向き合う覚悟(13/13)

もちもちとした触感が頬に触れる。人の指とも違うそれは、一体何だろう。知りたいとも思った。でも、まだ眠っていたい。まだゆっくり眠っていないと、いけないのに。それに、まだとても寒いんだから。睡眠欲に抗いきれない、また意識が沈みそうになった時だ。
うってかわってさっきより硬いものが私に触れる。今度こそ、人の指だ。形を確かめるようなぎこちなさがくすぐったい。あたたかい指だ。この指を私は知っている。

「黒鋼、さん……」

感情の見えない赤い目がベッドに寝かされていた私を見下ろした。暫く私は何も言えなくて、黒鋼さんも何も言わなくて無言が続く。そもそも何を言えばいいんだろう、私は大きな失態をしでかしたばかりなのに。私の怪我なんて、そんなの二の次だ。サクラ姫を追いかける途中に、あんな間抜けな真似をして見失ってしまうなんて。
ぐるぐると思考が悪い方へ流されていこうとしていたけれど、黒鋼さんの隣にいたモコナさんの声でそれは阻まれた。

「立花、気がついた!?」
「モコナさん…、ご心配おかけしました…小狼さんは…?」
「下の階でカイル先生と話してるんだよ」
「じゃあ、……サクラ姫は……」

皆さん同じように一度黙り込んでしまう。私へどう伝えるべきか、言葉を選んでくれているのだろう。ファイさんもモコナさんも、そんな顔をしていた。その優しさを受け取る資格は私にはありはしないのに。だからというわけではないだろうけれど、黒鋼さんは直球勝負で問いを投げかける。

「何があった?」
「……うん、聞いてもいいかな。立花ちゃんたちに起こったこと」
「はい、大丈夫です、話せます」

昨夜の話をその場にいる全員へ、なるべく詳しく話そうと努力した。あれからどれぐらいの時間がたったのかは分からない。それでもサクラ姫が無事に見つかると信じて、手がかりを整理するために話し続けた。サクラ姫と一緒に夜通し町の様子を眺めていたこと、その最中子供達を見つけたことを。

「……それで、サクラ姫は金の髪の姫を見たと言っていて、ちょうど子供達も連れ去られる現場だったんです」
「立花はお姫様を見たの?」
「いいえ、見ていません。サクラ姫はそのまま子供達を追いかけようと窓から…私は小狼さん達を起こしてから、すぐにサクラ姫を追うつもりでした」
「追うつもり、だった?」

ファイさんが少々不安そうに繰り返す。彼の中で私はどんなことになっているんだろう。ああ、話すのが辛い。結果が目に見えていた。だって、"何も起きていないのにその場で転んでしまう"なんて。

「そしたら、慌てていたせいか、……あ、足がもつれて転んで、頭を打ってしまって」

本日二度目の沈黙。今度はさっきとは違った意味で、皆さんが言葉を選んでいる様子が伺えた。黒鋼さんでさえ、黙り込んでしまっている。これは呆れてものが言えないというやつだろう。

「…………本当に申し訳ないです」

やっとの思いで絞り出した謝罪は、自分が思っていたよりか細い。この世の終わり、切腹沙汰、と言わんばかりの私を、てしてしと柔らかい感触が慰めるように撫でた。ああ、さっきのはモコナさんの手だったのか、と今更になって気づく。どうしたもんか、と言わんばかりに大人ふたりが顔を合わせているとノックの後に部屋のドアが開かれた。

「小狼くん、おっかえりー」
「はい、戻りました。……、…立花さん!」
「小狼さん!!……ごめんなさい…サクラ姫を見失ってしまって……」

布団を蹴り上げて、小狼さんに向き直る。きっと小狼さん達は私が眠っている間も、ずっとサクラ姫を探していただろう。私ばかり眠っていたことが改めて申し訳なかった。そんな私の様子に、小狼さんは笑いかけてくれる。

「どうか思いつめ過ぎないでください、立花さんが無事でよかった」
「……っ……小狼さぁん……!」
「そうだよー、ほらほら、反省会はもうおしまいー」

今まで黙って見守っていたファイさんが、包帯の巻かれた額に触れた。傷の具合を確かめているようで、その手付きは優しい。

「立花ちゃんがひどい目にあったんじゃなくてよかったー、ってオレも小狼くんもモコナも、黒さまも安心してるんだよ」

ねえ、とファイさんは黒鋼さんへ話をふった。それに対して、勝手にしろと鼻を鳴らす黒鋼さん。ファイさんの言葉を否定しない辺り、本当に心配してくれたんだろう。涙が滲みそうになったけれど、そうするにはまだ早い。目元を擦って、再び小狼さんへ視線をやった。

「でも、サクラ姫がご無事かどうか……」
「そっちについても大丈夫だよー、ね、小狼くん」
「……え?」
「今夜、子供達を攫った犯人と決着をつけに行きます」
「本当ですか!!良かったです!あの、カイル先生や町の人達にはお伝えしてあるんですか?」
「そのこと、なんだけどねー」

誘拐犯の正体がわかったというのに、ファイさんはどこか困った風だ。喜び勇んでベッドから飛び降りた私に対して、戸惑ってしまったわけじゃなさそうで。小狼さんは一度目を伏せてから、私の疑問に答えた。

「カイル先生に今夜のことは伝えてあります」
「そうでしたか…!だったら、先生も町の人も、一安心ですね…!」
「それで、今夜の作戦のことなんですが」
「はい!」
「立花さんは今夜の作戦に同行しない方がいいかもしれません」
「…!?どうしてですか!?私が失敗したから?怪我を、しているから?」

思わず小狼さんの胸にしがみつく。これでは高麗国での再現だ。あの日の春香さんが私に変わっただけ。だけど、私は春香さんのように食い下がることなんてできない。私は私の責任を果たさなくちゃ、いけないんだから。
必死の叫びを小狼さんはどう受け取ったのか、苦しそうに俯いた。迷いが小狼さんにはあったようで、だけどそれもほんの僅かな間だけ。

「立花さん、真実を知る覚悟はありますか」

真実、とはなんだろう。この騒動の犯人か。それとも騒動の裏に隠されていた犯人の思惑か。そして、それを知ってしまったら私はどうするのか。攫われた子供に自分を重ねてしまっていた私は、どうなってしまうのか。恐怖がなかったわけではなかった。だけど、恐怖より勝るものがあった。

「どうか、私を連れて行ってください」

私は自分の感傷なんかより、サクラ姫を喪うことが何より恐ろしい。だからそうなってしまう前にサクラ姫を守りたいのだと。そう伝えれば、小狼さんはこれ以上何も言わず、私へ手を差し伸べて私も迷わずその手に触れる。そのはずなのに、私の手は何故か震えていた。

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