ある男を弄んで女嫌いにして欲しい。
自尊心と身に付けているものだけは高そうな女が、その男に恥をかかされた、と怒気を孕んだ口調のまま理由をそう続けざまに語ったが、自分より下等な人種である上に他人の不幸を仕事にする私に関わるのも憤懣やる方がないと言った様子で、依頼主である女の態度は会ってから数十分経ってもしおらしくなる様子がなく、高慢そのもの。少しも可愛げがない。
依頼主を必ず満足させる、という都市伝説のような私の評判を聞きつけて来たんだろうけど、その態度があまりにも鼻もちならないので、聞いている途中で愛想笑いを止めた。話の途中だろうが追い返したくもなった。

だが、これは仕事だ。この女の事がどんなに気に入らなくとも、依頼主である以上、無碍には出来ない。生きる為には餌に食い付かなければ。
それに仕事の内容を選り好みするような純粋な心は復讐屋という家業を始める前から捨てた事もあり、女から適当に話を聞いた後、早速坂田銀時に近づいたが、女が女なら、この男もこの男だ。どっちもどっち。
つまり、あの女も大概だが、坂田は坂田で馬鹿だった。
腕っぷしは強いが、歌舞伎町で万事屋を開いているくせに万年金欠。なのに酒は飲むし、ギャンブルもする。話をしてもインテリジェンスに富んだ会話は出来ない。極度の甘党でもある。
その内、仕事用として借りている家へ自宅だと言って招いたり、坂田の家へ行ったりするような仲にまでなったはいいが、全く先へと進まなかった。酒を飲んでも坂田は酒に弱く、いつも酔って先に寝てしまう。キスどころか、手を繋ぐ事すらない。
それで一時期、坂田は実は男が好きなのではないかと疑ってみたりもしたが、一般男性が好んで見るようなエロ本やDVDを隠し持っているし、キャバクラへ遊びに行ってたりもしてたので、女なら誰でもいいというわけではないようだ、と思うに至った。

これはこれで面倒だ。だが納得もした。
あの女は、据え膳食わぬは何とやら、と坂田の考えを杓子定規で捉えてたせいで、恥をかかされた、と思ったんだろう。はたまた、自分に魅力がないと認めたくなかったか。ヒステリックなまでに怒っていた女のあの様子じゃ、家を行き来する様な関係すら築けなかったに違いない。
そうした男に構うのは時間の無駄だと何故思わないのか。馬鹿な金持ちの女の考えている事は、仕事を幾らこなしても理解出来ない。
坂田とそんな女の間に巻き込まれた私は、まともに依頼を受けた事を次第に馬鹿馬鹿しく思うようになったが、いつの頃だったか、女は嫌いじゃない癖に全く手を出してこようとしない坂田をどう料理すればいいのか、それを生業にする人間として考える時間より、女として考える時間の方が多くなった事に気がついた。


そうして数日後。坂田が怪我をしたと聞いたので入院先の病院へ行ってみると、坂田はベッドの上で大人しくしていて、頭や体には白い包帯が巻かれてあった。
それでも本人は至って元気そうだったが、擦り傷、切り傷、かすり傷、布団からはみ出た足には打撲の跡もある。どう見ても交通事故の類ではない。一瞬、焦った私の依頼主が別の業者に頼んで暴力で憂さを晴らそうとしたのではないかと疑ったが、どうもそうではないらしい。
他の業者が絡むとやりにくい事もあり、一応は安心したが、それケーキ?との坂田からの問いかけに、言葉が咄嗟に出てこなかった。体中包帯だらけとはいえ、やはり坂田は坂田、極度の甘党、どうして食べられるのか聞くだけ無駄か。それに私も知ってて買ってきた。
私が白い箱と紙パックのイチゴ牛乳を差し出すと、それを見た坂田の顔が、ぱあっと晴れた。


「…ほんと好きだね」
「甘ぇもんは熱くても冷めても甘ぇし美味ぇからな」
「熱いものは熱い内に食べた方が美味しいし、冷めてる物を冷めてるうちに食べる方が美味しい物だってあるよ。生クリームがどろどろに溶けたケーキなんて美味しくないでしょうよ」
「かもな。でも今はそうも言ってらんねぇんだよ。医者に甘ぇもんを止められてるからよ」


