面影(5/13)

カイル先生との話を終えると、私達には自由にしても良いという二階の二部屋の鍵を渡された。それぞれが私とサクラ姫が使う女部屋と、小狼さん達の使う男部屋だ。夜も遅いからと、後は部屋を別れて寝るだけということになったのである。部屋に入る前になってやっと、カイル先生と話す緊張感から解放された。

「とりあえず宿は確保できたねぇ」
「本当に良かったです!流石にこんな国で宿無しだったらと思うと、二重の意味でぞっとしますよ!」
「あはは、実感こもってるなー」
「そりゃあもう!それに、…あの町の人達を見たら、下手に町を彷徨いて撃たれかねませんし。小狼さんの機転に救われましたよ」
「ねー、ナイスフォローだったよ。銃持った町の人達に囲まれた時」

小狼さんの機転があったから、カイル先生がやってくるまでの時間が稼げたといっても過言ではない。勿論、銃を持った一般人相手に遅れをとる皆さんではないだろうけれど。それにしたってあそこであれ以上揉めていたら、活動の幅が狭まっていただろうことは容易に想像できたから巧く落ち着いて万々歳である。

「父さんと旅してる時にもあったので」
「ひえ、ハードな旅だ…」
「そういえば立花さんも、咄嗟によく装丁なんて出てきましたね」
「ああ、それは昔から綺麗な装丁がされた本とか好きだったので」
「なるほどー、そういえばいつかの日記帳もおしゃれだったよねー」
「ふふ、ありがとうございます!」

暑い国も、寒い国も、怪しまれて身分を誤魔化さないといけないような国も体験したことのあるという小狼さん。本当に旅行記でも書いてみたらいいのでは、と思わずにはいられない。そうしたら、私もあの対価に渡した日記帳のような小洒落た装丁をつけてあげたい。現状が厳しいからこそ、そんな他愛もない想像が捗った。

「でも、なかなか深刻な事情だねぇ。実際伝説の通りに、金の髪の姫君が関係しているのかは分からないけどねー」
「はい、町もギスギスしてて、カイル先生も大変そうでしたね」

二階の窓から見下ろせば夜も更けてきたというのに、町の人達は子供達を探しているようだった。この国の人だといっても、寒さが堪えないわけじゃないだろう。それだけ必死に探したとしても消えた子供達は見つからないなんて、本当に悩ましい問題だ。それにあのままじゃあ、探す側も体を壊しかねない。
べったりと冷たい窓に両手をついて身を乗り出していれば、すぐ隣にファイさんが腰掛ける。何だかじっと見られているようで、少し落ち着かなかった。

「…?ファイさん、私の顔に何かついてます?」
「んーん、そうじゃないよー。ただ立花ちゃん、カイル先生のことずっと気にしてたみたいだったから、気になっちゃって」
「ああ、それはおれも気になっていました」

もしかして元の世界での知り合いと、魂が同じ別人ではないか。そう二人に尋ねられて、私はすぐさま答えることができなかった。私自身が明確な回答を持ち合わせていなかったからである。

「……。多分、そうなんだと」
「多分なのー?」
「はい。多分幼い頃に一度きり出会った人で、記憶が曖昧なんだと思います。でも確かもっとこう、私の知っているあの人は、カイル先生とは違って。ぶっきらぼう?な方で、私に優しい笑顔を向けてくれたことが、なかったと思います…」

記憶の中にカイル先生と似た人物の存在があることは、しっかりと思い出せる。ただ、その詳細は相変わらず曖昧なままだった。しかし、"大好きだけど怖い"という、矛盾した感情を抱いていた理由は朧気ながらに思い出してきている。
不確かで不揃いな記憶を人に語って聞かせる頼りなさに、思わず眉をひそめる。するとサクラ姫が私の肩を抱いて、焦る気持ちを落ち着かせてくれた。

