大した仕事らしい仕事をしないまま、帰宅時間になり、歌舞伎町へ向かった。

目的は勿論桂の店。大事な話をしたいので、直接会って依頼した方がいい。

それに、たまに友人の顔を見たって、罰は当たるまい。


長官からの緊急の呼び出しがないまま店へ行くと、高杉は今日も指定の席にいなかった。

でも、そこには、あの坂本がいた。

手にはロックグラス、その中には氷と茶色の液体が入っている。

ここに来るといつもこれだ。

バーボンかウイスキーのロック、そのどちらかを呑んでるんだろう。


…またか


坂本は酒が弱いくせに、こういうものばかりを飲みたがる。

そして次の日必ず後悔をする。反省もする。そして一日も経てば綺麗さっぱり忘れる。

昔はそれが腹立たしくて、しょっちゅうグラスの中の酒を床や顔にぶちまけてやったが、今日は大人しく椅子を一つ空けて座った。

明日どれだけ使い物にならなかろうと、もう私の知った事ではない。


「人に厄介なもん押し付けて自分はここで呑んでるんだ。さぞや美味しいお酒だろうね」

「あっはっは。人聞きの悪い。どうじゃ、その後、何か分かったがか」

「大したことはあまり」

「それでそげな暗い顔ばしとったのか。じゃあ、ここはわしの奢りじゃ」

「…あっそ。それはどーも」


その言葉に促されて、ウイスキーのストレートを頼んだ。

酔いたかったわけではない。特別、その酒が飲みたかったわけでもない。

とにかく強い酒、それが飲みたい。

桂も何か聞いているのか。それとも、勘、か。特に何も言わないまま、ウイスキーをショットグラスに注いだ。

グラスに注がれたのは、この店の中で一番高いウイスキーだ。

散々この店で呑んでいる坂本は、それを知らない筈が無い。

私は私でそれを一気に喉の奥へ流し込む。


「もう一杯」


空になったグラスに催促すると、桂は何も言わずにグラスへウイスキーを入れた。

それをまた流し込むように呑む。

これで少しは舌の滑りもよくなるだろう。

しかし、言いたい事を言おうにも、私と坂本の間にどうでもいい世間話は不要だ。

頭の中にある疑問の、シンナーを売り捌いている男と殺害現場、これを今ここで口にしたところで、因果関係を結びつけられるわけでもない。

ただし、聞いた話を聞く限りでは一つの可能性があった。勝男から聞いたあの話だ。

桂に話すと、やはり突拍子が無いのか、調べてみる、とだけ答えた。

相手が相手だ。簡単に分かる事ではないだろう。

でも今は桂に頼るしかない。

坂本はこの話に興味があるのか、眠気には完全に襲われていないようだった。もしくは、商売に絡めそうだったら絡もうとしているのか。

良くも悪くも鼻が利く。坂本はそういう男だ。


「…何ば企んじゅう?」

「さあね」


桂から行方不明者の写真やプロフィールが入ったSDカードを手にし、何食わぬ顔でもう一杯頼んだ。




二日後の昼休み。シンナーを貰ってた人間の元へ聴取に出かけた。

長官が会食中でしばらくの間は時間が出来た事。それと、早めに話しを聞きたかったから、だが。

本人に会って話を聞いても、思う様な答えは得られなかった。

というのも、その時間、その男には、確実なアリバイがあった。

職場の人間の話、それと、あるコンビニエンスストアでの防犯カメラに映っていた事が決定的だった。それも一時間。雑誌コーナーで、ずっと立ったまま。

これでは殺害現場の掃除をこの男が出来るわけがない。

勝男が言っていた死体が消える話、あれとはやはり無関係だろうか。


そしてその翌日。男の勤めている会社から電話があった。

男から事情を聞きたいという突然の申し出に協力的だった、疲れが顔に滲み出ている五十代半ばの男の顔を浮かべながら、話を促す。


「どうされました?」

「いやあ…実は…」


怯えているのか。戸惑っているのか。電話の相手の言葉が言い淀む。

それもその筈。

私が聴取した後、男は行方不明になった、という。




その日の夕方。今日中に仕上げなければならない事務処理を終えて一息吐いたところで電話が鳴り響いた。

出ると、相手は警視庁長官の秘書だった。

向こうは男性が秘書を務めていて、知らない顔ではない。優秀で冷静、一応はキャリアだが、それに胡坐を掻かない人。そんな印象がある。

だが、今日はいつもとどこか違った。

焦りを抑えているかのような、緊迫した雰囲気がある。

しかも、長官に至急電話を繋いで欲しい、というので、ドアの奥で拳銃の手入れをしているであろう長官に電話を繋いだ。

その数分後。外線電話のランプが消えると、直ぐに長官に呼ばれた。

それも、珍しくふざけた声ではない。


少し意外に思いながら、中に入る。と、長官は窓を見ながら煙草を吸っていた。

その視線の先には東京の街が広がっている。

風のない日が続いているせいで、灰色に濁っている街。そこに更に煙草の煙を吹き付けている。

そろそろ窓拭きの業者を頼んでおいた方が良さそうだ。

長官の白髪交じりの後頭部を見ながらそんな事を考えていると、長官は息を吐いた。

白くて重い煙が、再び窓を覆う。


「爆弾騒ぎがあったらしいんだけんども、とりあえず、お前が行って見てきてくんねーかな。おじさん、今日はちょっと野暮用があってよ」

「私でよろしければ行って参りますが。場所はどちらですか」


質問をそれだけに留めると、窓越しに長官と目が合った。

だがそれも一瞬で、長官は再び街に目を戻した。


「徳川定々。あいつの屋敷だ」




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