臣のせいだよ」



そう言うと、正臣はしゃがんで、覗き込むように顔をさらに帝人に近づける。
帝人のほうは、目を真ん丸く開けて、驚いたような顔をする。


―ちッ、近!


ほとんど、鼻と鼻がぶつかってしまいそうな距離。
男同士であっても、これはないと帝人は思った。

正臣の、綺麗なハチミツ色の髪が揺れる。



「帝人」
「なっ、何?」
「俺、ナンパは慣れてるつもりだったけどさ、いざとなると、何も出来なくなるってことがわかった」
「え?それはどういう意――」



言い終わる前に、目の前が真っ暗になり、帝人は驚きでさらに目を大きくあける。
唇に触れる、初めての感触。小さなリップ音。

それがキスだとわかったのは、正臣が顔を離して、さらに5秒後のことだった。



「正臣……?」
「俺…帝人が好きだよ」
「√3点」
「えぇ!?」



帝人は顔を赤くしながら、正臣を睨みつける。



「僕、初めてなんだけど」
「だと思った」
「冗談になってないよ!」
「冗談じゃねーよ」



正臣の眼は真剣で、帝人はそれ以上何も言えなくなった。



「もう一回言う。俺、帝人が好きだよ」


帝人が突然の出来事に驚きながら、正臣を見つめると、
正臣は、恥ずかしそうに窓の外を見つめながら言った。



「俺、女の子も好きだけど、世界で一番帝人がすき」



これは正臣の冗談なのかもしれない。
正臣の頬が赤かったのは、夕日のせいかもしれない。
けれど帝人俯いても顔を赤くしながら言った。



「僕も…好きだよ、正臣のこと」



次の瞬間、正臣がした行動は言うまでもない。

教卓から飛び降り、帝人に飛びついた。
椅子ごと押し倒される状態になった帝人は、背中に鈍い痛みを感じながら、正臣の温もりを感じた。



とりあえず、廊下で足音がするまでは、この状態でいようと思った。


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