「…サクラ姫」
「無理に思い出そうとしなくても、いいと思います…」

慈しむようなサクラ姫の声音は、私の緊張を溶かしてくれた。そうしてもらったことで、ふと気づかされる。記憶が羽根となって飛び散ってしまったサクラ姫も、毎回こんな思いをしていたのではないかということに。彼女の優しさに甘え、浅く息をついた。

「そっかー、立花ちゃんの知り合いはぶっきらぼうなんだねー。なんだか、誰かさんみたいだー」
「あ?」

そんな時ファイさんはいつもより明るい声で、くるりとその場で回って黒鋼さんの方へ体を向けた。モコナさんのほっぺたを引っ張り倒すことに忙しかった黒鋼さんは、突然巻き込まれたことに困惑した顔をしている。黒鋼さんの名前があげられたことで、私は咄嗟に黒鋼さんと記憶の中の人物を比べてしまっていた。

「いいえ、違います。黒鋼さんは厳しくてぶっきらぼうだけど、でも優しいから。あと黒鋼さんほど、無口でもなかったですし!」

そうしてみると自分でもあっさりと、その言葉が口から滑り落ちた。黒鋼さんの目を見て告げれば、照れているのか怒っているのかも分からない何とも言えない顔をしている。面と向かって優しいと言われることに慣れていないんだろうか。

「あの人はただ、怖かった。でも、こわいけど大好きなんです……」

それはあの人と出会った場所も問題だったような気がしていた。
誰もいない、"洞窟"の中みたいに薄暗い場所。ひとりぼっちで怖くて仕方なかった時、私を見つけてくれたのはあの人だった。そして、沢山のことを私に語りかけてくれたことも、覚えている。

「あの人はひとりぼっちだった私の"味方"でいてくれました…だから、私はあの人が大好きなんです。そのせいで、カイル先生のことも気になっちゃうんでしょうね」
「……立花さん」
「…なんて、私、何を言ってるんでしょうね!あの人はカイル先生とは違うのに」

カイル先生とあの人が別人であると、相違点も分かっていながら未練がましい。胸の前で小さく握りしめた両手が震えた。これ以上なんと言葉を続ければ良いか、迷っていると頭の上に掌がのせられた。繊細で細い指、けれど大人の男の人の手。ファイさんの手が優しく私の頭を撫でる。

「ゆっくり整理していけばいこう?これから暫くこの国に滞在することになるんだし」
「はい…」
「はい、きまりー。とにかく今日はもう遅いし、寝たほうがいいみたいだね」

ほら、とファイさんが指差す先では、サクラ姫がふらりと今にも倒れそうになっている。小狼さんが間一髪のところで頭を受け止め、事なきを得た。そのまま黒鋼さんにも協力してもらって、サクラ姫を部屋へと運んでいく。抱え上げられ、ベッドに寝かされてもサクラ姫は起きる気配がなかった。

「本当によく寝てるねー」
「今日だけでも色々ありましたからね、仕方ないですよ」
「だねー、もう遅いし立花ちゃんもゆっくり休むんだよー」
「お休みなさい」
「おやすみー!」
「さっさと寝ろよ」
「はい!皆さん、お休みなさい!」

用事が済めば男性陣はあっという間に部屋を出て、自分達の部屋へと向かっていった。それぞれが部屋を出ていく時に、手を振ったり頭を下げたり思い思いの挨拶をしていく。黒鋼さんだけは素っ気ないものだったけれど。

扉が完全に閉じられれば、あとはサクラ姫の寝息と風の音だけが聞こえてくる。話し相手のいない部屋は静かで、雪国の寒さも合わさり余計に眠気を誘った。このまま起きている理由もないため、私もすぐさまベッドに潜り込んだ。この世界に来てから慌ただしく、やっと落ち着ける時間が訪れたような気さえする。
目を閉じる前から瞼が重く、いつの間にか眠気の中に意識は消えていった。今夜は夢も見ないでいいよう、ぐっすり眠れたらいいな。

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