ケーキの箱には保冷剤を入れてもらったが、入院が必要になる様な怪我をしても甘いものは食べたい坂田には関係が無いようで、坂田がそれだけ元気だったという事より、ケーキが無駄にならなかった事の方に、ほっとした。



坂田が退院してからも何度か会い、依頼を受けてから数週間が経った今日。坂田と日付が変わるまで飲んでしまった為に家まで送ってもらう事になったが、途中で坂田が、簡単な夜食が食べたい、と言い始めたので、部屋へ上がってもらって簡単な物を作る事にした。
料理は元々好きだし、この仕事を始めてからは必要に迫られる機会が多かったので、作る事は苦にならない。ちなみに、坂田に何か作る場合、砂糖は少し多め、これが喜ばれる。
簡単なお酒のあてを幾つかと、残っていたご飯で焼きおにぎりのお茶漬けを作り、砂糖多めの野菜の甘酢漬けを小皿に取り分けたところで、居間として使っている部屋のテーブルへそれらを運びに行くと、坂田はソファへ横になったまま、既に寝息を立てていた。
お酒がすっかり回っているのか、起きる気配が無い。私が側に行っても、顔を覗きこんでも、目を瞑り、口をだらしなく開けたままでいる。
食べたいと言っておきながら食べずに寝るなんて、どういう了見なんだろう。それに、お腹が空いたのは坂田だけではない、私だってそうだ。しかも私は随分前から我慢している。好きではないと分かってはいるが、飢えは近い。
だから思わず口に出た。


「もう食っちまうぞ」


言葉は悪いが「食べる」だなんて言葉を使う気にはならない。真っ当な素材を使ってちゃんと調理された物を行儀よく腹に収め、頂く命を重んじ、それをまた受け継ぐ尊い行為とは違う。手痛いしっぺ返しを食らおうとも、目の前にある物を無条件に口に入れてしまいたいような、野蛮じみた本能に流されてもいいと思える様な気分だった。
それでも坂田には触れなかった。触れたら終わりだと耳鳴りに似たような警報が頭の中で鳴り響く。僅かな理性がまだ働いているんだろう。
でも剥き出しになった本能と強烈な欲求がそれを粉砕した。寝ている相手に張らなければならない意地も手札もうない。
口の中に苦い物が込み上げてきている事に気付きながら、そっと特徴のある白髪頭に触れると、いきなり手首をひっ掴まれた。
坂田が起きたようだ。でも目が笑っていない。


「食っちまうだなんて行儀悪いな。ま、いいけどよ。で、食うの?食わねぇの?」


坂田はどちらの意味で言ったんだろう。作った料理の方を言ってるんだろうか。私の仕事を知った上で問いかけてきたのか。何も読ませてくれない坂田の無感情だが真っ直ぐな視線を、これ程までに食えないと思った事はない。坂田は坂田で、私の返事を待っているのか、それ以上何も言ってこないかった。
だったらこんな事をしてないで、料理を食べてしまって欲しい。甘党で味覚音痴の悪食だが、甘いもの以外の温かいものは温かいうちに食べた方がいい、と私が思っているのは、入院中での会話で知らない筈がないのだから。
返事にも満たない息を吐くと、掴まれていた手首を更に引っ張られた。倒れ込んだ視線の先には、甘い物を食べる時に見るのとは違う、悪意に満ちた表情が迫っている。


「冷める前に食った方がいいんじゃねぇの?」


人間は美味しい物だと知ってる物を食べる前は自然と笑顔になるもので、私は自分でもそれに近い笑顔になっているのが分かったが、私の顔の影によって顔を暗く覆われた坂田は、それとは違い、煽るように笑っていた。
自分には旨味がないと知ってて薦めたのか。腹の中で私を食い尽くす気なのか。それを考えようとしたが、もう遅い。手遅れだ。
何故なら、坂田は甘いものばかり食べる口で、私を満たしにかかった。



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