普通にデートをし、たまに夕飯を一緒に食べ、またある日は朝まで一緒に過ごしたりして、坂田と付き合ってるようで付き合っていない関係がしばらく続いたが、坂田は私の正体や仕事に気づいてるようだった。それでも私との縁を切ろうとはしなかったし、かといって聞いてくる事もない。平然とした表情のまま私と会い、蔑んだ目で私を見る事なく、普通に接し、私に触れる。じゃあねと別れる時は軽く手を振りさえする。
自分に近づいてきた女なのに、何故疑問に思わないのだろうか。それとも、久しぶりに出来た女だから面倒臭い事を聞きたくないのか。こうして装い続けて逆に私を嵌める気なのか。まさかとは思うが、盲目的といえる程、私に本気になった…?いや、誰に対しても自分の全てを曝そうとしないこの男に限って、それはない。
そんな坂田と接しているうちに、避けきれない欲求と、頭を働かせるだけで良かったそれまでとは違い、体の隅々に神経が通っている事をわざわざ意識するようになり、そこからあらゆる感情が派生するようになった。触られればそこが熱くなる、声を聞けば耳がくすぐったく感じる、そんな感じで。
そして、仕事用の家で坂田と過ごした後に家に戻ってくると、温かさが無い、最低限の家具しかない殺伐とした我が家に、漠然とした淋しさを感じるようになった。住処ともいえないようなこの部屋だが、坂田に会う前は一番落ち着く場所だった筈なのに、それが難しくなっている。寝付きは元々いい方だし、眠れなくても布団の中で膝を抱えて丸くなればそれなりに眠れてたのに、それも出来なくなっている。
ミイラ取りがミイラになるだなんて珍しくはないが私には関係のない事だと思っていた。それに、自分にもまだそんな人間らしさが残っていただなんて。それにも驚いた。

でも私にはやらなければならない事がある。それは坂田が相手だろうと、いや、坂田が相手だからこそ、絶対に手を抜けない仕事が。

きっかけは突然やってきた。そろそろ落としどころを探ろう、そう腹をくくって坂田を飲みに誘い、二人で夕方に居酒屋へ行ったが、何も掴めないまま夜の十時過ぎに店を出。ところが、早いのでもう一軒行こうと誘うと、そこで珍しく坂田に断られる。手ぶらで帰りたくはなかったので、駄々をこねて無理矢理引き留める事も出来たが、飲み過ぎだと思われて「帰れ」と言われては意味がない。ここは素直に疑問を口にした


「何で?まだ飲めるよね」

「いやー、飲みてぇのは山々だがよ、実はここんとこ仕事がさっぱりで、金がねーんだわ」

「…へぇ、残念」






依頼を受けてから丁度一ヶ月後。ヒールの高い靴を履いて、スカートなのにも関わらずわざわざ足を組んでいる依頼者である女と私の間には、坂田の写真が数枚広がっていた。その写真をざっと見てから、昨日三時間程かけて作成した報告書も読み、録音しておいた坂田の泣き叫ぶ声を聞くと、女はばさっと音をたてて報告書をテーブルに置いた後、白い封筒を投げてよこした。依頼は「坂田を骨抜きにして」というものだったが、どうやら女を満足させるに至ったらしい。約束通りの金額がきっちり入っているようだ。お金の入った封筒をそんな風にするのは、こんな事を生業にしている私との距離を保ちたいからだろう。
それにしては、この女、小物の趣味が悪い。セレブというより成金、そんな印象以外のものは何もない。鼻を鳴らして後ろ足を蹴って帰る姿だってエレガンスとは程遠い。まるで豚だ。いや、それでは豚に失礼か。


「ご満足頂けたようなら何よりです。で、その報告書はどうされますか?」

「結構よ、もういらない。それにしても噂に聞いてただけあって、流石ね。あなたに頼んで良かったわ」


相変わらず人を見下しているような目だけは変わらないが、女は初めて白い歯を見せて笑った。
満足したのならそれでいい。遠ざかるヒールの音を聞きながら、一人、吐き捨てるように呟いた。


