月曜になって清掃会社へ連絡を取り、退屈な仕事を片付けて夕方に出向いた。
清掃会社とはいえ、大きなグループ会社の子会社の一つだけある。
オフィスは渋谷にあって、入っているビルもそれなりに大きい。
おばちゃんがこのビルを見れば、きっと孫を誇りに思うだろう。
閑散としているビルの中に入り、一人でエレベーターに乗り込む。
そして教えてもらった階で降りると、やはりここも閑散としていた。
受付の人間の代わりに、今は電話が番をしている。
そこで、電話に出た相手に名前を告げると、人の良さそうな顔をした五十過ぎの男が出てきた。会う約束してた担当者だ。
通された会議室の様な所で改めて話を聞くと、孫はここにも来ていない、それまでの勤務態度に問題は無し、電話にも出ない、そういった事を教えてもらった。
教えてくれたこの担当者も孫を随分心配してるようで、表情や言葉に隠そうともしない。
明日にでも捜索願を出す予定だった、とまで付け加えた。
「失礼ですが、彼は正社員だったんですか?」
「いえ、バイトですよ。まあ、たかだかバイトの一人が来なくなったからって…普通はそこまでしませんよね」
「ええ、まあ」
「我々作業員は…言っちゃなんですが、色々な奴がいましてね、言えない様な後ろ暗い過去を背負ってるのが来たりするんですよ。バイトなんか特にそうだ。でもあいつは島育ちのせいか、明るくて、でも真面目で、皆からも、得意先からも好かれてまして、サボった事は一度もない。正社員にしようって話もあるくらいでして」
「だから失踪する理由が思いつかないと」
「はい。休むにしても、連絡も無しにってのはどうも考えられないんでねぇ」
孫の評判は、ここでも良い。
すまいるでもそうだったが、誰もが孫の失踪を悲しむ。不思議がっている。犯罪に巻き込まれたのではと心配もする。
直ぐに見つかるだろうと思っていたのに。考え直した方が良さそうだ。
大体の事を聞いてから、よく一緒にシフトに入っていた同僚に連絡をとってもらった。
繋がった人間の大抵は明日にも会えるらしい。お願いして、そうさせてもらう。連絡先のメモをとる事も忘れない。
これで手掛かりを掴めたらいいけど。
「すみません、我儘を申しまして」
「いいですよ、あいつの為ならこれくらい。さ、冷めない内に」
電話は終わったし、進められて、やっと出されたお茶を飲む気になった。
すると、それを見計らったかのように、携帯の着信が鳴った。
よく聞く着信音だ。
「あ〜、おじさんだけんども、今、どこにいるぅ〜?」
警察庁長官ではない。酔っ払いからの電話だった。
でも何を言われるのか、大体の想像はつく。
「家の近くです」
「悪ぃけど、今からすまいるに来てくれねーか?母ちゃんにカード止められちまったの、うっかり忘れててよ。それなのに、運転手を帰しちまったもんで、どうにもならねーんだわ、これが」
長官の運転手は既婚者で、つい最近、子供が産まれた。
その為、長官はあまり遅くならない内に彼を帰している。
顔や普段の言動に似合わず、部下を思いやれるのは結構な事だ。
でも、それは、私に下らない仕事が回ってくる原因の一つでもある。
…そう、これは仕事だ。
前途ある若者が失踪する裏で、お金がないから来てくれと嘆く警察庁長官。
その後者の世界にいる、私の。
「…では、今から伺います」
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