町長の家にて(9/13)

馬を使うほどの距離ではないからと、私達はえっちらおっちら町長さんの家へ向かう。ファイさん小狼さんを先頭に黒鋼さんを最後尾にして歩いていけば、サクラ姫や私でも難なくたどり着くことが出来た。
特にカイル先生から詳しい話を聞いていたらしいファイさんが、いち早く町長さんの家らしき建物の存在に気づいたようだ。

「おっとー、ここだねぇ。お医者さんから教えてもらった町長さんち」
「それっぽいですね!歴史書、貸してもらえるでしょうか?」
「交渉してみる他ありませんね、貸してもらえなかった場合、他のあては考えてはみますが」
「歴史書はグロサムさんとこにもあるらしいけど、まぁ、あの人は貸してくれそうにないでしょー」

小狼さんやファイさんと話しながら、私は思わずグロサムさんの強面を思い出す。私達のことをどう思っているか定かではないけれど、会う度会う度一悶着起こしている現状を思えば、できるだけ避けて通るべき相手かもしれない。
まずは目先の町長さんの攻略からだ。ファイさんが呼び鈴を鳴らして、相手の出方を待つことにする。

「は…はい」
「申し訳ありませんー、町長さんはご在宅ですかー」

開いた扉の向こうから私達を迎えてくれたのは、怯えた様子を隠しきれないメイドさんだった。こんな子供たちが消えてばかりの状況では、無理もない話だろう。
町長さんに取り次いでもらえるか、ソワソワ待っていれば家の奥から町長さんが現れる。

「君達はカイル先生の所にいた…!」
「こんにちはー」
「こんにちは!お邪魔します!」

第一印象は大事と、ファイさんと私で笑顔で挨拶をすれば、何やら黒鋼さんは呆れ顔である。そんな顔をしなくてもいいのに、現にこうして奥へと通してもらえるようになったんだから。
唇を尖らせながら黒鋼さんをよくよく眺めれば、コートの下にモコナさんがもぞもぞ動いている様子が見える。
モコナさんはそこに隠れていたのか。
モコナさんという存在がこの世界では珍しい以上、余計な混乱を避けるためには必要不可欠な行動だ。それでも、それでも少しだけこうして隠れないといけない環境を寂しく思う。
モコナさんも私達の大切な仲間であることには代わりはなくて。モコナさんは誰の目にも"見えて"いて、ここにいるのに。

―― "この子"は昔から、私のたったひとりの『相棒』なの。

この状況はかつてそう語った、元の世界にいる親友である彼女のことを思い起こさせた。
力ある人々の目にしか映らない"相棒"と伴に生きる彼女。彼女達とはむしろ真逆であるものの、今私の胸の内にあるもどかしさや寂しさはどこか似通っているせいかもしれない。
親友達を、そして隠れざるを得ないモコナさんを思えば、気持ちは憂いを増していく。

「立花?」
「……モコナさん」
「モコナはね、大丈夫だよ。モコナは隠れてる時も、立花達の傍にいるから」

くぐもったモコナさんの声がする。いつの間にか傍にいた黒鋼さんの服の内側から、ぽすんと優しくモコナさんが私に触れた。相変わらずモコナさんは見えないけれど、私を励まそうとしてくれることだけは痛いほど伝わってきて。
せめて同じだけのものを、モコナさんに返したいと思った。

「…そうですね、モコナさん。モコナさんも私達の旅の仲間です」

まだたった数日足らずの付き合いだけど、時間の短さなんて関係なかった。私も、きっと他の皆さんもモコナさんの明るさに助けられている。それが何より尊い事実だった。コートの膨らみにそっと体を寄せる。こちらが見えないモコナさんに伝わるように、抱きしめるように。

「おい、てめぇらいい加減にしろよ」
「え」

ぎゅっと、抱きしめた胴回りはモコナさんのものよりずっと大きい。
当然といえば当然だ、モコナさんは今黒鋼さんの服の下にいるのだから。つまり今私はモコナさんを抱きしめているつもりで、黒鋼さんごと抱きしめていることになるわけで。
今まで照れ隠しでひっついていたり、馬に乗るために密着したりしたことはあったけれど、こうして改まって黒鋼さんに抱きつきにいくのは初めてだった。
例えそれがモコナさん越しであったとしても、あまり変わらない。むしろ今までとは違い、失態を犯したことも重なって耳に熱が集まっていく。

「こ、ここここれは、モコナさんに親愛の気持ちをですね!?!?」
「立花とモコナ、らぶらぶー!」
「ええ、らぶらぶ!です!」
「人の傍でふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」

慌てて黒鋼さんから距離を置けば、黒鋼さんが真っ赤になっている私とは違い、動じた様子はなかった。改めて思うけれど、黒鋼さんという人は毎回毎回小娘ごときに抱きつかれたところで顔色ひとつ変えないらしい。なんということだ、オトナの底力のようなものなのだろうか。
なんとも負けた気分になって、唸っていると黒鋼さんは奇妙なものを見る目をこちらに向ける。顔色を変えさせてみたかったけど、そうじゃないんですってば!


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※親友の少女:一般人の目には見えない相棒"犬鬼"をつれている。
霊的な才能を持った夢主は、"犬鬼"が見える人間の一人だった。



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