「…毎度あり〜」








「あのさあ、何で今の仕事を始めたわけ」

「知ってて何で私とまだ付き合ってるの」

「こっちはあんな写真撮られてんだ。てめぇの、あーんなとこやそーんなとこをしゃぶり尽くすまで、簡単に逃がすわけねぇだろ」


数日後。同じ部屋に居ながらあまり目を合わせなかった彼が、漫画を読んでるついでといった感じで面倒臭そうにそう聞いてきたので、此方も買ってきたコーヒーを飲みながら数週間ぶりに開いた本を読みながら適当に答えると、坂田は土下座姿を撮られた時の事を思い出したのか、忌々しげに脅し文句のようなものを呟いた後、聞こえよがしに舌打ちをした。
仕事がなくて金欠の坂田の元へケーキを持っていき、適当な理由をつけてケーキをあげずにいると、ケーキを潰したくないらしい坂田は無理矢理奪おうとはせずに、「くれ!下さい!お願いします!」と大声で拝んだ上、膝を折ってあっさり土下座した。それを私が目の前で写真に撮ったものだから、それが気に入らないらしい。
土下座とは、本来、深い謝罪や懇願の気持ちを表す為に行う礼式だ。プライドのある男性はあまりするものではない。それに最近は下心のある人間が多用する為に自己保身の為の手段として捉える人間も多く、土下座をするのも見るのも敬遠する人間だっている。
目の前のケーキ欲しさに、その土下座を勝手にしたのは坂田だ。恥ずかしい所を撮られたと思ってるなら、何も心配する事はない。目的が結果になった、私はそれを見たにすぎない。だから何も思わない。買ったケーキだって全部あげたのだから、文句を言われる筋合いはない。
でも、画像を加工してそれらしく泣き叫ぶ表情を依頼主に見せても良いだろうと思われるのは無理もないだろうし、それを写真に収めた私の行動は理解してもらいにくいだろうが、加工された画像はバレやすくもある。無駄な諍いはなるべく避けたい。
だから私はシナリオをきちんと作るようにしている。そして頃合をみて、依頼主が望む画となるような舞台を用意する。ボイスレコーダーでその時の声を録るのも依頼主に納得させる為で、満足した依頼主が再び同じ人間をどうこうしろと言ってくる事はまずない。
金はかかるが客は必ず満足する。私の仕事が「復讐屋」として裏社会のネットやクチコミでそう評されるのは、そういった理由かららしい。
ただし、私が仕事を受けるには条件がある。一つ、殺人はしない。二つ、結果に満足した場合、報告書は私の目の前で破く事。持って帰る場合は私に顔写真を撮らせること。復讐心が果たされた依頼主は気が大きくなるので、報告書をネットに晒す危険があるからだ。つまり、私の足がつくような事をしないようにする為の保険をかけさせる、と言ってもいい。
今のところ、それでやってこれてはきたが、私が女であるという噂が広まると、フラれた男に復讐をしたい、という馬鹿な依頼ばかりが増えた。それでもお金は手に入れられるし、恋愛の揉め事はなくならない以上、そういった需要なら腐る程ある。私自身、この職業を始めたきっかけに近づければ、それでいい。


「で?何があった」

「…聞いたって腹の足しにも酒の肴にもならないと思うけど。それでも聞きたい?」


読んでいた本を閉じて坂田を見た。じっと見返してきた目に嘘は無さそうだが、さて、坂田にはどこまで話そうか。





「…何でこんな変な女に捕まっちまったかな」

「それはお気の毒さま」


私の話を聞いた後悔と、自身の気持ちのせいで苦しむ坂田の顔を見ていられるのは私だけの特権だが、坂田にそう言わせた事をあの女が知れば、彼を骨抜きにしたがっていた女の望みが、ここにきて果たされた事になる。
そして私が言った事は私自身にも言える事だった。ターゲットのろくでなしに自分の正体を知られた上、仕事が終わった今もこうして会ってるなんて。
復讐は誰の為にもならない。回りまわって必ずしっぺ返しを食らう。それを知る私の耳にはあの女の高笑いがこびりついて離れないが、私に食い付いた時と同じ表情の坂田の顔を目の前にしている今は、それらのものはどうでもいい事に思えた。



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